幕間Ⅶ
ある日————————
とある伯爵貴族の子息として、男は目を覚ました。
頭には包帯がまかれ、ふらつく足で立ち上がり鏡を見れば額には縫ったような跡がいくつもつけられていた。周囲を見渡してみれば、高級そうな絨毯が敷かれており、大理石でできた天井も、広いテラスも、天蓋があるベッドすらも彼の記憶の中には存在していなかった。
それどころか、姿見の鏡に映った自分の容姿すら、記憶にない。
自分の名前は……思い出せるが、彼はそれが自分の名前ではないことがすぐに理解できた。
まるで、頭が痛くなるような現象……つい先日まで過ごしてきた景色や風習とはまるで違う。文化形態も生活知識ですらも、科学ではなく魔術を元に構築されたおとぎ話のような世界……
彼は……そんな世界に対して、時間をかけ、少しずつだが、順応していくしかなかった。
この世界で目覚めてから数日……彼は自分の名前や言語形態、そして魔術について学んでいった。言語はかつてのこの体の持ち主のおかげなのか、頭や体が覚えていてくれた。魔術について、始めは好奇心にそそのかせるまま学んでいき、やがてはどういうモノなのかを特異的に身に着けていくことになった。
その過程で理解したことは、この体の持ち主がとある事件に巻き込まれたことだった。
世間的には移動中に、自らの父親である拍車と共に夜盗の類に襲われたとされていた。その事件で父親は死亡したため、現在の伯爵家の実権は代理として母が握る形となっていた。成長する過程でいずれは彼のものになるらしいのだが、彼にとってはあまり興味のない出来事だった。
むしろ、この体の持ち主の父親を殺した人物についてにフォーカスが当たっていった。それは、この体の元の持ち主が心の奥底で“復讐”という名の炎を燃やしていたからなのかもしれない。
いずれにせよ、彼は……パラドイン・オータムはその本能に従うまま、魔術を極め始めた。もしかしたら、この体に転生した彼の憧れや好奇心があった可能性も捨てきれないのだが……
パラドは体調を取り戻し、ある程度の状況整理を終えると、その目的のために、夜間は平原や森に出没するモンスター狩りに精を出し始める。はじめの頃は、成果も上がらず、昼間の魔術鍛錬や勉学の時間に居眠りをしてしまうことがしばしばあったのだが、レベルを上げるコツを覚えてからの成長は目覚ましく、瞬く間に神童と呼ばれるに至った。
そうして、自身と実力が付き始めた頃、彼は国内で開かれている親善試合に出場することにした。目的は、優勝した際に貰える賞金ではなく、剣王と呼ばれているこの国の最古の勇者に謁見するためである。
幸いにして、パラドの当時の年齢はジュニアと呼ばれる分類にて区分されたため、本当の強敵とは対峙することなく勝ち上がり、真実を聞き届ける機会を得た。
それはただの少年が耳にするには酷く残酷な事であり、同時に社会構造としての歪さを骨身に実感させられた出来事でもあった。
剣王が語ったのは、“ネセラウス伯爵家”と呼ばれている貴族が代々、ブリューナス王国の為に影から必要悪として汚い仕事を引き受けてきた、というモノだった。つまるところ、パラドの父親は、『伯爵家として力を持ちすぎたため』『リーゼルフォンド皇国と内通していたため』などという様々な理由から、“暗殺”されたということらしい。
それは非常に大きな一歩であり、パラドイン・オータムの目の前の暗黒に対し、灯篭で作られた一方通行の道を作り出してしまった。
ただし、結果だけを語るのならば、彼は復讐を完遂することができなかった。
それは、復讐の対象であるネセラウス伯爵家の子息であるルイス・ネセラウスとあまりにも親しくなりすぎてしまったからである。
最初は確かに油断を誘うために近づいていただけだった。しかしながら、学園生活を、そして困難を共に乗り越えるうちに、友情が芽生え、彼を殺めることができなくなってしまった。
そうなった根本的な原因は同年代のヒルデガルド・ブリューナス王女、そしてミセス・ヴェラルクス伯爵令嬢の存在もあった。
4人が集まれば、王国に蔓延るどんな敵も退けることができた。それは、若い子供の遊びであったことは否めないが、それにより救われた命は数多くあった。
パラドが作戦を立てて、ヒルデガルドが情報を集め、そして、ミセスとルイスが敵を打ち砕く。とてもシンプルであるが故に強固な関係……。
だが、それは長くは続かなかった————————
たしかに、作戦を立てるたびに、命の天秤を傾けるような選択を迫られ、パラドの心が疲弊していったこともあるが、最後の引き金を引いたのは“ヒルデガルド・ブリューナス”の死という事実だった。
それも、親友であり、許したはずのルイス・ネセラウスの策略であり、その殺し方がヒルデガルドに汚染マナを過剰摂取させ、モンスターへと変貌させ、彼女の愛した民を襲わせる、という方法であり、彼女を殺めたのがパラドの魔術であったが故に、パラドの心は一度、狂気へと落ちることとなった。
復讐の炎をたぎらせたパラドイン・オータムという少年は、ありとあらゆる策略を巡らせ、ネセラウス伯爵家とその裏にあった組織を瞬く間に追い詰めていき、そして、最後に罪をかぶせてルイスの父親であるネセラウス伯爵を殺害し、ルイスに杖先を突きつけた。
————————が、やはり、ここでも彼はできなかった。
婚約者であったミセス・ヴェラルクスに制されたという理由もあるが、根本的な部分は、彼が非情になり切れなかったということは明白だった。
結局、表沙汰にできなかったため、事件としてはネセラウス伯爵がブリューナス王国から離れ、エルドライヒ帝国に所属することとなったことが結末となった。
そして、その確執は今現在も絶えることなく続いている———————
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