第29話 オーガ
「本当にやらないんですかぁ?」
「やらん」
リリアの問いに即答する。
何をしないか?
それはエリアボスの横取りだ。
確かに、前日辺りに緋色の剣が狙っている相手を討伐すればさぞ爽快だろう。
だがそれはマナー違反にあたる行為だ。
他人の獲物を横取りするとか、イメージが悪すぎる。
そもそも――
「だいたい、ソロで倒せるわけないだろ」
レベル56の俺がソロで狩れる程度の相手なら、今頃バンバン他パーティーに狩られているだろう。
だが現実には、ここ数年誰も手を出してすらいない。
何せ中層最弱と呼ばれるエビルツリーですら、レベル70台が20人以上は必要と言われているからな。
それぐらいエリアボスは強かった。
因みに、この街の冒険者で最後に討伐したのはゲンリュウさん達のパーティーだったりする。
あの人達は普通にレベル70を超えているからな。
「そうですかぁ?私の見立てでは、もう少しレベルを上げればイケルと思うんですよねぇ。新スキルの連打で」
「確かに火力は高いけど、連発出来ないんだしきついだろ」
「そんなのリリアちゃんの結界でどうにでもなりますよぉ」
「……まあ仮にお前の言う通り倒せたとしても、周りから非難の目を向けられてまであいつの邪魔をする気はない」
フィーナは人の獲物を横取りする様な行為をさせるために、俺にリリアを送った訳じゃない。
そんな恥ずかしい真似をしたら、彼女に顔向けできなくなってしまう。
「じゃあこうしませんかぁ?見学に行くんです」
「見学?」
「エリアボスの討伐には、他パーティーの見学が多いそうじゃないですかぁ。私達も後学のために、見学にいきましょうよ」
……絶対、何か企んでるよな?
確かに、後学のためエリアボス討伐を見学にいく冒険者はいる。
だが、こいつに人様の狩りを見て何か学ぼうという意欲があるとは思えまい。
「まさか妨害する気じゃないだろうな?」
「まっさっかぁ。そんな事しませんよぉ。私はただ、あの人達が討伐に失敗したら優しく助けてあげようと思っただけですから」
「失敗……か」
ギャンは短気ではあっても、実はそこまで馬鹿ではない。
恐らく倒せる見込みの人数は集めるだろう。
だが――問題は分配だ。
普通は余裕をもって多めに集めるものだが、そうなると数が膨れた分だけ一人当たりの報酬は小さくなる。
ギャンの様子を見る限り、経済状況はあまり芳しくなさそうだった。
きっとエリアボス討伐の際の収益を少しでも上げるため、奴はその数を可能な限り絞ろうとするはずだ。
当然そんな真似をすれば、失敗する確率は跳ね上がる。
「まあそれなら……悪くはないか……」
奴らが討伐失敗した相手を俺が始末する。
しかもそのターゲットは、先に戦っているギャン達が弱らしてくれるオマケつきだ。
奴らに貸を作れて、俺はエリアボス討伐の栄光を得る。
正に一石二スライム状態。
リリアの案にしては、名案に近いレベルの物と言えるだろう。
とは言え――
「嫌いな相手とは言え、他人の討伐失敗を願うのはなんだかなぁ……それに、成功する可能性だってあるぞ」
「成功したならしたで、その時はその時でいいじゃないですか?別に此方に失うものがある訳でもないんですから」
「まあ、それもそうか」
チャンスが来たら美味しく頂く。
上手く行けばラッキー程度に考えればいいか。
だが、それをするにもレベルは必要だ。
「じゃあ頑張ってレベルを上げるとするか」
今日からは新狩場だった。
少し遠くに巨大な影が見える。
体長3メートル近い体躯を持つ魔物――
見た目は人に近いが、サイズはまるで違う。
額からは太い角が生え、その手には身の丈ほどの鉈が握られていた。
パワー・スピード・耐久力に優れた魔物で、単体能力では間違いなく中層最強だ。
ぶっちゃけ、今の俺が普通に戦ったらその勝率は5割もないと思う。
当然、そんな相手とまっとうに戦う気など更々ない。
死にたくないし。
「倒せなかったら、そーく離脱してくださいねぇ。流石のリリアちゃんも、真っ二つにされて即死したら助けようがありませんからぁ」
「分かってるよ」
相手にゆっくり近づく。
まあ不意打ちは無理だろうからゆっくり進む必要はないんだが、なんとなくだ。
「ぐぅぅぅ……」
近づく俺に気づいたオーガが唸る。
パーティーだと可能な限り遠距離で削ってから戦うのがセオリーだが、俺はオーガ相手の有効な遠距離攻撃を持ち合わせてはいない。
手にした剣を構え、更に奴との間合いを縮める。
「おおおおぉぉぉぉぉ!!」
ある程度近づくと、雄叫びと共にオーガが襲い掛かって来た。
リーチは相手の方が圧倒的に広い。
先に奴の手にした巨大な鉈が俺に向かって振り下ろされる。
「はっ!」
それを身を捻って躱す。
奴の鉈はそのまま地面に叩きつけられ、岩盤を大きく砕いた。
とんでもないパワーだ。
「ふっ!」
普通これだけ力強く武器を振るったなら、多少は隙が生まれる物だ。
だが奴はその圧倒的膂力をもってして、叩きつけた鉈をそのまま横に薙いできた。
俺はそれを後ろに飛んで躱す。
「やっぱ手ごわいな」
簡単には間合いを詰められそうにない。
スキルの【ダッシュ】を使えばできなくもないが、あれはほんの僅かだが魔力を消費してしまう。
新スキルの威力に係わる事なので、止めておいた方がいいだろう。
「さて、どうした物か……っと!」
オーガは長いリーチを生かし、容赦なく鉈を振り続ける。
俺はそれを躱しながら隙を伺い続けた。
「何やってんですかマスター!さっさとぶっぱしてくださいよー!」
背後からリリアが大声で気軽な事を言ってくれる。
それが出来れば苦労しないというのに。
「ぐぅぅ……」
だが、そのチャンスはあっさりやって来る。
リリアの声にオーガが反応し、俺から視線がそれた。
これを見逃す程俺も間抜けじゃない。
瞬間身を低くくし、地面を強く蹴って間合いを詰める。
「ぐおぉ!」
オーガが俺の突進に気づいて鉈を振るうが、もう遅い。
剣は僅かに届かない距離ではあったが、十分だ。
俺は新たに習得したスキルを発動させる。
「マジック!フルバースト!!」
全ての魔力が剣先に集中し、それを生態エネルギ―と共に撃ちだす。
放たれた破壊のエネルギーは容赦なくオーガの巨体を貫いた。
レアスキル【マジックフルバースト】
全ての魔力を消耗して発動する攻撃スキルだ。
魔力を一度に全て使い切ってしまうため連発は利かないが、その威力は凄まじい。
スキルを受けたオーガの腹部は完全に消し飛び、そのまま消滅する。
「よし」
オーガの経験値は2万。
つまり俺はあいつ一匹で200万の経験値を得た事になる。
「なんでさっさと撃っちゃわないんですかぁ?」
リリアが小走りに此方へとやって来て、開口一番文句を言って来る。
「何でって、距離が開くと威力が下がるからに決まってるだろ?」
【マジックフルバースト】は近接スキルであり、距離が開くと極端に威力が下がる。
だから俺はオーガを確実に仕留めるため、可能な限り距離を詰めたのだ。
「そりゃ10も20も距離を離したらあれですけど、2-3メートルぐらいなら大した差はありませんよぉ」
リリアはやれやれと呆れた様に首を振る。
まあ確かに、今の感じだとゼロ距離で放つ必要はなさそうだった。
だが――
「最初は慎重なぐらいでいいんだよ」
大雑把にやって足を掬われるより遥かにましだ。
「ま、次からはもっと上手くやるさ。それより、魔力を頼む」
「はいはーい」
リリアが胸に手を当てる。
彼女がその手を離すと、手のひらには青く光る何かが浮かんでいた。
「それが魔力なのか?」
「そうでーす」
彼女その青い光を俺の胸に押し当てた。
「凄いな」
それが体の中に入った瞬間、魔力が一気に回復するのを感じる。
「凄いでしょ」
普通魔力を回復させるには、休憩かマジックポーション類が必要になる。
休憩にはかなり時間がかかるし、ポーションの方は高いうえに回復量が少ない。
それに対して彼女の魔力回復は――エンゲージしてる俺限定だが――一瞬で全快させてくれる。
本当にリリアの能力は桁違いだ
「んじゃ、次行くか」
リリアの魔力供給によるオーガ1確狩り。
これが成立した事で、俺の狩り効率は大幅に上がる。
この日倒したオーガの数は50匹。
取得した経験値は何と1億にも上る。
それはこれまでの総経験値に近い数字だった。
ハッキリ言って、出鱈目な効率である。
この狩りを20日間続ければ、それだけでレベル100に必要な経験値を稼げるだろう。
まあ、20日間連続で狩れればの話ではあるが……
オーガは元々の生息数が少ない。
そのため、今日1日でほぼ狩りつくしてしまっている。
リポップの事を考えると、残念ながらこの狩りは週二回が限界だろう。
とはいえ、リザードマンとオーガ狩りで週2億以上は固い。
順調にいけば、緋色の剣のエリアボス討伐までにはレベルを80以上にまで上げられているはずだ。
総経験値:2億2646万
レベル :60
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