第8話 インフレ数値は比例しない


 先日、戦火に晒された工業地区近くの村付近にて、パラドとミセスは大軍を引き連れ、待機していた。

 ユリアが呼んだ“友人”の活躍により、中立派の村人だけでなく、元々レジスタンス側の方を支持していた村人すらも避難勧告を受け入れ、最寄りの避難場所まで誘導に応じてくれていた。

 だが、肉盾を失うことを良しとしなかったレジスタンス側は、住民たちが避難するルートに襲撃者を送り込んだが、これを難なく撃退。この結果。住民たちの民意はこちら側に傾き、もうすぐ避難が完了する、というところまで来ていた。


 そんな時————————


 これから、制圧作戦を開始する村の方で、何かが爆ぜるような音が聞こえ、そして兵士の叫び声が聞こえてきた。それを合図にして、パラドとミセスは互いを見つめて頷き、待機所から飛び出るようにして外に出る。

 元より、進軍指揮はユリアとダルテン・ヴェラルクス伯爵に任せているため、二人は全くのフリーであるが故に、こういった場で飛び出したとしても支障はなく、むしろ、作戦に沿ったものであった。


 魔術師自身が大量破壊兵器と同義である現代戦において、同レベルの魔術師をぶつけなければ意味がない。パラドの前世の知識で言うのならば、戦闘用巨大ロボットに立ち向かうなら、同じクラスのモノをぶつけるべき、というセオリーに基づいているものである。




 そのセオリーに基づき、パラドとミセスは敵の強力な魔術師が現れたであろう場所に急行する。

 現場はまさに、虐殺というべき光景だったのだろう。逃げ遅れていた住民はおろか、避難誘導中の兵士までもが瓦礫の中に埋もれている。地上に出ているものがいても、体のどこかが失われ、そこから赤黒い臓物が地面と同色になっていた。


 それらの光景を見て、ミセスは歯噛みをしながらも持っていた巨大なチャージランスを握り締める。そして、大地を蹴り上げると同時に、重装備特有の鉄をこすり合わせたような音を響かせながら盾と槍先を前に突進を繰り出した。


 その瞬間、彼女の鎧が黄金のように輝きだし、同時に背面に取り付けられていたブースターがうなりを上げて彼女を前へ前へと押し出す。まるでそれは黄金に輝くペガサスが如く、相手を弾き飛ばす砲弾となっていた。


 しかし、空気を切り裂くようなその突進は、ミセスが狙いを定めていた男が前に出した右手に触れるや否や、減衰していき、衝撃波のみを後方に伝えただけで、かすり傷はおろか、男を後ろに弾き飛ばすことすらできなかった。


 「な————————ッ!!」


 ミセスが驚きながらそちらの方を見ると、そこには黒のズボンと黒のジャケット……つまりは全身黒で統一した男が余裕そうな笑みを浮かべて立っていた。天然パーマの白髪の頭から生えている耳の形や、毛のついた尻尾から、相手がウルフ族の亜人であることが見て取れた。


 「なるほどなぁ……。こいつがブリューナス王国の重魔術兵装エレファントの攻撃か……。ちと、物足りない威力だな」

 「離れろ、ミセス!!」

 「わかっていますわ!」


 ミセスは、鎧の魔術スラスターを噴射して、遅れて走ってきたパラドの元へと一足飛びで後退し、再び様子を伺う。

 服の下からでもわかるような筋骨隆々の黒づくめで頬に傷がある男はそれを見てまた細く笑いながら、突き出していた右手をゆっくりと降ろす。


 「こいつはなんとまぁ、幸運なこった。まさか、オータム伯爵が出てきてくれるとはなァ……」

 「やはり、このタイミングでお前が出てくるか、ルカロイド……」

 「ルカロイド……まさか、数年前に第二王子を暗殺しようとしたあの男ですの?」

 「お! オレ様を知っているとは好都合だ。有名ものは辛いねぇ」


 パラドはこの男を情報ながらに知っている。数年前から反政府レジスタンスとして暗躍し、数々の事件を引き起こしてきた。だが、数年前の第二王子暗殺の際に失敗して以来、音沙汰なく、死亡したと言われていた。

 その事件の際、勇者であるユーリが目覚め、そして第二王子のみならず、ユリア・オータムも助かったと表向きにはされている。


 「気を付けろ、ミセス……。アイツは厄介だ……」

 「まぁ、そうビビんなって……。オレ様の主義的に、テメェらはゆっくり甚振ってから仕留めてやるからよ。その後、オレ様に深手を負わせやがったテメェの妹も喰らってやるからさ」

 「残念ながら、アイツは後方にいる。テメェがたどり着くことはねぇよ」

 「あぁん? おいおい、マジかよ……。あのイカレ鎌野郎が殺さないことを祈るしかねぇのかよ」

 「まさか……伏兵を送りになりまして?」

 「そうさ、今頃、お前らの拠点は大騒ぎだろうな!」


 ルカロイドは高笑いを浮かべて二人を嘲笑うが、パラドは澄ました表情のまま一切崩していなかった。


 「あぁ……やっぱり、あのバカ勇者を残しておいて正解だったみたいだな」

 「あぁん? そうか、ならオレ様も安心して狩りに行けるってことか?」

 「その前に、テメェはここで死ぬ」

 「本気で言ってんのか、デブ野郎」

 「あら? 2対1で勝てるとお思いですか、オホホ」

 「勝てるに決まってるだろ。なんせ、オレ様の今のレベルは2億だからな」

 「2億—————ッ!? そんなのありえませんわ!」

 「それがあり得るんだよなぁ……ま、テメェらにはわかんねぇと思うけど……」

 「いいや、わかるさ……。もし、お前がレベル100に到達した後、何らかの起源魔術を得たのだとしたら……」

 「————————っ!?」


 パラドが右手のステッキ型の魔術杖の柄を握り締めながら睨みつけると、ルカロイドは少しだけ驚いたような顔をしてパラドを見つめ返す。そうして数秒間、放心した後、止まっていた時を動かすかのように大笑いを始めた。


 「クハハハハハハハハッ!! まさか、そこまで見ぬかれれているとはなァ……」


 ルカロイドは挑みかかるかのように口角を上げて拳を握り締める。その瞬間、彼の足元から黒い靄のような魔力が噴出し、蛇のような形を取る。そしてそれは枝分かれしたかと思うと、既に動かなくなった死体たちに喰らいつき、骨も残さず喰らい尽くした。


 「そうさ! オレ様が得たこの“暴食”はありとあらゆる概念を破壊するものだ!」

 「なるほど……喰らった獲物のレベルを……いや、そいつのありとあらゆるものを吸収して自分のモノにするわけか……」

 「ククク! オレ様はありとあらゆるものを喰らって自分のものにできる。例えばそう……さっきの突進のエネルギー」


 ルカロイドの足元の靄が再び蠢き、その一本がこちらの方を向く。それを見た瞬間にパラドは即座にミセスの背後に隠れ、ミセスは左手の大盾を前へと突き出した。

 その直後、刹那の時を経て黒い靄の蛇から高出力の光線が照射され、二人に襲い掛かるが、それはミセスが構えた盾に激突し、拡散して周囲を焼き焦がしだした。

 ミセスは、僅かに後退したものの、ダメージはなく、盾にもこれといった損傷は見られなかった。


 「チッ! やっぱり、この程度じゃくたばらねぇか……」

 「オホホ! お生憎様、わたくしの本業はこちらの方でしてよ!」

 「そうかい。だが、二億を超えるオレ様の拳を受けても、そういえるか?」


 そう言いながらルカロイドは大地を蹴り飛ばしてこちらに飛び込んでくる。その蹴り上げだけで大地はひび割れ、後方の家屋は弾け飛び、距離も一瞬のうちになくなる。それは圧倒的な運動エネルギーをもって迫りくる神の槍そのものであった。


 ————————だが、それはパラドたちに掠ることもしなかった。


 当たる直前で、パラドが転移魔術を使用し、相手の側面に回り込んだからである。しかしながら、空振りしたはずの拳が生み出した空気の砲弾は大地を引き裂き、住宅街を跡形もなく弾き飛ばす。

 轟音を伴ったその砲弾は、数キロ先まで、地面を抉り、直線的な爪痕を残していた。その光景を転移先の地面で爆風に晒されながら見ていたミセスとパラドは驚愕していた。


 「なんなんですの!」

 「あぁ、クソ。インフレも甚だしいな。バカが考えたクソ数字のオンパレードを見てるようだぜ」

 「変な事言っていないで、なんとかしてくださいな」

 「バカ言うんじゃねぇ。あんなものを受けたら塵も残らねぇぞ」

 「殿方ならなんとかしてくださいな!」

 「できたら、やってい————————」


 言い争いをしていたパラドの口が止まる。何故ならば、いつの間にか遥か先にいたはずのルカロイドが真横にいたからである。

 パラドは咄嗟に風属性魔術を駆使して、ミセスと自分の体を弾き飛ばし、またもや相手の拳を宙に切らせる。


 だが、これで相手の攻撃が終わるわけもなく、パラドが着地したと同時に、再び肉薄し、幾度となく拳を繰り出して来る。だが、それらに先ほどのような威力はなく、寸前のところで風属性魔術での方向転換をして回避してみれば、後方の家屋が一軒、粉微塵になる程度まで減衰していた。


 「オラオラ! どうした! せっかく手加減してやってるんだから、ちったぁ、根性みせやがれ!」

 「うるせぇ! こちとら、生まれる前からその言葉が大嫌いじゃボケェ!」


 パラドはルカロイドの荒々しい濁流のようなラッシュを、光属性の魔術で幻影を生み出しながら回避を繰り返す。時折、風属性魔術の真空刃を生み出して攻撃をしてみても、打ち消されて効果が全くなかった。

 そして、乱戦になっている関係上、ミセスも飛び込むことができず、チャージランスを構えながら、パラドの指示を待つしかなくなっていた。


 「避けてばっかでつまんねぇやつだな……。なら、テメェの彼女を先にやるだけだ」


 ルカロイドの体が再び掻き消える。純粋な肉体能力だけでの高速移動だが、シンプルであるが故に、土煙が生み出され、視界から消えやすい。

 ルカロイドは一瞬のうちに、待機していたミセスの眼前に出現したかと思うと、気が付いたときには、咄嗟に構えた盾すら容易に打ち砕き、鎧を貫通し、彼女の胸元に拳を叩きつけていた。


 遅れて衝撃波が駆け抜け、相手の拳を真正面から受けて立ち尽くすミセスの後方の瓦礫を弾き飛ばしていった。


 ルカロイドの顔がわずかに歪んだ————————



 なぜなら、彼はミセスの胸部を貫通させるつもりで拳を振るったはずだったからである。実際、その通り、盾を粉砕し、彼女の胸部の鎧のプレートを砕き、肉体にまで到達していた。だがしかし、それ以上のことが起こっていなかった。


 「あら? 嬉しいことを言ってくれますわね。しかし、性格には元カレですわ、オホホ」

 「なんだてめぇ……。ふざけやがって!!」


 ルカロイドは鎧から右腕を引き抜いて、再び右腕を振るい、拳を突き出した。ミセスはこれを自分の左手で掴み上げるようにして受け止める。

 その瞬間、彼女の左腕の鎧やインナーが弾け飛び、再び後方に衝撃波を生み出すが、またも、彼女の肉体には傷一つつけられていなかった。


 「無駄ですわよ!」

 「クソッタレぇ!!」


 ルカロイドは掴まれた拳を離させるために、左手で彼女の顔面を殴りつけるが、まるで大岩を殴ってるがごとく、頬がたわむこともなく、拳が停止した。

 その隙を逃さず、ミセスは自分の体を相手の脇に滑り込ませると同時に、ゼロ距離からのショルダータックルをしながら、偶然無事だった腰の鎧のスラスターを用いて、自身と共にルカロイドを弾き飛ばす。


 「今ですわ————————ッ!!」


 拘束しながらルカロイドを押し込んだ先……それはこちらに走り寄ってくるパラドの元だった。パラドはすれ違いざまに右手で相手の首筋に平手で触れると同時に転移魔術を発動させ、ミセス共々に自身を転移させ、一度距離を取り直す。


 急激に突き飛ばされたルカロイドは何度が地面を擦り付けるように転がり、ようやく停止する。そして、霞むような視界で傷む頭に手を当てて、もう一度立ち上がろうとした。


 「痛てぇじゃねぇか……」


 ここで、ようやくルカロイドは気づいた。2億を超えるはずの自分の肉体が、地面に強く打ち付けた程度で引き裂け、額から血を流しているという事実に……。

 そして、あちこちを打撲してるせいか、痛みでまともに体が動いていない、という事実に……


 それに気が付いた瞬間、まるで金縛りでも受けたかのように、指の一本たりとも動かせなくなる。唯一、動く眼球で、目の前にいる敵を見ると、パラドが魔術を発動させるために右手を突き出していた。


 「なにを……しやがった……」

 「なにって、拘束魔術だ。そんなこともわかんねぇのか」

 「そっちじゃ……ねぇ————————ッ」


 暴れようとするルカロイドの首筋にパラドの右手が触れ、まるで首を絞めるかのように頸動脈を掴み上げた。


 「主語を言え。それじゃあ伝わらないぞ、バカが」

 「わけが……わからねぇ……。お前に、オレ様に対してはなにも……できないと言っていたはずだ」

 「あれ、そんなこと言ってたか? もしかして盗み聞きでもしてたか? その耳で—————」


 唐突に生み出された真空刃により、ルカロイドの頭部にあった両耳が一瞬のうちに切断され、そこから一時的に噴き出すように血液が噴出し始める。


 「がぁあああああああああああああああ!!!」

 「悪いな。俺は今、お前のありとあらゆる能力を“剥奪”している。だから、こうして、テメェの肉体をレベルに関係なく引き裂くことができる」

 「だったら、それごと喰らって——————」

 「無駄だ。そいつも“剥奪”している。テメェの起源魔術が発動することはない」

 「くそ……がぁ……」


 パラドイン・オータムという人間が持っていた起源。それは、他人の持つものを失わせるものであった。パラドはこの能力をレベル100に到達すると同時に、制御し、扱いだした。そして、この剥奪の発動条件などを割り出し、戦術に組み込むに至っている。

 発動の為には相手の皮膚に直接触れている必要があり、手を離してからの持続時間は10秒と非常に短いが、現在のように触れ続けている限りは持続し続ける。

 それは、相手の獲得した“暴食”やレベル2億というインフレすらも消し去り、一時的な弱体化をもたらした。結果、地面に叩きつけられて、ルカロイドは傷を負ったのである。


 条件を満たすために、隙を伺っており、ようやく触れることができ、そして現在の状態に持ち込んでしまえば、後は一方的に首を絞めて尋問することもできる。


 「テメェに一つだけ聞いておく。何故、この反乱を起こした」

 「あぁん? んなもん聞いてどうするつもりだ……」

 「ただの気まぐれだ……。テメェの背後にいるやつがテメェにどんなことを吹き込んだのか気になっただけだからな」

 「ケッ! アイツのお仲間さんかよ……」

 「いいから、答えろ。答えなければ今すぐテメェの首を掻っ切る」

 「はっ! やれるもんならやってみやがれ! 先に地獄で待っててやるからよ!」


 真空刃が再び薙いだ。しかし、ルカロイドの首は健在であり、未だに繋がっている。変わりになくなったのは、彼の両手の10本の指だった。

 その事実に気づいた瞬間、焼けるような痛みが彼の脳髄を揺さぶり、意識を白色に染め上げようとする。


 「がぁあああああああああああああああああ!!!」

 「答えろと言ったはずだ。それともそれがテメェの答えか?」

 「ケッ……くだらねぇ……そんなもん、オレ様より強いやつを喰らうために決まってんだろ。そうさ、オレ様に泥を付けたお前の妹さ……。あぁ、お前も地獄から蘇って喰らってやるぜ!!」

 「そうか……」


 真空刃が再び薙ぐ。今度は正確無比に、掴み上げている右手から発せられ、ルカロイドの首を音もなく引き裂き、胴体を置き去りにして、頭部が地面を転がった。

 遅れて体から噴水のように赤黒い血液が噴き出すが、パラドはそれらを闇属性魔術の薄い膜で被ることなく弾いていく。


 「それなら、心おきなく、テメェを殺せる」


 パラドが地面に転がったルカロイドの頭部を見下ろしながらそう告げると同時に、支えを失ったルカロイドの残された胴体はベシャリという奇怪な音を立てながら、自らが作り出した血の海に沈んでいった。

 だが、引き裂かれたはずの頭部は、それのみで動こうとして、甲高い笑い声を出し始める。


 「クカカカ!! アメェんだよ、バカが!! オレ様が喰らった中に“不死”を持つ奴がことに気づかなかったのテメェの負け————————」


 唐突にルカロイドの笑い声が止まった。いやそれだけではなく、ルカロイドが再生するために、切り裂かれていた断面から噴き出していた黒い靄すらも霧散していた。

 それを成したのは、笑い続けていたルカロイドの頭部に自らのチャージランスを冷ややかな瞳で突き立てたミセスであった。


 「バカはテメェの方だ。そんなこと、最初から“見えて”んだよ」


 パラドの言葉を最後にして、ルカロイドはピクリとも動かなくなる。パラドはそれを確認して、ルカロイドの頭部もろともに胴体を、魔術で塵も残さず消し飛ばした。

 後には、闇魔術で消し飛ばした際にできた僅かなクレーターが残るのみであり、その他は戦闘の余波で破壊された街並みが広がるだけであった。


 それを確認して、ミセスとパラドはようやく安堵の息を吐いた。


 「恰好を付けるのは構いませんが、少しは作戦をわたくしに伝えてくださいませ。もし、わたくしがあそこでこのクラウソラスを突き刺さなければどうなっていたのですか?」

 「あぁん? そんなものは考えてねぇよ。お前を信じていたからな」

 「あら? 嬉しいことを言ってくれますわね、オホホ」

 「嬉しいことも何も、俺の意図を汲み取って、アイツに触れさせてくれたのはお前だしな。それに、何年一緒にいると思ってるんだ……」

 「それもそうですわね。わたくしは貴方のことなら、背中のほくろの数まで存じておりますから、オホホ」

 「逆に怖ぇよ……。————————って、それよりも、ミーティ!」

 「ひゃい!」


 急に話を変えられて、自分の名前を呼ばれ、ミセスがいつもとは違うような声色をだした。それは単に名前を呼ばれただけではなく、パラドに真剣に見つめられた上に、防具のなくなった左手を掴まれたから、という理由もあるのだが……


 「お前……怪我がないってことは……まさか……」

 「オホホ、おほほほ……そうですわ! ついにわたくしもエレガントな領域に突入いたしましてよ!」

 「ふーむ。そういうことか……なるほどなぁ、久しぶりに見たら……」

 「ちょっと、人の個人情報を除かないでいただけます?」


 パラド……いや、パラドに乗り移った人間の起源。彼が転生特典といったレベル1から扱えた能力。それは、相手の情報を“解析”することができるものである。故に、先ほどのルカロイドの情報や、今のミセスの情報。そして、アリッサの情報すらも抜いていた。当然ながら、これには“剥奪”とは違い、魔力やレベルに応じたレジストが作用し、見れない情報も多々ある。


 「いうなれば、“無敵”状態ってやつか……。持続時間短いけど」

 「貴方の無効化と同じぐらいでしてよ。大差はありませんわ!」

 「でも、衣服とか装備はそのままじゃん」

 「それはしかたありませんわ! 傷がつかないのはわたくしの体だけなのですから!」

 「ふーん……でもまぁ……」


 パラドは自分の着ていたコートを脱いでミセスに投げ渡す。ミセスは少し驚きながらそれを掴み取り、小首をかしげてしまう。


 「とりあえず、胸元は隠せ。痴女になってるぞ」

 「————————っ!!!!????」


 ミセスの表情が驚きと共に真っ赤に染まっていき、即座にパラドのコートに袖を通し、ボタンを締めた。そして、地面に突き刺していたチャージランスを手に取ると、ゆっくりと天に掲げ始める。


 「たしか、頭部を強打すれば記憶が飛ぶ可能性があるのでしたわね、オホホ……」

 「おいバカやめろ。それは創作物だけの話だ。実際は死ぬ可能性が高い!」

 「なら、試す価値がありそうですわね、オホホ!!」

 「ふざっけんな、バカ!!」


 ミセスが振り下ろした槍を、パラドは必死になりながら回避し、同時に、後方で待機している他の兵士の元へ全力で駆けることになる。

 誰かの前ならば、ミセスが威厳を護るために正常に戻ると信じながら……



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