第20話 事件後、その顛末、そして冒険者へ

 

 あの死闘から一週間ほどが経過した—————

 あの後、講師であるローザリーに救助された二人は、こっぴどく指導され、案の定、補講となった。怪我の方は、保健室で治療してもらったおかけで、今は跡形もなく消えている。応急処置で行ったキサラの回復魔術よりも高度であったため、複雑骨折をした左手の痺れもいつの間にか消えていた。

 ちなみに補講は、何事もなく一時間ほどで無事に『ホーンラビット』を捕獲して戻ってきたことで、難なくクリアすることは出来た。

 その際に、オフレコで今回のことの顛末として聞かされたことは、意外にも単純なことであったことをアリッサは憶えている。


 災害要因として、有力視されたのは、アストラルという生徒が発動した『魔物を呼び寄せる魔術』ということだった。それによりホーンラビット以外に引き寄せられたものがいた。元々レベルの低いモンスターだけを対象にしていたようだが、偶然にも最低レベルの50で呼び寄せられたことにより結界から迷い出てしまったのが件の『ニードルベアー』だったというわけだった。


 ニードルベアー出現の報告を受けて、ローザリーもすぐに急行したらしいが、そのときには戦闘が一時的に止み、捜索が困難になっていたという。さらには、嘆きの森付近にて、例のニードルベアーを発見したことにより、奥へと逃げたと断定、一次帰還して教師陣による捜索パーティを編成して、準備を整えていたらしい。

 そんな時に、ド派手な戦闘音が鳴り響き続けたため、再度、現場に急行。そこで、息絶えているニードルベアーと、魔力切れで倒れたアリッサとキサラを発見したようであった。


 ちなみに、ニードルベアーの死体はあの後にローザリーが冒険者組合に売り払い、素材代としてそれなりのお金が手に入った。冒険者組合の依頼があればもう少し上乗せできたそうだが、今回はそれがないため、解体料金を差し引いた素材代だけらしい。なお、そのお金は、二人の同意により、消費したキサラの魔力石代に充てられたため、アリッサの手元にはほとんどわたっていない。しかし、破損させた短剣や制服は、後日、購買から新しいものを支給されたことで事なきを得ている。

 購買の人によると、破損記録としては、歴代8位らしい。逆に、それ以上の人はどれだけ早く壊したのか気になったアリッサだが、これ以上は突っ込まないことに決めた。




 あの日から、アリッサは、放課後に『恵みの森』で低レベルのモンスターを相手に訓練をすることが多くなっていった。未だに『嘆きの森』にもう一度入りたいとは思わないため、奥地には進もうとはしていない。狩場としては『恵みの森』は安全でいいのだが、学園から1時間は歩くため、往復をするとそれなりに時間がとられてしまうのが難点であった。ちなみに、モンスターが出没する狩場としては、『恵みの森』が一番近いらしい。

 そうやって、平日にレベル上げに勤しんだせいなのか、それとも『ニードルベアー』と討伐したおかげなのか、アリッサのレベルは前の倍以上の、レベル24に達していた。アリッサは、体感としての実感はほとんど湧いていなかった。

 だが、レベル15に達すると、あることが可能となるため、それでも十分すぎた。


 冒険者組合への登録—————


 レベル15以上の希望者は、冒険者組合に登録することで、組合の掲示板に張り出された依頼をこなし、報酬を貰えるようになる。クエストの難易度によってランク分けはされているが、それでも、生活費に困っているアリッサにとってはありがたい制度でもあった。なぜなら、レベル上げとお金稼ぎを両立できるのだから……


 本日の休日は、その登録をするために、キサラと共にリリアルガルドの首都であるベネルクの市街に来ていた。キサラは半年以上前から組合への登録を済ませているため、それなりに成れているということで、アリッサからお願いしたところ、意外にもすんなり了承をしてくれたのである。

 しかしながら、仲良くなったキサラとは正反対に、入学式の後に街を案内する約束したフローラとは『ニードルベアー』の事件以来、学院でも話すことが少なくなってしまった。それ以前に、最近は講義でも顔を見せていない。

 そんな、突然いなくなったフローラを心配しつつ、アリッサは様々な可能性を考える。学院では、様々な理由から中退する生徒は珍しくはない。様々な援助を学園側からしてくれるため、経済的理由というのはあまりないらしいが、授業についていけなくなったなどという話はよく聞く。もしかしたらフローラもその中の一人になってしまったのかと不安は募るばかりである。


 そんな不安をアリッサは自身の頬を軽く叩くことで、振り払う。他人のことを心配し過ぎて、自分のことをおろそかにはできないため、今は自分のことに集中することにしたのである。

気持ちを切り替えて、冒険者組合の窓口の木製の観音扉を押して開く。後ろには、キサラが付いてきてくれているため、不安はそれほど感じられない。

 キサラにつられながら、登録の為に窓口に行くと、ガラス越しに女性が対面に座り、丁寧に対応をしてくれる。


 「本日はどのようなご用件ですか?」

 「冒険者組合に登録に来ました」

 「畏まりました。まずはレベルを確認いたしますのでお手元の水晶パネルに手を触れてください」


 アリッサは、受付嬢の指示の通り、テーブルの上に埋め込まれる形で置かれている水晶の板に手のひらを合わせる。すると、水の波紋のように一度だけ、大きく輪が広がり、消えていった。


 「レベルの確認をいたしました。規定により、ランクは『ブロンズ』からになります。こちらの用紙に記入をお願いします。身分証がある場合は、そちらも提示をお願いします」

 「身分証……。学生証でも構いませんか?」

 「えぇ、構いませんよ」


 アリッサは指示通り、カバンから生徒手帳を取り出し、魔力石で作られた画面を操作して、身分証明書を表示させる。それを受付嬢に手渡し、自身は渡された用紙に記入していく。記入項目は『名前』『職業』『ジョブ』となっている。住所などは特に問われないらしい。

 ちなみに冒険者のランクは『ブロンズ』『シルバー』『ゴールド』『ミスリル』『オリハルコン』に分かれており、自身のレベルと依頼達成によりランク分けされる。初期のレベルによっては最初からシルバーでスタートすることができるらしいが、アリッサはレベル24であるため、『ブロンズ』からであった。

 アリッサは用紙に記入しながら一点だけ疑問に思う。悩んだアリッサは後ろに立っているキサラを呼び、項目名を軽くペンでつつきながらキサラに尋ねる。


 「キサラさん。ここなんだけど、何を書けばいいの?」

 「『ジョブ』の部分ですか……。そこは、戦闘時の得意な役割ですので、あなたの場合は、ウォーリアーでいいのではないでしょうか」

 「ほへー。ちなみに、キサラさんは?」

 「わたしは『メイジ』としてます。このジョブは依頼でパーティを組む際に利用しますので、あまり変なことは書かない方がいいです。ジョブを限定してパーティメンバーを募集することもありますから」

 「なるほど、ありがとう。キサラさん————」


 アリッサはキサラの説明を受けて、用紙にスラスラと記入していき、受付嬢に手渡す。それと同時に、生徒手帳を返却されたため、カバンにしまい込む。


 「復唱いたしますね。アリッサ様、職業は学生、ジョブはウォーリアー、で、お間違いはないですね」

 「間違いありません」

 「それでは、この内容で登録いたします。カードの発行は1エルドになります。追加で3エルドごとに、『身分証明書』『通信魔術』『ステータス参照魔術』をお付けできますがいかがなさいますか」

 「ステータスみれるんですか?」

 「はい。アリッサ様はセントラルの学生で、通信魔術は生徒手帳についておりますので、私のお勧めは、身分証明と参照魔術になります」


 アリッサは目を輝かせて、財布の中身を確認する。『ステータス参照魔術』の端末はセントラルの学院内にも設置されているが、設置場所が限られているため、確認しに行くのには時間がかかる。つまり、自分のレベルがどのぐらい確認するのは手間がかかるということである。

 それをタイムリーに見れるというのは非常に魅力的であった。ちなみに、ステータスとはいっても、アリッサの前世の知識であるようなゲームのように明確な数値が見れるわけではない。つまり、攻撃力や防御力などは測定できないということである。あくまで見れるのは、魔力総量と、レベルのみである。補足として、普通の人間を100という基準にとして、そこから数値を決めることは出来るが、衝撃試験などをしないと測れないため、現実的とはいえない。

 魔力総量が測れるのは、体内に存在する魔力を生み出す魔力因子と呼ばれるものを数えられるからである。レベルが測れるのも同じことで、体内に存在するマナという因子の純度を測れるからである。この純度を区切って基準化したのがレベルとなる。当然のことながら、このマナ因子から、力の強さ等を推定は出来るが、個人差が激しいため、参考数値にしかならない。

 故に、指標となる魔力総量とレベルは重要視される。アリッサはそのことを知っているため、是が非でも『参照機能』は欲しいと思い、財布を逆さにして中身を確認した。


—————落ちてきたのは、銀エルドラ硬貨3枚


 銀エルドラ硬貨は1エルド。パン1個と牛乳1杯が買えるぐらいの価値である。ちなみに、金エルドラ硬貨は100エルドとなっている。

1エルド以下は、ユートという単位になり、『1エルド=100ユート』で取引される。銅エルドラ硬貨は1枚で1/100エルド……つまりは1ユートにあたる。なお、紙幣という文化はないため、小切手などを除けば、基本は硬貨での取引となる。

 その貨幣価値の中、アリッサの財布に残されていたのは銀エルドラ硬貨3枚のため、3エルドとなる。ここから登録と組合証発行料を差し引いて、2エルド。追加機能の一つにも手が届かない。


 しばしの沈黙が流れ、受付嬢が沈黙したまま、冒険者組合証だけを発行しようとし始める。お金が足りないのだから仕方ないのだが、アリッサはその現実を受け止めきれず、口を小さく開けたまま白くなって固まっている。

 そんなアリッサを見てか、キサラは呆れと同情が入り混じったため息を吐き、受付嬢の前に、エルド銀貨を6枚置いた。


 「これで、あなたが勧めた2つの機能をつけてあげてください」

 「キサラさん!?」

 「言っておきますが、これは貸しです。ですから、きちんとあとで返してもらいます」

 「あなたが神か……」

 「神様認定はしないでください。それと、抱きつかないでください」


 冷静に対処され、自分が無意識のうちにキサラの体に両手を回して抱き着いていたことにアリッサは気づく。文化的にそういうのもあるため、おそらく体で覚えている習慣が出てしまったのだろう。嫌がるキサラを見て、アリッサは即座に手を放して、誤魔化すようにぎこちなく笑って見せる。


 「ゴホン! お連れ様の分をいただきましたので、追加の機能をお付けいたします。後ろの席でおかけになってお待ちください」


 受付嬢のわざとらしい咳で冷静に戻ったアリッサは、発行料金の1エルドを机の上に置き、冒険者組合証、通称ギルドカードが出来上がるのを待ち始める。その間に、丸テーブルのある席に腰かけ、キサラとアリッサは雑談を交わす。


 「なーんか、普通だった」

 「アリッサの言う『普通』がどんなものなのかはわからないですが、何事もなくてよかったじゃないですか」

 「私は、なんかこう……ごろつきの集まりで、新人いびりがあるものかと……」

 「ありますよ—————」

 「あるんかい!!」

 「じゃあ、このあと、『ぐへへ、お前のようなひ弱な女に冒険者はふさわしくない』とか、『お前みたいのが冒険者の質を下げるんだ』とか言われるの、私は—————」

 「なんですかそれは……。冒険者は暇ではないので、そんなことをしている余裕はないかと思いますが……」


 キサラが呆れたようにため息を吐く。どうやら、アリッサが思っている以上に、冒険者は大変らしい。


 「たしかに、あなたのおっしゃった通り、喧嘩腰の人もいますが、ほとんどは温厚な人ばかりです。わたしの時は、ポーションをいくつか貰いましたし……」

 「ポーションを……もらう……。嫌がらせ?」

 「ポーションですからね……。飲めないものを渡されても……」

 「あんなに高価なのに……」

 「じゃあ、飲みますか? 一本なら登録祝いということで差し上げますが……」

 「え!? いいの!」

 「さすがに、ただというわけにはいかないので、わたしの時の新人いびりの再現でもしましょう……」


 そう言いながら、キサラはマジックバックから小さな小瓶を取り出す。中の液体は透き通るような緑黄色になっている。


 「飲めば、若干元気が湧きますが、常用はお勧めしません。ですが、試飲のための少量瓶ですので、ここで開けて、まずは飲んでみてください。開栓すると、日持ちはしないので、飲み干すぐらいの感覚で構いません」

 「ほうほう……じゃあ早速……」

 「待ってください。ここでは目立つので、こちらへ……」


 そう言ってキサラは、組合のホール内の隅の方に行く。心なしか、人の視線がここに集まっているように思えた。ゴミ箱の近くであるため、そこまで目立たない位置とはアリッサには思えなかったが、キサラが言っているので、深くは詮索しなかった。


 だが、高価なものをいただいたからには逆らえないと、「では、どうぞ……」というキサラの言葉と共にアリッサはポーションの瓶を開栓する。匂いは独特だが、刺激臭という部類には該当しない。どちらかと言えば、ミントのようなすがすがしい匂いがする。

 匂いを嗅いでいると、キサラに「早く飲め」という視線を送られたため、アリッサは生唾を飲み込み、50mℓにも満たない少ない液体を一気に口に含む。


 瞬間、アリッサはゴミ箱の蓋を開けて即座にポーションを吐き出した——————


 喉がえづき、物体が強制排出されたことで、気道が変になったのか、数回咳き込む羽目になる。その光景を見て、ギルドホール内で大きな笑いが起き、静寂していたホール内が急に騒がしくなる。


 ポーションの味は、一言でいうならば『マズい』だった。

 口に含んだ瞬間、苦みとえぐみがこれでもかというぐらいに押し寄せ、それに入り混じるようにミントのような爽やかさが口の中を循環させるため、とにかくマズい。アリッサの前世の記憶で言うのならば、砂糖を全て取り除いたエナジードリンクに歯磨き粉をぶち込んだような味——————

 ちなみに、この世界のポーションでは傷は治らない。効果としては、痛み止め、興奮作用や疲労感の一時的解消などである。つまるところ、薬の入ったエナジードリンクそのものであるのだが、それを美味しくしようという発想がなかったのか、人の飲めるものではないナニカができあがってしまった。 いちおう、若干のMP回復作用もあるため、そちらの効果を期待して飲む人もいるが、できれば二度と飲みたくないと思えるような代物であった。


 顔面蒼白になりながらホール内の他の冒険者をアリッサが見ると、皆一様に目線を逸らしながら笑っている。どうやら、これが、キサラが受けた新人いびりらしい。ポーションの味を知らない若者に対して、お試しで飲ませて、そのマズさを実感させる。

 その効果もあったのかはわからないが、アリッサは、二度と魔力切れは起こさないようにしようと心に誓った……。


 ちなみにキサラはというと、アリッサが顔面蒼白で咳き込んでいるのを見て、口を手で覆いながら顔を逸らして笑っていた。だが、その手には、事前に用意していたのか、普通の水が入ったの瓶が握られていた。

 それを見て、アリッサは若干の怒りを覚えたが、そんなことよりも水で口の中を洗い流したいという欲求の方が強かったため、感情を飲み込んで、笑いをこらえているキサラから水の瓶を奪い取り、即座に開栓する。


 それほどまでに、ポーションはマズかった—————




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