第14話 謀略は一手で覆らない


 アストラル王国第二王子エニュマエル・アーストライアは“魔王”としての力を奪われた。今現在の彼は、奪われる前の一割にも満たないほどの魔力と身体能力しかない。彼の全盛期と比べれば、もはや風前の灯のような能力……


 ——————だが、エニュマエルは止まらなかった。



 以前の彼ならば、憤慨して正面から戦いを挑み、そして最悪な結末を迎えていたことだろう。しかし、今の体となってからの出会いは彼自身を大きく変えることになる。


 (たしかにもはや、この身で戦うことは不可能か……)


 エニュマエル……つまりアスティは、静かに自分の拳を握り締め、その力のなさを痛感すると共に策を練り始める。正面から挑んで勝てないのなら、横から切り崩さねばならない。そんな単純な事実を追い詰められて、初めて知恵として実行に移す。


 (アリッサのやつを救うには裁判に勝つだけの証拠か……。幸いにして、奴らは勝利を確信しているが故に油断している。そして、焦ったあまり、かなり強引に事を起こした……。ならば、そこに付け入る隙がある!)


 アスティは静かに息を吸い込み、気持ちを落ち着かせて、前を向き、まるでさも当然のように堂々と……つまりは、自分は自由の身である、と主張するがごとく、部屋の入口の方へと歩き出す。

 当然のことながら、扉の前で見張っている狼の魔族兵に止められるが、アスティはそちらを見ることなく、静かに告げた。


 「それが、キサマらの道か……。それとも、この国の近衛は全て外道に堕ちたというのか」

 「恐れながら殿下……。何を言われようとあなたをここから出すわけにはいきません」

 「人質でも取られたか? それとも借金でも抱えたか? オレがいない間に随分とこの国は落ちぶれたものだな」


 アスティは兵士の方を睨みつけ、そして静かにため息を吐いた。


 「もう一度よく考えろ。お前が護りたいのは、誇りか、それとも外道王子の面か……」

 「それは……」

 「答えなくともよい。だが、お前の護りたい者を護ることができるのはこのオレを置いて他にいないことを心に刻みつけよ」


 “魔王”としての証などなくとも、兵士には、目の前にいるエニュマエル・アーストライアという人物の態度、言動……そして、その自信が嫌というほどと伝わってくる。

 そしてそれは、焦りを憶えながら革命を成し遂げようとしているシャレッド・アーストライアにはないもの……。

 そんな“自信”が、暗雲に包まれていた一人の兵士の心を動かし続ける。


 「再度問う。お前が自らの誇りを捧げるのは誰だ? シャレッドか? それとも我が祖父か?」


 兵士は静かにアスティに傅き、胸に手を当てて目を瞑った。


 「今までのご無礼をお許しください、我が王……」

 「わかればよい……だが、無礼を働いたキサマには罰を与えねばなるまい」

 「何なりと————————」

 「良い覚悟だ。ならば、その覚悟を持って、キサマの誇りを脅かす懸念を取り除いてくるがいい。そして、同じような境遇の者たちを、キサマの誇りをもって救って見せろ」

 「ありがたき幸せ!」


 その言葉を最後に、狼の兵士は自ら扉を開け放ち、アスティよりも早く飛び出して、廊下をかけて消えていく。それを見送ったアスティは窓の外に映る雷雲と叩く気つけるような雨風を見ながら静かに笑う。そして、ズボンのポケットに両手を入れ、堂々とした態度で宮中を闊歩し始めた。



 そこからのアスティの動きは早かった————————

 崩御したオスニエル王の味方……つまりは旧王族派に接触し、相手の牙城に横やりを入れるべく、一人一人を味方につけていった。

 対する、シャレッド第一王子は、貴族派と呼ばれるような王族派と対をなす存在と密接な関係を築きつつ、王位継承の準備を進めていた。

 アスティはそれを理解しつつ、既に流されている『王の毒殺』に対する情報に対し、さらなる噂話を加えて街に流布し始めた。


 元々は、『アリッサが殺した』というものであったが、それを『アリッサの動機』なども絡めつつ、全てが仕組まれていた可能性をゴシップにしたのである。そして、これだけでなく、あらぬ噂も次々に流す。中には真実も多少なり合ったが、そのほとんどが事実無根のものばかりであった。


 そうして、庶民が意見を述べる下院議会にサクラを仕込み、この問題を言及。上院でも同じことを行い、相手の信用を失墜させていく。

 だが、これらを行ったからといってエニュマエル・アーストライアとしての評価が上がるわけではない。相手を自分の元へと堕とす下準備を行ったに過ぎない。



 そうして、相手の油断が未だに崩れない24時間という僅かな間に、全ての準備を整えていく。アリッサが重要参考人である以上、殺されることはない。そして、相手が望んでいるのは、国王の暗殺を起こした張本人の公開処刑……だからこそ、この24時間という時間は相手が準備を整えるよりも早い一手であった。


 アスティは全ての準備を整えた後、鼻で笑いながら国王への謁見の間に繋がる大扉を片足で蹴り飛ばして強引に開ける。長く続くレッドカーペッドとその先の階段状の台座の先にある王座。

 そこには、国王のものであるはずの椅子に腰かけているシャレッド第一王子がいた。その腕には彼を慕っている女を一人、侍らせている。伯爵令嬢であると記憶しているのだが、アスティは名前を思い出せない。

 その女性は、魔族の中で美女と言われる類の外見をしていたことは間違いない。もっとも、アスティが鼻の下を伸ばすかどうかという点においては的外れであるのだが……


 「なんだ……。騒々しいと思ったら、あなたか……。見張りはどうしたのですか? まさか、殺して出てたのですか?」

 「第二王子だからといって兵を殺すとはなんと野蛮!」


 勝手に会話を続けている玉座の二人の質問に答えることなく、アスティは堂々と赤絨毯を歩いていき、彼を見上げられる位置までやってくる。


 「騒々しいのはどちらだ。こちらは貸していたものを返してもらいに来ただけだ」

 「返すわけがないだろう。あなたにこれを渡せば、暴れるに違いない。殺したくないというボクの気持ちがどうしてわからない……」

 「くだらんな。オレならば間違いなく殺すという選択肢を取る」

 「野蛮極まりない……力が全ての時代はもう終わったんだ。これからは良き統率者の元、国を発展させていく」

 「全くもって同意見だ。————————だが、それはお前じゃない」


 アスティはシャレッドを鼻で笑いながら、ポケットから右手のみを取り出し、指を一回鳴らす。すると、まるで手品のように彼の右手に羊皮紙が現れる。

 アスティはそれを広げ、内容を再確認した。


 「まさか、国外の領地に興味があったとはな……」

 「あれは奪われたリーシャを取り戻すためだ。彼女を取り戻すためなら、なんだってやってみせる」

 「そうか、ならば残念なニュースだな。現地に向かっていた輸送船とその護衛戦艦……今は引き返しているようだな」

 「ウソの情報はほどほどにしたらどうだい。6時間前に順調に進行中との報告があった」

 「随分と古い情報だな。それは……」

 「古くはないさ。ブリューナスに攻め入るために色々と手をまわしたんだ。あの軍港にいる船は一隻しかない。まさか、船が一日で出来上がるわけもないし……」

 「たしかにそうだな……。だが、その船一隻で遅滞戦闘に持ち込まれ、“偶然”にも合同演習の為に訪れていたリーゼルフォンドに会敵し、戦乱となったと聞いている」

 「まさか……何のためにそんなことを……」

 「さぁな……だが、結果として、大破や轟沈の船が多いと聞く。この責任をどうとる?」

 「責任なんてないさ……痛ましいニュースだけど、それを乗り越えなきゃいけない時期に罰してなんていられないよ」

 「オレは、キサマの責任を追及しているのだが?」

 「言っただろう。今は我慢の時だ。国力を削ぐわけにはいかない」

 「随分と自分には優しい王様だ。くだらんな————————」


 アスティはもう一度指を鳴らす。すると、様々な武装をした魔族兵たちが謁見の間になだれ込むように入ってくる。そしてそれは、まるで玉座にいるシャレッドを追い詰めるかのようであった。


 「シャレッド・アーストライア。お前を国王暗殺及び、脅迫、そして贈賄の罪により拘束させてもらう」

 「どこの誰に言っているんだい。証拠もなしにそんなことを言うなんて妄想を口にしたということは裁かれる覚悟を持っているんだろうね。今のボクは国王だ。その王に対して不敬を口にすることの意味を!」

 「どこの誰が王だって? 戴冠式は明日だ。キサマは代行にすぎん。それに、証拠なら山ほど出て来たぞ」

 「ハハハ。なら聞かせてくれないかい。キミの調べた証拠とやらを————————」

 「貿易記録に、調停書、そしてキサマに脅迫されたとある人物の証言まで、各種揃っているが、何から始める?」

 「へぇ……随分と頑張ったじゃないか……。確かに、脅迫された人物の発言は興味深い……。だが、ウソをついている可能性が高いな。なんせ、その他の証拠も偽造されたものだからな」

 「なんだと!?」

 「まだわからないのかい? それらはボクが用意したカナリヤだ。あなたが持ち出すであろうことを見越して用意していたに過ぎない。だからこそ、それらの証拠は全て偽物だ」

 「たとえそうだとしても、この状況をどうするつもりだ。キサマに脅迫されていた者たちは全て懐柔したぞ」

 「それはどうだか……」


 シャレッドは、アスティと同じように指を鳴らす。すると、入り口の方の兵士の波から首だけとなった狼の兵士が転がってくる。


 「彼はキミにそそのかされて反乱を起こそうとした。可哀そうに……」

 「キサマ……」

 「たった一日でどうにかできると思っていたのかい? こっちはもっと前から時間をかけて、彼ら一人一人を説得していったんだ。キミのような、暴力で訴える野蛮な連中を排除するために!」

 「ほぅ……これは一杯食わされたな……。だが、オレはこの場で転移して逃れることもできる。無意味だと思うが?」

 「無意味じゃないさ。高給取りの貴族たちの顔になったキミを潰せるんだ。全てをようやく掌握できる」

 「なるほど、オレを排除するためにこの大芝居をしたというわけか」

 「そうでなければ、あなたのような人殺しを活かしておくわけがない。必死だったよ。殺したい気持ちを堪えるのが……」

 「殺意は認めよう。そして、その覚悟に免じて、オレは真正面から戦ってやろうではないか」

 「“魔王”としての起源はこちらにあることを忘れているようだね」


 シャレッドは横にいる女性に微笑んでからゆっくりと立ち上がり、アスティを見下ろすように階段の最上段の縁に立つ。

 アスティはそれから一切目を逸らすことなく笑いかける。既に勝ち目のなくなった戦であることを察知しながら————————

 後ろには、アスティの命を刈り取るために、魔族の兵士たちが彼を睨んでいる。はじめから、シャレッドの手の平の上で踊らされていただけの彼にできることなど、もうなかった————————



 しかし、誰もが知る由もない事実が一つ。それは、この国が、大きく傾くような厄災に触れてしまったという悲劇だった————————



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