第31話 呪い

「――!?」


……なんだ?


急に体が動かなくなる。

一体何が起きた?


≪我に捧げよ≫


その時、混乱する俺の中に不気味な声が響いた。

それは聞いた事のない声だ。

だがその声の出所を、俺は本能的に理解する。


邪神グヴェル加護呪い


――呪いの発動!?


それまで何の影響もなかった呪いが、何故急に発動したのか?

スキルには神に反逆する力と明記されていたが、当然この場に神などいない。

全く理解不能だ。


動けないのは呪いのせいか?


呪いのせいで動けなくなっているのかとも思ったが、どうやら違う様だ。

何故なら、動きが止まっているのは俺だけではなかった。


リリアや他の仲間達。

視界に入る全てが、その動きを止めている。


そう、全てが。

まるで時間が止まったかの様に。


「――っ!?」


そんな中、皇帝が動いた。

静止する時間の中。

奴だけが何の影響も受けず、此方へ向かって歩いてくる。


――まさか、これは皇帝がやったのか!?


直前の事を思い出す。

動けなくなる直前、奴の左手の紋章が強く輝いていた。

アレが何かのトリガーだったのかもしれない。


俺の状態から考えて、恐らくは【超越種の咆哮ドラゴン・ハウリング】に似たスキルなのだろう。

まさか皇帝がこんな力を隠し持っていたとは。


不味い。

不味いぞ。


此方はまったく動けない状態だ。

今襲われれば成す術もない。


何とかしなければ――


俺は必死に体を動かそうとするが、指先一つ動かす事が出来ない。

その間にも、皇帝がどんどんと此方へ近づいてくる。


くそっ!くそくそくそくそっ!

動けっ!

動いてくれっ!!


必死に藻掻く。

だが結果は変わらない。


――焦って藻掻く俺に、再びあの声が響いた。


≪力が欲しくば。我に全てを捧げよ≫


力……呪いは強烈な反動と引き換えに、制御不能な力を得ると以前ピアカスさんから聞いている。


この状況と呪いの発動が偶然とは思えなかった。

何らかの関連性があり――ひょっとしたら、力を得る事が出来れば今の窮地を脱出できるのかもしれない。


――このまま何もしなければ、俺達は間違いなく全滅する。


その危機を脱するための力は、喉から手が出るほど欲しかった。

だが……呪いは代価として俺の全てを求めている。


全てを捧げた時、俺はどうなる?

その力で今この窮地を脱し、フィーナを救うという目標を果たす事が出来るのか?


そんな訳ないよな。

呪いがそんな都合のいい力をくれるはずもない。


最悪……使えば俺は死ぬ。


全てを捧げろなんて言ってるんだ。

寧ろ、その可能性の方が高いと考えた方がいいだろう。


まあ代価が力である以上、捧げた瞬間死ぬという事はないだろうが。


「そうだな。まずはお前からだ」


皇帝がレアの前に立ち、その頬に触れる。

その瞳に慈悲の色は見えない。


「殺すには惜しい女だが。ただのモブが俺を本気にさせた以上は――」


もう……迷っている暇はなかった


どのみちこのままでは全滅する。

同じ死ぬのなら、仲間達を助けて死のう。


――それなら、少なくとも先に希望は繋がる。


レア達ならきっと、フィーナを救い出して来るれる筈だ。


――いや、違うな。


死なせたくなかった。

共に同じ目的を掲げる仲間達を。

まあテッラやベリーは少し違うが、それでも俺の目標を支えてくれている大切な仲間に変わりない。


だから――俺はこの命を賭ける!


契約成立サクリファイス


覚悟を決めた瞬間、俺の体から何かが奪われていくのが分かった。

同時に、それを補うかの様に得体のしれない力が満ちてくる。


それはおぞましい物だった。

だが俺はそれを黙って受け入れる。


「――だ。さあ、死ぬがいい」


皇帝が手にした剣を振り上げる。


――やらせない!


俺は新たに得た力――神殺しチートスレイヤーを発動させる。


その瞬間、俺を縛っていた神の鎖が断ち切れた。


「皇帝!」


今の俺になら分かる。

皇帝の使った力が、神に起因する力だと。

だから呪いが発動したのだ。


「なにっ!?」


俺の一撃を皇帝は辛うじて受け止め、大きく吹き飛んだ。

皇帝から感じる力。

それは先ほどの戦いとは比べ物にならない程強力な物だ。


だが分かる。

俺の新たに得た力は――それを凌駕すると。


こいつは俺の敵じゃない。

まあだが、それでも少しは楽しめそうではあるが。


「馬鹿な!これは神の力だぞ!俺だけに与えられたチートだ!何故止まった時の中で貴様は動ける!?それにその姿は一体!?」


「これから死ぬテメーが知ってどうすんだよ」


体が熱い。

無性に目の前の皇帝を殺したくて仕方が無くなる。


――この場に居られると邪魔だな。


俺は力を放ち、神の力を相殺する。


「なんだ!?」


「皇帝!いつの間に!」


力が解除され、仲間達が動き出した。

混乱している様だが、状況を説明するのも面倒だ。


「お前らは邪魔だ。下がっていろ」


「アドル……なのか?」


レアが俺を見て、目を見開く。

驚きすぎだ。

確かに俺の全身には赤い文様が広がり、その一部が物資化して張り付いている。


だがそれだけだ。

驚く程の事ではない。


「マスター。一体何が……」


「いいから下がってろ。死にたくなかったらな」


忠告はした。

それで戦いに巻き込まれて死ぬのなら、こいつらが馬鹿だったと言うだけだ。


俺が気にする程の――違う!


俺は彼女達を助けるために力を手に入れたんだ!


「皆……悪いけど、下がっててくれ」


「マスター」


「頼む。巻き込んでしまう」


「分かりました。皆さん、ここから離れましょう」


皆がその場を離れていく。


これでやっと――安心して目の前の皇帝を殺せると言う物だ。


「死ぬ前に何か言い残す事はあるか?俺は優しいから聞いてやるぞ? 」


「俺を舐めるなよ……俺は……俺が主人公なんだ!お前みたいな雑魚に……俺がやられるかよぉ!」


皇帝は寝言を吠えるが、その顔色は悪かった。

神の力の発動で傷は回復しているので、ダメージによる物ではない。


奴も分かっているのだ。

自分では俺に勝てない事を。


「そうか。じゃあどっちが強いか試してみよう」


愉快さから俺は舌なめずりし、皇帝へと突っ込んだ。


さあ、俺を楽しませてくれよ。

主人公さんよぉ。

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