第32話 主人公

馬鹿な!


馬鹿な馬鹿花馬鹿な馬鹿な!


こんな事がある筈がない!


俺は本気を出しているんだぞ!?


神に選ばれた主人公たる俺が!!


「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」


雄叫びと共に、全力で二刀を振るう。

女神から貰った力の全てを込めて。

本来なら、脇役共もぶが受け止める事すら出来ない力だ。


だが奴は――それをいとも容易く受け止め、はじき返して来る。


「何がうおおぉぉ、だ。一人前なのは声のでかさだけか」


「ほざけ!」


再び剣を振るうが、俺の剣は奴に届かない。

それどころか、逆に奴の拳が俺の顔面を捕らえた。


「ぐぅっ!?」


ありえない……


剣で斬る事も出来たはずだ。

だが奴は敢えて俺をその拳で殴りつけた。

完全に遊ばれている。


主人公であるこの俺が……


「俺は……主人公じゃないのか?」


いや、そんなずはない!


確かに、かつての俺は只の引き立て役モブだった。

兄は優秀な人間で、その背中を俺は追い続ける事しか出来ずに終わっている。


「太郎。お前も優秀な輝樹てるきに負けない様、もっと努力しなさい」


周囲や両親はいつも兄を持て囃し、俺は常に比べられ続けて来た。

周りはいつも輝樹、輝樹、輝樹。


俺だって努力していた。

それこそ兄の何倍もだ。

だがその努力は決して報われる事はなかった。


今の俺にならハッキリと分かる。

生物には格差があると。


それは種族間だけの物ではない。

同種でも。

それ所か、限りなく近しい遺伝子を持つ者同士ですらその差は生まれる。


全ては運否天賦うんぷてんぷ

努力などは、所詮それを彩るエッセンスにしか過ぎない。


だが当時の俺にはそれが理解できなかった。

ずっとずっと兄の背中を追って無駄な努力を続け、そしてあの日が訪れる。


「はっはっは、大賞を取るとはな。流石、俺の息子だけはある」


「うふふ。輝樹は私達の誉れよ」


「いえ、そんな」


兄が大きな賞を取り、両親はご機嫌だった。

居心地の悪かった俺はその場を離れ、屋敷の庭にある池を眺めていた。


――その時、異変が起こる。


池に映り込む月が、突然赤く変わっていったのだ。

まるで血の様な、真っ赤な色に。


――それは邪神グヴェルの到来を告げる、終末の鐘だった。


やがてその月からは、空を覆いつくさんばかりの魔物達が襲来する。

それらは無慈悲に人類を蹂躙しつくした。


そして世界は滅び。

俺も死んだ。


――だが俺は選ばれたのだ。


気づけば見知らぬ空間に立っていた。

そこに女神を名乗る女が現れ、俺にこう告げる。


――貴方が主人公だと。


「俺が……主人公?」


「ええ、未来の地球に転生させてあげるわ。そこでは貴方が主人公よ」


「未来の地球?」


「そう、未来の地球よ。そして主人公である貴方はダンジョンを攻略し、邪神グヴェルを倒すの」


「俺が邪神を倒す?けど、俺は普通の人間で、とてもそんな事は――」


出来るはずがない。

邪神はとんでもない存在だ。

唯の人間である自分に、倒せるわけがないと。


当時の俺はそう考えた。

自分に自信が無かったからだ。


――だが女神は言葉を続ける。


「安心して、貴方は選ばれし存在。その貴方には、私の加護を授けるわ。その力があれば、邪神を討ち倒す事が出来るはずよ。何故なら……貴方は世界ゲームに選ばれた主人公なのだから」


「俺に……本当にそんな事が?」


「ええ、自分を信じなさい。そして私を。だから、貴方の力を貸してちょうだい」


迷う必要はなかった。

何故なら、それは俺が求め続けた答えだったからだ。


特別な存在――主人公になって、全てを手に入れる。


――なのに!


「ぐあぁ!」


攻撃を受け止めきれずに、吹き飛ばされた。

さっきよりもパワーが格段に上がっている。

それに動きも、荒々しい物へと変化していた。


このままいけば、確実に俺は死ぬ。


そんな事はありえない!

俺は邪神を倒す宿命を背負った主人公だ!

邪神どころか只の人間モブごときにやられるなど!


邪神……そうだ邪神だ!


脳裏にあるスキルが浮かぶ。

それは邪神グヴェル加護呪い

それは討伐対象である邪神グヴェルすら、俺の存在を認めた証だった。


俺は光と闇の両神の祝福を受けている。


正に光と闇が合わさった存在――そう、俺こそが主人公!


その俺が負けるはずがない。

もし今の俺に足りない物があるとすれば、それは闇の力だ。


転生者ンディアの希望と違い、何故か邪神グヴェル加護呪いは発動していない。


これさえ使えれば、俺は無敵なはずなんだ。

天に向かって叫ぶ。


「邪神よ!俺に力を寄越せ!」


だが何も起こらない。

一体何が足りないと言うのか……


「くっ……ははははははははははははははははは!!」


奴が愉快そうゲラゲラと笑う。

笑っていられるのも今の内だけだ。

闇の力が発動しさせすれば貴様など俺の敵ではなくなる。


そう――発動さえすれば……


「ははははは、邪神におねだりか。どうやら、恐怖のあまり狂ってしまった様だな」


「黙れ!俺は主人公だ!貴様如きに恐怖など!」


「……もう飽きた。死ね」


奴が突っ込んで来る。

それを俺は究極の業で迎え撃つ。


究極十字斬アルティメットクロス!」


消耗の大きな技ではあるが、この大技なら奴を吹き飛ばせるはずだ。

その間に闇の力を――


「え?」


俺の二本の剣が宙を舞う。

柄には俺の手が付いたままだ。


「あ……ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!腕が!俺の腕がぁ!!!」


こんな筈はない!

こんな事があっていい筈がない!


だが――


「じゃあな……あれ?お前誰だっけ。まあいい」


奴が剣を振り上げた。

それが振り下ろされるとき、俺の命は終わる。


目覚めろ……目覚めろ俺の闇の力!


強く念じる。

だがその願いは決して届く事はなかった。


そして奴の手が――

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