第14話 謝罪

サファイヤの様な深い青の髪と瞳。

青いブレストプレートには、天秤を象った赤いシンボルが刻まれていた。


剣姫けんき……レア」


ガンドの腕を捻りあげるその女性の姿を見て、俺は思わずその名を呟く。


剣姫レア――それは王国最強の称号を持つ、剣士の名だ。


フィーナとの手紙のやり取りでは、度々その名があがっている。

何故なら、剣姫レアは王国最強パーティーである女神の天秤の中核を担う人物だったからだ。


ほんものか?


剣姫レアは生存者の一人だし、目の前の女性の特徴は聞いていた物と完全に一致する。

だが本物だとしたら、何故こんな場所に?


「はなせぇ!」


ガンドが自由になろうと必死に藻掻くが、彼女はビクともしていない。

レベル30台の冒険者を軽く抑え込む身体能力。

余程鍛え上げられているか、とんでもない高レベルのどちらかだろう。


「話は聞いていた。人殺しには――相応の罰を」


ゴキリと鈍い音が響く。


次いで悲鳴。


ガンドの物だ。


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!う……うでが……俺の腕がぁぁぁぁぁ!!」


捻りあげられていたガンドの手は力なく垂れ下がり。

奴は悲鳴を上げてその手を抑える。


「五月蠅い」


「ぐぇあっ!?」


そんなガンドの腹部に、女性は容赦なく蹴りを入れる。

奴は豪快に吹っ飛び、壁面にぶつかってから地面に転がった。

そのまま奴はピクリとも動かなくなってしまったが、ガーディアンが湧いてきていないので死んではいないのだろう。


しかし……いつの間にやったんだ?


気づくと周囲には気絶した地響きのメンバー達が転がっていた。

やったのは間違いなく彼女だろう。

だが全く気付かなかった。


殴られていたとはいえ、いくら何でも周囲で戦闘が起これば気づいている。

つまり彼女は一瞬で制圧したという事だ。

この数を一瞬で。


やはり……彼女は本物の剣姫。


「今、自由にする」


「いててて……ありがとうございます」


彼女は俺を縛っている縄を解いてくれた。

解放されたはいいが、全身が猛烈に痛む。


まったく……よくもやりたい放題やってくれたものだ。


腹が立つのでガンドをぶん殴ってやりたい気分だったが、当の本人は腕をへし折られて伸びている。

万一殴って死なれでもしたら事なので、我慢しておくとしよう。


俺は高級ポーションを一気に煽り。

取り合えず怪我を回復させる。


「私の名はレアだ」


ああ、やっぱり。

だよな。


「俺の名前はアドルって言います」


「知っている…………あなたに会いに来た」


「は?俺に会いに来た?」


なんで?

剣姫と呼ばれる最強の女剣士が、一体俺に何の用があって?


「すまなかった」


何を思ったのか、唐突に剣姫が俺に頭を下げた。

全く意味が分からない?

此方としては命を救われたので、感謝こそすれ謝られる様な事はまるでないのだが。


俺に会いに来たって事と、何か繋がりがあるのだろうか?


「えっと……あ――のっ!?」


急展開過ぎてどうしていいのか分からず、おろおろしながら声をかけようとして――

ぎょっとする。


最強の剣士と謳われる、剣姫レアが泣いていたからだ。


彼女は肩を震わせ、地面には涙の雫がぽたぽたと滴っていた。


「フィーナを守れなかった……許してくれ……」


……ひょっとしてこの人は、その事を言いに俺に会いに来たのだろうか?


確かに、俺とフィーナは幼馴染だった。

長く手紙のやり取りはしてはいたが、だがそれだけだ。

親でもなければ恋人でもない。


只の幼馴染に、わざわざこの人は謝りに来たってのか?


「あの……俺は只の幼馴染ですから。謝られても。それに彼女も冒険者だった訳ですし、そういった覚悟はあったはずです……」


「確かに……冒険者は常に死の覚悟でダンジョンに挑まなければならない。だけど、彼女は違う。教会の命令で付き従っていただけだ。私が……守ってやらなければならなかったんだ……」


その事情はもちろん俺も知っている。

だがそれは、女神の天秤の生き残りである剣姫が一方的に負わなければならない責任ではない。


そもそも彼女は一つ大きな勘違いをしている。


「フィーナは手紙に書いてました。女神の天秤は凄く良いパーティーだって。確かに最初は教会からの命令だったのかもしれません。でも、彼女は自分の意思で貴方達と共にいたんです」


この国では、奴隷や人身売買は禁止されている。

教会は彼女の親に大金を渡してはいるが、それは養育や親権を買い取ったに過ぎない。

奴隷として身受けした訳では決してなかった。


だから所属の人間として指示を出す事は出来ても、フィーナの意思を無視してまで強制する権利はないのだ。

もし自分の意思を認めない奴隷扱いをすれば、教会の権威はたちまち失墜してしまうだろう。


そのため、彼女はその気になればいつだってパーティーから抜ける事は出来た。


勿論それをすれば教会から睨まれる事になるので、それ相応のリスクは伴う。

だが本当に嫌だったなら、きっとそうしていたはずだ。


けど彼女はそうしなかった。


しがらみがあったのも有るだろう。

だが、フィーナが自らの意思で冒険者として生きる事を決めたのは紛れもない事実だ。


「だから貴方がその事で、責任を感じる必要はありませんよ」


彼女が死んだのは誰のせいでもない。


冒険者として力及ばず倒れた。

それだけの事だ。


……そう、それだけの事なのだ。


「ぐぅ……だが、私は……彼女を守ってやりたかった。守るって……約束していたんだ……なのに……」


レアさんは頭を下げたまま、歯を食い縛ってすすり泣く。


そんな姿を見て、何か言葉をかけようとするが、残念ながら彼女が納得する様な魔法の言葉は俺には思い浮かばなかった。


仲間が死んで自分が生き延びる。

そんな心に刺さった太い棘を、簡単に何とかする方法などないのだ。

時間をかけて、ゆっくりと理不尽を飲み込んでいくしかない。


今の俺に出来る事は、彼女に自分の胸を貸してあげる事ぐらいだろう。


俺は声を殺して泣いている剣姫レアの頭を優しく抱え込む。


「ぐぅ……うぅ……」


彼女は抵抗することなく俺の胸元に顔を埋め、声を殺して泣き続けた。

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