幕間Ⅳ

 冒険者組合でギルド登録を済ませ、依頼を受注している最中、アリッサとキサラは様々なモノの買い出しに来ていた。保存食やポーション、生理用品、常備薬などの不足分を買い足しているのである。シルバーランクとなると、こういった長期間のクエストなども起こりうるため、ランニングコストも計算していかなければならない。

 ちなみに、アリッサのマジックバックに関しても、初期の学院支給品のものよりもランクを上げており、簡単なコンテナ一つ分程度は入る大容量のものを奮発したため、実のことを言えばあまりお金は溜まっていない。

 その影響もあって、キサラの持つショートソードや、フローラの持つマジックステッキとは違い、アリッサの武器は未だに学園から支給されたナイフと小さな杖だけである。なお、杖に関しては、昨日の夜に破損させたため、取りに戻らなければならないが、時間がないため、今回はちょうどいい機会に新武器を購入するために鍛冶屋に来ていた。


 アリッサたちが店内に入ると、鉄と泥と汗の入り混じった匂いが鼻をくすぐり、雰囲気を漂わせている。ただ、現代の鍛冶屋の仕事は武器を作るだけではなく、用途は様々で、農具や包丁、インテリアなど多岐にわたる。簡単に言えば、ハンドメイドの金属加工屋に近い。

 基本的な物品は大量生産の雑貨屋の方が安いのだが、こちらはモンスターの素材で作られたものを取り扱っていることが多く、珍しいものを置いている古本屋に近い。なお、偶然立ち寄ったこの店では、アウトレット品も取り扱っているため、一概にどちらがいいとは言い切れない。


 アリッサはキサラの誘導に従いつつ、綺麗に陳列された武器たちを眺めていく。店内は意外にも広く、店主が新聞を読んでいるレジまではそれなりの距離がある。なお、このララドス武具商店はリリアルガルドの冒険者の間では有名な店である。


 「アリッサ……話には聞いていましたが、杖の先端を焼き焦がすなんて、一体どんなことを……」

 「えーっと、その……魔術を撃ちまくったら……」

 「今あなたが手に持っている2割ほどしか残っていない杖には普通ならないでしょう———」

 「なってるじゃん……」


 アリッサは最初に、打撃武器のコーナーを見ていくが、やはりどれも値段が高く、若干、頬が引きつってしまう。値段は本当にピンキリであり、それこそ車が買えてしまうものもあれば、おもちゃのような値段のものもある。


 「おおぉ、エスカリボルグ……じゃなかった、金棒だ————」

 「あぁ、棘付きのものですね。そういえば前に使っていましたね……こちらは鉄製みたいですが……」

 「隣のは……ニードルベアーの針から作ってるよ……うへぇ……」

 「あれは嫌な思い出でしたね……」

 「まぁ、でも、今はこれじゃないかなー。ナイフはまだ壊れてないし、今回は杖を探しに来たからね!」

 「それは、今度来たら買う、みたいな宣言ですね」

 「どうだろう……まぁ、確かに欲しいけど、なーんか違うんだよね……」

 「なにか……とは……」

 「わからない。だから、次、行こうか!」


 棍棒には手を触れることなく、アリッサとキサラは立ち上がり、場所を移動する。今度は刀剣類のある場所である。後ろには他の槍やらもあるが、今回は防具と同じように無視して通る。

 刀剣類を簡単に眺めつつ、脚立が必要な上の方まで品を見ていくと、一つ面白いものをアリッサは発見する。


 「あ、刀がある—————」

 「あら、本当ですね……」

 「ふふふ……キサラさんはそういうのが欲しいのかなー?」

 「まぁ、確かに、手に馴染むのはそちらの方ですね。こちらの地方の剣は扱い方が異なりますから……」

 「それって、切れ味が悪いとか?」

 「いえ、そうではなくて……そもそもとして、切るための技術が違うという意味です。どちらが優れているというわけではなく、どちらも一長一短の良さがあるということです」

 「なるほどねー。ちなみに、手に取ってみる?」

 「そうですね。一度でいいので……」


 アリッサは感心しつつ、大きく手を振って店員を呼び、高い位置にある鞘に収まった一本の刀を取ってもらう。重さはそれなりであり、値段は先ほどのニードルベアーの棍棒よりも少し高いが、キサラの財力であれば手が出せない部類ではなさそうである。

 キサラは、アリッサから受け取って、最初に、自らの腕で長さを確認する。


 「2尺7寸といったところでしょうか……見たところ、反りはあまりないようですね」

 「80センチぐらいか……ちょうどいいぐらい?」

 「いえ、わたしの身長からすると、もう少し短めの方がいいです」


 そう言いながら、キサラは鞘からほんの少しだけ刀身を抜き、刃の状態を確かめる。見た目上、錆などはなく、鋼色に輝いているようにアリッサは思えたが、キサラの顔は残念そうに曇っていた。


 「——————なまくらですね。交易品なら、と期待してましたが……」

 「わかるの?」

 「えぇ、まぁ……。実際に使っていましたから……」


 アリッサは故郷を懐かしむように刀を握っているキサラの後ろに誰かが鬼の形相で立っていることに驚きつつ、キサラが気づいていないのかと指をさす。だが、キサラは気づいていてその言葉を言っているらしく、猛獣をなだめるように怖気づく店員を無視していた。

 キサラの後ろに立っていたのは、おそらくここの工房の主であろうドワーフの色黒の男性であった。無精ひげを生やし、身長が低いのだが、歳はかなりのものであることがわかる。


 「嬢ちゃん、それがなんだって?」

 「あぁ、これはもしかしてここの人が作ったのでしょうか……。これは売り物にはなりません。この刀、武器というよりは玩具、遊び道具の類ですね。しかしなぜ、こんな訓練用のものを?」

 「なんだァ……テメェ……」


 今にも手に持った顔よりも大きなハンマーを振り下ろしそうになっているのを見て、アリッサはキサラの手にある刀を奪い返し、即座に返却して、頭を下げる。キサラは頭を下げようとはしないが、アリッサだけはそれで事態が収まるのならばと、謝り続ける。すると、ハンマーをゆっくりと降ろし、荒い鼻息を一度だけ鳴らす。


 「嬢ちゃん……こいつの何が悪い……」

 「結晶粒が大きすぎ、刃文が美しくない、境が混じっている。列挙すればキリがありませんが、続けますか?」

 「フンッ———————」


 ドワーフの男性は、荒い鼻息を鳴らし、アリッサから受け取った刀を鞘から抜き去る。そして、キサラに言われたことを自身の口で反芻させながらつぶやき、刀身を眺めていく。だが彼の眉間にしわが寄った瞬間、いくつものこぶができ、筋骨隆々と言っても差し支えないその剛腕を振りかざし、近くの武器に向けて横一線に叩きつける。

 当然のことながら、彼の剛腕に負け、刀身の部分は根元から少し先でポッきりと折れ、高速回転しながら、アリッサとキサラの間をすり抜けて、陳列棚に突き刺さった。


 「また来い。次はもっとマシなもんを用意してやる」


 ドワーフの男はそれだけ言うと、大きく鼻を鳴らして、鞘だけを持ってカウンターの方へと大きな足音を立てながら去っていく。慌てた定員が折れた刀などを回収しはじめたのを見て、呆れたように男の背中を見つめるキサラとは正反対に、アリッサは苦笑いを浮かべるしかなかった。


 「えーっと、あの方は?」

 「ここの店主……というよりは工房主です——————。みなさんからは、『おやっさん』と呼ばれているようですね」

 「あ、うん。すごいね……」

 「えぇ、あんな感じで、職人気質で、話しかけにくい人なんですが、腕は確かです」

 「あ、うん、そうだね—————」


 アリッサは、そんな性格がキサラさんと似てるなぁと思いつつも口には出さない。そうやって、逡巡していると、キサラが目的のゾーンに歩き出してしまうため、アリッサは小走りでそれを追いかける。

 そうしてまた品々を眺めながら、アリッサが使っていた小さな魔術杖のところまでようやくたどり着く。隣の、ステッキの構造をした杖はそれなりの値段がするが、教鞭タイプの小さな杖は値段が抑えられている。

 こちらはもっぱら、ランクの低い魔術師が扱うものだという認識が強いため、ついている魔石も小さいモノばかりである。というのも、教鞭のように小さいので、ステッキタイプよりも小さな魔石しか取り付けられないからである。なお、魔石が小さい場合、魔力増幅などの性能やその他さまざまな追加性能が魔石に込められない。値段が安いのはそういう性能に依存している節がある。


 「なにか、好みのデザインなどはありますか?」

 「うーん……。連射したときに燃えなきゃいいかなぁって……」

 「では、鉄製のものですかね……。グリップの部分は木製の方がよさそうですが……」

 「いやまぁ、そうなんだけどさぁ……。それって、もはや杖である必要はあるのかなぁって……」

 「確かにそうですね……。なら、あちらに置いているガンロッドなどでしょうか……」

 「ガンロッド……」

 「狩猟用のライフルの形状を杖に取り入れたものです……」

 「あぁ……利便性は高そうだね。でもごめん、キサラさん。実はスナイピングは苦手なんだよね」

 「そうでしたね……。だったら、やはり、鉄製のものを使うのが良い気がしますね————」


 キサラが悩んでいるのをよそに、アリッサは何かないかと周囲を見渡す。前述の通り、ここは金物であればインテリアから農具まで、様々なものを取り扱っている。そのため、形状に何かヒントはないかとキサラを置いて、散策を再開する。


 そして数分後、アリッサはとあるものを発見する—————




 キサラがアリッサの行方を追って駆け寄ってきたときには、しゃがみ込んだアリッサがとあるものを見比べながら悩んでいた。


 「アリッサ……それは?」

 「ん? 右手のこっちはピッケル。左手のはツルハシだよ」

 「いえ、それは見ればわかります。採掘で使うものでしたらわたしも持ってますよ」

 「そうじゃなくて、これにしたいなって—————」

 「アリッサ……あなたは何を言っているんですか……」

 「なにって、魔術杖の代わり……」


 アリッサは左手に持った50センチ弱のピッケルを軽く振るって感触を確かめる。ゴム製のグリップ部分と若干のカーブを描いたシャフト、そしてピックとブレードが付いたヘッド部分。登山用の物品でしかない。


 「あなたって人は……」

 「グリップ部分を少し改良すればいけるかなーって……。おやっさんだっけ? 腕はいいんでしょ?」

 「まぁ、そうですが……先ほどのように怒鳴られますよ……」

 「あ、大丈夫、慣れてるから——————」


 アリッサは皮肉を込めてキサラの方を見るが、本人に気づいた様子はない。それどころか、こちらに呆れて、何も言っていないように思えた。

 何も通じていないことを察すると、アリッサは一回だけため息を吐き、両手にツルハシとピッケルを持ってレジの方へと歩いて行った。その後、店内を震わせるような怒号と、アリッサの呆れたような大声が響いたのはまた別の話である。

 結局、アリッサは売っていたスチール製のピッケルと、火山地帯にすむ甲殻類のモンスターの素材をヘッドに使用したツルハシを魔改造することなった。キサラの受けた迷惑料という名の情報量も込みで、200エルドに抑えられたため、マジックバックの1000エルドと比べるとお財布には優しかった。ちなみに200エルドはブロンズランクのクエストをソロで4~5回分に相当する。

 こうして、残ったお金は、その他の道具の購入に充てられていくのであった—————

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る