起きないね
山菜狩りをした日から、3日が経ちました。
ロキ医師の元へ運び込めれた少女は、未だに目を覚ましません。
山の民達は心配して1日に一度は診療所に顔をだしています。
「様子はどうだい?」
「なあに。治療はすんどる。後は根気とこの娘の生きる意志しだいじゃの」
医師は顔を出す人皆に同じことを言って帰します。
三巳は少女の手を両手で握り見守っています。時折、薬湯の布を口元に当てるのを忘れません。
「どうすれば早く目覚めるかな」
「そうさのぅ。三巳が『帰って来いー』と励ましとれば聞こえるやもしれんぞい」
少女は時折魘されていました。相当怖い思いをしてきたのだと悪い想像は膨らむばかりです。
少女が生きる気力を無くしていたなら、それはとても悲しい事です。
「大丈夫だぞー。ここは悪い奴は入って来れないんだ。安心して帰ってくるといいぞー」
少女の枕の横に自分の頭を寝かせて囁きかけます。
それでも少女は起きません。
三巳は困ってしまって「う~」と唸ります。
「根気じゃと言うとるじゃろ」
医師に言われてハの字に曲げた眉で頷きます。そして、声を掛け続けます。
「なー、三巳姉ちゃん。三巳姉ちゃんの魔法でぱっと起こせないのか?」
いつの間にやら隣に来ていた少年が疑問を呈しました。少女を発見した少年です。
朝ご飯をかき込んで走って来たようです。若干ほほが上気しています。
「最もな質問だけどなー。そういう人の心に左右するような魔法は神界ではタブーらしい」
「ふ~ん?わりと不便なんだなー。神様ってのも」
「にゃはは。そうだなー。でもそういうのにはちゃんと理由があるからタブーなんだぞ」
「そっかー」
少年は椅子に座って足をぷらぷらさせて納得します。山の生活ではそういう事が多分にあると学んでいるから納得出来るのです。
「姉ちゃん早く起きろよ。今は山菜料理が食べれる時期なんだ。起きなきゃ勿体ないぞ」
少年も少女を覗き込んで語り掛けます。
「そうよ、ウチのお母さんの作る山菜そばは絶品なんだから。食べなきゃ損よ」
これまたいつの間にやらやってきた少女が、三巳の上に乗りながら参戦してきました。
少年と一緒に少女を発見した少女です。
更にどんどん子供達が増えてきました。あっという間に診療所は子供溜まりが出来ました。
それぞれが少女に語り掛けているので、とっても賑やかです。
「他の患者がおらんから良いが。普段は診療所は静かにしておれよ」
医師は「ほっほっほ」と軽やかに笑いながら何かあっても良い様に、そして子供達の邪魔にならない様に部屋の隅で見守ります。
「「「わかってるー」」」
子供達が元気に応じます。
「聞こえるか?皆いい子達だ。三巳の自慢のファミリアだ。安心して目を覚ませ。ここには怖いものなんてないぞ」
騒音の中、三巳が両手に力を込めて、でも潰さない程度に握りしめて語り掛けた途端。少女の瞳が揺れるのを三己達はしっかり目撃しました。
おかげで診療所は一気にいつもの静けさが戻ります。誰かがごくりと唾をのむ音が響きます。
少女はゆっくりと目を覚ましました。
これには子供達が大歓声をあげそうになります。でも三巳が大きな尻尾で止めました。
寝起きに大合唱は、朝の目覚まし時計と同じくらいの破壊力でしょう。流石にそれは可哀そうです。
「……」
少女が何かを喋ろうと口をパクパクさせますが、音になっていません。
極度の疲労と空腹、のどの渇きなどでまともに声が出せなくなっているのです。
すかさず三巳は湯呑にいれた白湯を渡します。
少女は逡巡した結果、考える力が不足していたので取敢えず受け取ることにしました。が、体が上手く動かせませんでした。
三巳は少女の上体を優しく起こして片手で支え、もう片手で湯呑を少女の口に持っていきます。
少女が咽ないように、慎重に少しづつ口に含ませます。あまり飲ませては胃がビックリしてしまうので、ある程度飲んだ所で医師がストップを掛けました。
「これだけ飲めればもう大丈夫じゃ」
医師の一言に一様に安堵の声をあげました。
そして皆に知らせる為に子供達は一斉に出ていきました。
ベッドでは飲み疲れたのでしょう。少女がまた目を閉じて眠っていました。しかしその顔は先程よりも良くなっているので大丈夫です。
三巳は安心して少女の寝ているベッドに突っ伏して眠ってしまうのでした。
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