第3章 天使の残響
第1話 天使の幼女
学術国家リリアルガルド。アリッサの前世の知識で言う西洋の建築様式で作られた街並みがあり、小国ながら様々な研究機関が乱立し、それに伴う魔術の学校も数多く存在する。周辺諸国で唯一、君主制ではなく間接議会制を行っており、建国者『ノイマン・リリアルガルド』の名前に恥じない識字率や治安の良さを誇っている。
また、永世中立国として様々な国々と国交を持っているため、商人たちからは流通の拠点としても知られている。だが、中立だからと言って攻め込まれないわけではない。西方の宗教皇国リーゼルフォンド、東方の軍事王国ブリューナス、海を隔てて北西にある魔族王国アストラル、同様に海を隔てた北東には商業連邦ノルド、ブリューナス領土の山脈を超えた南方には魔導共和国フィオレンツィア、等と様々な大国の中間地点にあるが故、ここリリアルガルドを狙う動きも少なからず存在する。そのため、リリアルガルドでは政府軍と呼ばれる部隊が警察の役割を果たす衛兵とは別に存在し、有事の際に備えている。
そんなリリアルガルドでトップレベルに、魔術を含む様々なことを学ぶことができる高等学校、それがリリアルガルド中央魔術学院。通称、『セントラル』である。自主性を重んじ、自己研鑽を怠ることさえしなければ、卒業までには宮廷魔術師と呼ばれる高い役職に就くようなレベルにまで成長することも可能であると言われている。そんな学院で、成績は平均点ギリギリ、支給された武器は再三にわたり大破させ、アルバイト感覚で始めた冒険者活動では誰も選びたがらない危険な依頼ばかり受ける異端児……。それが今現在、噴水の周りで水を受け止めている石垣に腰かけ、羊肉を焼いた串焼きを食べているアリッサという少女である。
身長は165センチメートル前後、何事にも動じないような薄桃色のぱっちりとした瞳、茶色で癖の少ないセミロングの髪の毛は何も飾り付けがないまま肩の少し下まで伸びている。肌色は多少の日焼けがあるぐらいで血色がよく、顔の輪郭もわずかに幼さが残る程度で、健康状態は良好であると言える。体型は実家での畜産業や狩りで鍛えられたせいか、やや筋肉質であり、柔軟性などがうかがえるような細身ではあるのだが、それに伴って胸囲に関してはあまり豊かではない。
服装は、休日での冒険者活動のためセントラルの制服ではない。派手に着飾ることのない冒険者特有の服装で、ショルダーベルト付きの白いシャツの上に、カーキ色のモッズコートを羽織り、ネイビーのハーフパンツの後ろには、ナイフとポーチが備え付けられている。足元には、膝部分にプロテクターのついたダークブルーの膝上ブーツ。聞いた話によると、足裏とつま先には鉄板が入っているらしい。今現在は、街中にて戦闘を行うことはないため、腰のベルトには何も取り付けられておらず、武器は側腹部にあるマジックバックの中に収納されている。
そんなアリッサの隣にいるのは、偶然引っ付かれて連れてきた迷子の幼女。串焼きにかぶりついている碧眼の幼子はきめ細やかな金髪を揺らしてこちらには見向きもしない。口元についたソースをハンカチで拭ってようやく、丸みを帯びた柔らかな頬の輪郭を確認することができる。ボロボロの布を羽織っているため、服装や体系などはわからないが、身長はアリッサよりも遥かに小さい。そんな幼女の頭には金色に輝く輪っかがあり、地上ではほとんど見ない閉鎖的な種族である天使族であることが誰にでもわかる。
ちなみに、リリアルガルドの民はその地理的特性上、種族間差別意識がほとんどないため、誰がなんの種族であるなどというのを気に留める人は非常に少ない。
結局、4本購入した串焼きのうち、1本をアリッサが食べ、残りは隣の天使の幼女の胃袋の中へと入っていった。たまに急ぎ過ぎてのどに詰まらせそうになったときは、水を飲ませつつ、対処に当たるアリッサであった。手慣れているのは、同じような年ごろの妹と弟が故郷にいるからだろう。だが、幼い頃に拾われたアリッサにとって、故郷の両親も、兄弟も、全ては義理でしかない。たしかに、本当の家族のように大切に思ってこそいるが、それと同時に、本当の両親の顔を知りたいというのも事実である。故に、アリッサはそのためにたった一人で『セントラル』の門を潜り、ありとあらゆる情報を手にすることができるように努力し続けている。探し物を見つけるには、財力はさることながら、権力や時には暴力すら必要になる。本人は避けられるならば争いは避けて通りたいと思うのだが、その願いが果たせるほど、この世界は甘くできていない。
アリッサは食べ終えた幼女の口元についたソースを自身のハンカチで拭い取り、今度は隣ではなく、正面で幼女に尋ねる。だが、警戒をされぬように、自らしゃがみ込み、目線を合わせるようにして幼女の碧眼をのぞき込む。
「お名前を聞いてもいいかな?」
「………?」
「あなたのお名前はなんて言うの?」
「サリー……」
「そっか、サリーちゃんだね。お母さんとお父さんのお名前はわかるかな?」
「わかんない……」
「じゃあ、サリーちゃんがよく見る人の顔とかわかるかな?」
「わかる……」
「どんな人? 頭に金色の輪っかが付いている人かな? ピカピカの頭の人かな?」
「ちがう……」
聞くたびに両親の想像から乖離していくため、この子は奴隷市から売り飛ばされたのではないかと疑いたくなるアリッサであったが、このまま放置することもできずに、保護者の情報を求めてもう少し詳しく尋ね始める。
「それはどういう色の頭だった? お姉さんみたいな頭の色?」
「ちがう。あんなかんじ……」
そう言いながらサリーが指をさした方を見る。するとそこには、アリッサと同じような年代の女子がいた。その女子の髪色は暖かな夕日のようなオレンジ色であり、他と見比べてもわかりやすいと感じた。隣には見たことがある隣国の第二王子がいたが、人の浮気現場などという面倒なことには興味がないため、アリッサは見て見ぬふりをする。
「そっか、あんな感じの色なんだね」
「その人のお名前はわかるかな?」
「てぃあな……」
「そっか、ティアナさんだね。ティアナさんがサリーちゃんのおててを最後に握ってた場所はどこだかわかる?」
そう言いながら、サリーの手を覆い隠すように握り、ジェスチャーを織り交ぜながら少しずつ情報を読み取っていく。できるだけ簡単な言葉にしなければ伝わりにくいため、ここばかりは根気との勝負になってくる。
「おねんねの時……」
「うーん……。じゃあ、サリーちゃんが知ってるお名前はティアナさんの他にあるかな?」
「————————?」
ティアナという名前から迷子の手掛かりが得られにくいことを見極め、別の話題に切り替えると、サリーは少し考え込むように静かに口を紡ぐ。アリッサはそれを見て、急かすことなく、サリー自身が言葉を発するのを数秒待ち続けた。
やがて、十数秒後に、サリーは小さな声でとある人物の名前を口にする。
「あすとらう……」
「あすとらう……。それはお名前?」
「うん……。ティアナがいってた。とーってもこわいひとだって……。でも、ティアナ、こうもいってた。あすとらうとかくれんぼしなさいって……」
この言葉を聞いてアリッサは思わずしゃべるのを止めて、口を閉じていた。そして、優しくサリーの頭を撫でて、ここまで頑張ってしゃべってくれたことにお礼をする。
アリッサの記憶上で『あすとらう』という人物に心当たりはない。ただし、恐怖を覚えるように高圧的で、天使族のサリーが頼れるよな圧倒的な力を持った人物なら心当たりがある。名前を自称『アストラル』というのだが、高慢ちきでアリッサの目から見てもうざったらしい人物など、一人しかいない。サリーがいう『かくれんぼ』というのは、さしずめ、ティアナという人物の言葉遊びであり、サリーが特徴的で見つけられることを前提で話した内容。つまりは、その逆の意味で、彼の元に身を寄せろ、ということだというのは何となくわかった。アリッサとしても、自称魔王が、なんだかんだで身内に甘いことを知っているため、癪に障ることは確かであるのだが、小さな子供を弄ぶような変態ではないと確証があった。
故に、とりあえず、もう一度このサリーという幼女を左腕に抱え、食べた後を片付けて移動を開始する。
その瞬間に、何か変なことに巻き込まれたような嫌な予感はしたが、サリーをこのままここで放置できる程、アリッサは悪人ではないが故に、ため息を吐きながらも、件の人物の元へと向かうことになるのであった。
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