第9話 それを人は勇者と呼ぶ
あるところに不幸な男がいた。
酒におぼれた父親と娼婦の間にできた忌み子。
幼いころから虐待を受け、僅かに与えられる食料を手に必死で生き延びてきた。ひとえに、彼が生きてこられたのは、幼い頃に唯一与えられた冒険譚のおかげだった。
彼はそれを生きがいとして、本がほつれるまで何度も読み返した。そしてある日、彼に転機が訪れる。
それは父親から売られたことことではなく、その先で盗賊になったことでもなく、彼が“選ばれた”ことである。
ある日、盗賊として、嫌悪しながらも人殺しの手伝いをしていた時のことだった。彼は頭部に何らかの衝撃を受けて意識を失った。だが、彼が目を覚ましたとき、辺り一面は枯れ果て、自分をこき使っていた盗賊が皆、息絶えていた。
理由もわからず、困惑していると路上で小さな男女が2人倒れていることに気づいた。恐る恐る近づいてみて、彼らに息はあることがわかると同時に手を繋いでいる二人が、盗賊として殺そうとしていた標的であることも気が付いた。
だが、彼にそれを命令する者たちはもういない。
彼は悩んだ————————
これからどうするべきなのか……。彼らを殺して、その上の依頼主から金品を受け取るべきなのか。それとも、恩を着せて成りあがるべきなのか……。
彼はふと、幼いころに見た冒険譚を思い出した。
そこに描かれていた“勇者”ならばどんなことをしたのだろうと考えた————————
それを思い出したとき、彼の行動は既に決まっていた。二人を栄養が足りていない細い腕で引きずるように馬車の方へと運ぶ。そして、既に馬が逃げていない荷車を己の力で引きずるようにしてゆっくりと歩き出す。
例え、足が擦り切れようと、息が上がろうと、幼い頃に見た憧れを目指して……
結局、王都までたどり着くことはできなかったが、力尽きかける直前で他の御者に出会い事なきを得た。
なんと、偶然なことに、自分が助けたのはその国の王子であり、その褒美として多額の金品を渡された。しかし、彼はこれを拒否し、拙いながらも自分の要求を現王に伝えたのであった。
そして、彼は一国の兵士となった——————
そうして、休日も鍛錬やモンスター狩りにたった一人で勤しむ愚直な彼が成長し、名乗りを上げるまで、そう時間はかからなかった。はじめの頃は、変人と揶揄されたが、その悪評がいつしか名声に変わりだす。
そして、彼は国軍として大量繁殖したキラーアントの討伐に赴いた際、活躍し、勇敢にも撤退戦の最中でクイーンキラーアントを討ち取ったことで、国から正式に“勇者”と認められ、国民に公表されると同時に、聖剣デュランダルを賜った。
聞いた話によると、彼が兵士になる前から見出されており、今まではそれを確かめる準備期間に過ぎなかったらしい。
だが、ここからが彼の悲劇の始まりだった————————
“勇者”として認められたのにも関わらず、受けるのは兵士として、報告されたモンスターの討伐や、夜盗の捕縛ばかりだったからである。幼い頃に見た冒険譚に書かれた魔王討伐はおろか、村を襲うドラゴンを討伐することなどはなかった。それは、国として安定しているが故の帰結であった。それでも、彼は愚直に任務をこなし続けた。
だが、そんな彼は王女の護衛に抜擢されることで、さらに前線から遠のき、いつしか剣を振るうことも少なくなった。
そんな折、今回のレジスタンスの制圧任務。
彼は焦り故に、暴走し、そしてそこに付け込まれ、市街地での戦闘を繰り広げ、多数の犠牲者のみならず、戦況を悪化させることを起こしてしまった。
それが……“勇者”として選ばれた男の哀れな生涯の一ページだった————————
◆◆
市街地制圧と同時刻————————
オータム伯爵家とヴェラルクス伯爵家の連合軍の駐屯地では、戦況の報告を待ち、静かな時が流れていた。戦闘兵は大方出払い、残されているのは、指令部にて作戦全体の指示を飛ばしているダルテン・ヴェラルクス伯爵と待機兵だけである。
そんな中、この駐屯地にて、治療魔術師のボランティアとして参加しているフローラは、怪我人の為の物資を運ぶために偶然外を出歩いていた。いつもの日課をこなすように、すれ違う人に挨拶を交わしつつ、泥で汚れた地面を踏みしめながら歩いていく。
最初は単なる違和感————————
すれ違った女性の兵士の服のサイズが若干ながら合っていなかったこと。
次に気付いたのは、容姿の違い……。振り返ってみてみれば、透き通るように癖のない長い白髪が見えた。思い返してみれば、真っ赤に染まった瞳と色白の肌だったようだと頭に過る。
だが、フローラはここ数日でそんな女性は見たことがなかった。それを自覚した瞬間、小柄な身長はさることながら、人形のように細い少女など、あまりにもこの場に似つかわしくないようにすら思えてくる。
「あの————————ッ!」
フローラは思いがけず、その少女に声をかけてしまう。そして、その時に肩に付着した僅かな血液を目撃してしまった。それが、フローラがじっくりと確認できた最後の状況。
次に気が付いたとき、フローラは目の前の少女が勢いよく振り返ったのを見て、即座に後方に飛び退いていた。
その刹那の時間の直後、先ほどまでフローラがいた位置に何か武器のようなものが通り抜け、風切り音が鳴ったことは間違いない。フローラが避けることができたのは、アリッサやキサラに付き合ってモンスターを狩ることが多かったが故に、相手が敵意を見せたことを瞬時に察知できたからである。
「あら? 避けられてしまいマシたか……」
フローラは安全だと思っていた駐屯地に現れた唐突な刺客に驚きつつも、意外にも冷静に体が動いていた。腰のマジックバックに手を伸ばし、愛用しているステッキ型の魔術杖を取り出すのではなく、それらが失われた際に緊急的に使用するための教鞭型の小さな魔術手に手が伸び、即座に掴み取って、それを相手に気取られないように注視し続ける。
容姿は先ほどと変わらないが、正面から少女を見てみると、丸みを帯びた骨格から、自分よりも二つは年下だと自覚し、違和感は確信へと変わった。
「侵入者……どうやって……」
「うーん。説明する時間がもったいないデスね」
フローラが詠唱の為の時間を稼ぐために会話をしようとしても、目の前の少女は応じることなく、先ほどフローラを襲った白い靄のようなものが徐々に形作られていき、やがては少女の背丈に似合わないほどの大鎌へと変貌していた。
それを自覚した瞬間、フローラの喉元めがけて一直線に少女は加速し、その首を刈り取るために武器を振るっていた。
だがそれは、同時に発動していたフローラの光属性魔術の障壁によって無理矢理に軌道を変えられ、甲高い音を響かせながら空振りに終わる。
フローラは地面を転がるようにして同時に回避を試みながら次の詠唱を開始。相手がもう一度踏み込むと同時に、自分を巻き込むことを厭わず、至近距離で火属性の爆裂魔術を発動させた。
静かな駐屯地にらしからぬ砲声と共に灼熱の空気が弾け飛び、それをとっさに切り裂いた少女はおろか、魔術を発動したフローラですらも超至近距離で爆発を受け、体を弾き飛ばされた。
フローラは休息用のマーキーテントの方へと吹き飛び、その支柱を激突の衝撃でわずかに曲げながらなんとか静止した。だが、右肩を強打したせいで肩骨が外れてしまい、上手く右腕が動いていなかった。
そんな状況下で相手の生存を確認するが、黒煙が立ち上っているため視界が取れず、状況がつかめない。そのため、フローラは仕方なく歯を食いしばりながら、脱臼した右肩をはめ直し、小さな魔術杖を構えて全方位を警戒し始める。
幸いにして、先ほどの爆発を聞きつけて兵士たちが集まりつつあるため、時間を稼げば生き残れることは必須であるのだが、現在ここにいるのは主戦力ではないため、期待することはできない。
それを理解しているからこそ、フローラは静かに深呼吸をしながら、腰のマジックポーチから愛用している珊瑚色の宝石が付いたステッキ型の魔術杖を取り出し、緊急用のものを再びしまい込む。
それとほぼ同時に、黒煙を突き破るようにして、一直線に誰かがこちらに向かってきた。
フローラは即座に魔術杖を棍棒のように使用し、相手の鎌の斬撃を真正面から受け止めた。その衝撃は凄まじく、フローラの体は引きずられるようにしてテントの外へと鍔競り合いをしながらはじき出され、地面には抉れるような靴の後が残る。
両手で押さえつけているのにも関わらず、明らかに目の前の少女の方が力強く、そして、素早いことから、相手がレベルが20程度上であるのではないかとフローラは冷静に分析した。だからこそ、時間を稼ぐために、杖を振り回すことで相手を一度弾き飛ばす。
「お姉さん。意外と粘りマスね……。服装からして従軍医デスかね」
「そうです。だから、あなたの敵ではないはずです」
「関係ないデスね。こちらの正体をばらすために先ほど、大きな爆裂魔術を使用しマシたし、第一、この国の兵士を治療しているなら敵デス」
「そこまで冷静に状況を理解できているのならわかるでしょう。もうすぐ、ここに兵が集まってきます。そうしたらあなたは捕らえられて終わりです」
「知りマセんね。どのみち、全員殺すので、順番が変わるだけデス。そっちこそ、ここに残っている兵で、対処ができると思っているのデスか」
「当然です。だから、これが、あなたが降伏する最後のチャンス——————」
フローラが何かを言い終えるよりも早く、物陰から誰かが飛び出るようにして、大鎌を持った少女に襲い掛かる。だが、少女はそれを踊るように華麗に回りながら回避し、次の瞬間には少女に不意打ちをしようとした兵士の首が飛んでいた。
「ふーむ。もう、お話の時間切れのようデスね」
「—————ッ!!」
フローラはローズレッドの瞳を見開きながら魔術を発動し、相手を完全なエネミーと認識して攻撃を開始する。
今の今までは、相手はモンスターとは違い、会話できると思い込み、必死に交渉していたが、目の前で同じ人間を殺す光景を見たことで、フローラ自身の“殺人”という心の枷がようやく外れたのである。
フローラは相手が飛び込むよりも早く、手数の多い火属性の拡散矢の魔術を発動し、複数方向から相手に襲う。それとほぼ同時に、応援に駆け付けた味方の兵士が少女に突っ込んでいく。また、後方ではフローラと同じように攻撃魔術を発動しているものいる。
複数から攻撃すれば大鎌であるが故に、手数が劣り、数発は命中して動きを封じられる。フローラや周囲はそう考えていたことだろう。だがしかし、そうはならなかった。
炎の揺らめきが視界を遮った僅かな間に、形勢は覆る。まるで、手数の多いこちらの攻撃に対応するかのように、少女の持つ大鎌の形状が変わっていた。
無数の火の矢をひとつ残らず叩き落し、且つ襲ってくる兵士の心臓を突き刺して払いのけ、遅れて襲ってきたかまいたちのような風の刃を切り裂いたそれは、大鎌ではなかった。右手と左手の両方に握っているそれは、ショートソードと同サイズの片刃の純白の剣。
それを自在に使いこなし、少女はこの窮地を脱していた。それを目撃し、心臓を貫かれた兵士は血を吐きながら思い出すように名を告げる……
「お前……は……死神……」
「そんなぶっさいくな名前で呼ばないでくれマスか……。私には御師様から与えられたレムナントという名があるのです」
「化け物がぁ————————」
兵士が何かを言い終えるよりも早く、レムナントと名乗った少女は兵士の頭蓋を右手の純白の片刃剣で刺し貫き、絶命させる。そして、その凄惨な光景をみて生唾を飲み干そうとしている他の相手に向けて、にこやかに微笑んだ。
「とりあえず、後ろのやつは邪魔デスね」
フローラが瞬きをした次の瞬間、自身の後ろで魔術を詠唱していた複数の兵士からいつの間にか鮮血が舞っていた。中には、身を護るための『シールド』などの魔術を使用した者もいたはずであるのだが、それすらもたった一撃で引き裂いた、ということなのであろう。
死ねない————————
という一心のみでフローラは体を動かし続ける。今までも、モンスターを狩る際に何度も経験したことのある感覚。まるで、五感全てが研ぎ澄まされたように頭が冴えていく感覚にフローラは吐き気を催しながらも、自分の背後にいる相手に一矢報いるべく、持っている魔術杖に強化魔術を施しながら、棍棒のように振り回す。
振り向きながら振るったその一撃は当然のことながら、相手の右手の片刃剣に防がれてしまう。だが、残った左腕の武器での反撃は訪れなかった—————
なぜならば、相手の左側にさらなる乱入者が現れていたからである。
その人物はレムナントに対し、深紅のような輝きを放つ直剣を振り下ろしていた。レムナントはこの攻撃を左手に持つ片刃剣で受け止めてこそいるが、フローラの方とは違い、明らかに力で押されているように見えた。
フローラはこの人物を知っている——————
ブリューナス王国で“勇者”と認められ、宝剣を授かった人物であり、この駐屯地にて偶然にも待機を命じられていた男性。
「お前は……ユーリ・アトラクタ……勇者が待機しているなんて聞いてないデス」
「それは不運だったな……死神レムナント」
左右両方向からの鍔競り合いを受けながら、レムナントは冷静に敵であるユーリとフローラを睨みつけた。
「武器を収めて投降しろレムナント。この戦いにおいてキミが戦い続ける必要はないはずだ」
「何をいっているんデスか……。闘う理由なら十分にありマス。レムナントがレムナントであるという理由が————————ッ!」
レムナントは二人を振り払うように両手の片刃剣を振り回す。しかしながら、力負けしたのはフローラだけであり、ユーリに関しては僅かによろけた程度で即座に体勢を立て直して、再びこちらに攻撃を仕掛けてくる。
レムナントはそんなユーリの大振りの袈裟斬りを両手の剣で受け止め、再び肉薄する距離で睨みつける。
「お兄さんにはわからないでショウね。みんなから認められ続けた“勇者”には————————ッ!!」
「認められ続けた? 馬鹿を言わないでくれないかい……。これでも俺の人生は失敗ばかりで、嫌になることばかりだ」
「そうやって、自分を卑下してこちらを見下す姿が一番気に入らないデス」
「俺は……そんなつもりじゃ……」
ユーリの力が緩んだ隙を見越して、レムナントが再び弾くように、片刃剣を振るう。ユーリは多少よろけながらも、すぐに体勢を立て直し、相手の姿を見据え構え直す。だが、それよりも数段早く、レムナントが踏み込み、両手に持つ片刃剣を交互に振るい、ユーリに追撃を加えていく。
幾度となく、甲高い金属音が聞こえ、同時に土を踏みしめる音と共に、圧縮された空気が逃げるように走り抜ける風切り音が鳴り響く。
「生まれてこなければよかったと罵りを受け、それでも何か残せたのならと足掻くことの何が悪いんデスか!」
「それは全体の秩序を乱してまでも行うべき所業ではない!」
確かにスピードを利用した短期決戦ではレムナントの方が優る。しかしながら、パワーでは押し勝てる上、後方に退避したフローラの回復魔術により、消耗戦ではユーリの方に軍配が上がっている。
それを証明するかのように、幾度となく打ち合わせる剣戟の最中、レムナントのスピードが少しずつ落ちていっていた。
「お前らの言う秩序は単なる大義名分デス。その下の無数の死体にすら目を向けず、何が平和デスか!」
「そちらこそ、相手への嫌悪を殺人の大義名分にしているだけじゃないか。それは単なる自己満足に過ぎない」
「自己満足結構デス。それで、レムナントを見て……レムナントが活躍して、御師様が……皆が、レムナントを見てくれるのなら本望デス!」
「それならば、もっと別の道が……別の可能性があったはずだ!」
「ありマセん! 御師様と歩むこの道こそが、レムナントの唯一の可能性デス!」
「剣を収め、互いに歩み寄ることができたのなら、その他の可能性を模索することもできるはずだ!」
「そんなものクソくらえデス! そんな猶予はありマセん。レムナントは、今、この瞬間に輝きたいのデス!」
レムナントの背後から白い靄が噴出し、無数の蛇のような形を作ったソレは一切の狂いなくユーリに襲い掛かる。だが、ユーリが聖剣を一振りした瞬間、烈風を伴い、それらは霧散して消えていく。
しかし、その僅かな隙を活かし、レムナントがユーリの胸元に飛び込み、胴体を引き裂くように両手の片刃剣振り下ろした。
だが、甲高い音が鳴り響き、後方から展開されたフローラのプロテクションにその絶好のチャンスが不意に終わる。レムナントはようやく作れた機会をものにできずに歯噛みすることとなったが、同時に、魔術を使用したことで位置が露呈したフローラに攻撃対象を変化させる。
当然、ユーリがこれを許すはずもなく、立ちふさがるように動こうとするも、素早さで優るレムナントに敵うはずもなく、止める間もなく、大地を蹴り飛ばしたレムナントとフローラ肉薄することとなった。
「その首、もらい受けるデス!」
飛び込むと同時に、レムナントは両手の片刃剣を水平に振るう。それはまるで、反応の遅れたフローラの首を刈り取るがごとく……。
だが、フローラはこれを冷静に対処し、しゃがみ込んでこれを回避した直後、立ち上がると同時に自分の魔術杖をフルスイングし、小柄なレムナントをはじき返す。
当然、レベル差があるが故に、レムナントにはダメージは与えられていないが、空中にいたレムナントが地面を踏みしめて留まることができるはずもなく、元の位置に戻されるかたちで宙を舞うことになる。
それを見逃すことなく、飛んでくるレムナントを断ち切るようにユーリは剣を振り下ろした。
————————が、これこそが彼女の狙い。
ユーリが断ち切ったはずのレムナントは白い靄となって霧散し、姿が掻き消える。そして、フローラが防護魔術を使用するよりも早く、そしてユーリが再び警戒態勢に戻るよりも早く、空気を切り裂くような斬撃が舞った。
ユーリの背中から鮮血が噴水のように吹き出し、体は倒れるようにして地面に顔から倒れ伏す。
それでも彼はもう一度立ち上がろうとしたが、レムナントはその必死の彼の背中を踏みつけ、そして胸元に片刃の剣を突き刺した。
「はぁ……はぁ……ようやく一本取った……デス……」
「そん……な……」
「さて……次はあなたデス。覚悟するが————————」
レムナントは息を切らしながらも、絶句するフローラの喉元に片刃剣の剣先を突きつけた。しかしながら、その瞬間にレムナントに異変が起こった。
「ぐ————————ッ!! ゴホッ! ケホッ!! なん……で……こんな時に……」
レムナントは自身の胸元を抑え、同時によろけるようにして咳き込みだす。そして、口元抑えた自分の手のひらの赤黒い液体を見て歯噛みし、同時に未だに放心しているフローラを睨みつけた。
「あなた……まさか……」
「その眼で、こちらを見るな……デス……」
「まって、今————————」
「近寄るな——————ッ!!」
近寄って回復魔術をかけようとするフローラから逃げるように、レムナントはよろけながら後退し、同時に手に持っていた片刃剣を元の白い靄へと霧散させた。
フローラはレムナントの覇気に押され、近寄ろうとする足を思わず止めてしまう。
「命拾いしマシたね……運のいいやつデス……」
レムナントが再び咳き込み、片膝をつく。明らかに外傷があるせいではない。胸元を抑えて苦しむ彼女を見るに、何らかの病気であることをフローラはすぐに理解できた。だが、医師ではないフローラがそれ以上、わかるはずもなく、口を紡いでしまう。
それを鼻で笑い、レムナントはゆっくり立ち上がると同時に、フローラに背を向ける。その瞬間、彼女の体は白い靄となり霧散し、姿かたちが掻き消えた。
おそらく、何らかの魔術を使用し、この場から離脱したのであろうが、それを追いかける余裕をフローラは持ち合わせていなかった。何故ならば、我に返ると同時に、治療しなければならない重傷者が目の前に倒れていたからである。
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