第8話 鬱陶しい
「おいおいアドル。スライム相手にそんな剣なんかいらねーだろ」
武器屋に陳列されている鋼の剣を手に取って見ていると、背後から急に嫌味を投げかけられる。
振り返ると、そこには知った顔が立っていた。
冒険者ガンド。
いかつい顔と体つきをした大男で、パーティー“地響き”に所属する冒険者だ。
レベルは30台程だったはず――この1年で急成長していなければのはなしではあるが。
まあ冒険者としては中堅所にあたる人物だ。
「スライムは卒業したんでね」
世の中、糞みたいな奴はどこにでもいる物だ。
特に親しい間柄でもないのに、ただただ純粋に嫌味を投げかけて来る様な屑が。
もちろんガンドもその一人だった。
だが俺はそんなムカつく相手にも、きちんと丁寧に対応する。
万一ダンジョンで出くわして――出鱈目に広いので早々出あう事はないと思うが――絡まれでもしたら溜まった物じゃないからだ。
攻撃的な対応で、無駄にリスクを上げるつもりはない。
「はははは。卒業どころか、普通はスライム狩りなんてしないんだけどな。お前ぐらいのもんだよ。そんな馬鹿な真似をするのはよ」
んなこたぁ、言われなくてもわかってる。
俺だって経験値ポーションの事がなければ、スライム狩りなんて酔狂な真似はしていない。
だが……俺はそれを見事に手に入れて見せた。
それも二つも。
「今の俺の取得経験値が100倍になってるんだよ!」
「テメーのパーティーだってあっさり抜いて見せるぜ!」
というような事はもちろん口にはしない。
煽ってもいい事なんか絶対にないからな。
だがまあ、そのうち見てろよ。
「まあそうだな」
心の内を隠し、俺はガンドに作り笑いで答えた。
「何だったらうちの2軍で使ってやってもいいんだぜ?」
パーティーの2軍とは、要は資金集めの下僕でしかない。
新人とかだと、元何々パーティー所属と言う箔をつけるために飛び込んだりする様だが――一応ダンジョン探索のイロハなどは学べ、レベルが上がれば本パーティーにも入れて貰えたりするらしい――そこに俺が入るメリットは皆無だ。
勿論、丁寧にお断りさせて貰う。
「気持ちだけ貰っておくよ」
「おいおい、お前の売りは【幸運】だけだろうが。それを俺達が活用してやろうってんだ。喜んでうちの2軍に入れよ」
ダンジョン探索は、奥に進めば進むほど費用がかさむ。
より強い魔物を相手にする以上、それ用の高額の消耗品が求められ。
長距離移動用にガマグチ――大量に物を詰められ、しかも重量が増えないマジックアイテム――但し1月しか持たない――等の便利グッズを用意し。
探索後の装備品の修理費や、買い替えの代金もプールしておかなければならなかった。
一般的に、下層探索にかかる経費は100万ボルダ程と言われている。
中層でも、場所次第では数十万は必要になるだろう。
とは言え、基本的にダンジョン探索はレアドロップが出たら軽く元は取れる物だ。
仮にレアが出なくても、普通は赤字を回避できる。
だが物事は必ずしも順調に進むとは限らない。
下手を打って消耗品代が跳ね上がれば、いとも簡単に大赤字に転がり落ちてしまうのがダンジョン探索だ。
2軍というのは、そういった場合の保険的な物と言っていいだろう。
「一人が気楽なんでね。遠慮しておくよ」
「はぁ!?ふざけんなよ!この俺が誘ってやってるんだから、テメーは黙って頷けばいいんだよ!」
ガンドの奴がしつこく勧誘してくるという事は、恐らく赤字が続いているのだろう。
それも2軍の稼ぎ程度では穴埋めできない程に。
そんなに金がないなら、2軍と一緒に浅い階層で無難な狩りをすればいい物を。
そうすれば収支は確実にプラスになる。
だがこういう輩はごみの様なプライドが邪魔して、それを決してしようとはしない。
そのくせ傲慢に人を利用しようとするその浅ましい様は、不快極まりなかった。
「ガンド。パーティー加入への強制はギルドに禁止されてる行為だぞ」
「俺は善意で言ってやってるんだ!」
嘘つけ。
どうしてこの手の輩は隠す気0の嘘を吐くのか、理解に苦しむ。
「悪いけど。俺は自分なりの人生設計があるから遠慮しておくよ」
「テンメー……」
ガンドが憤怒の形相で此方を睨んで来る。
なんか殴られそう……
もちろん喧嘩になったら俺に勝ち目はない。
何せこちらはレベル8で、対して相手は30オーバー。
17と30ならともかく、一桁ではお話にならないだろう。
まあでも、焦る必要は全くないけどな。
何故なら――
「おい!うちの店で何騒いでやがる!」
髭面マッチョの肌黒の老人が、ガンドの肩を掴む。
頬に大きなバッテン傷のある大男の名はゲンリュウ。
この装備屋のオーナーであり、元一流冒険者で、そのレベルは70にまで達していると言われている人物だ。
「い、いや……アドルが……」
老いてもなお壮健な、見事な肉体とその眼光。
格の違いを見せつけられ、ガンドがおどおどとたじろいだ。
「寝言は寝て言え」
「ぐ……すいませんでした」
ガンドは頭を下げ、そそくさと店を出ていく。
その際恨めし気に俺を睨んできたが、逆恨みも
恨むなら自分の頭の悪さを恨めよな。
出来れば穏便に済ませたかったが、まあ仕方がないだろう。
「有難うございます」
「おう!気にすんな!」
ゲンリュウは笑いながら俺の背を叩く。
本人は軽く叩いているつもりなのだろうが、死ぬ程背中が痛い。
吹き飛ばされない様に踏ん張るので精いっぱいだ。
「スライムばかり狩ってるって聞いてたが、新しい武器を手にしてるって事は、例の物が出たみたいだな」
例の物と言われて、思わずドキリとする。
俺の目的は誰にも話してなかったのだが。
「ガハハハハ!俺位になると、スライムが伝説級のアイテムを落とす事ぐらい知ってるさ。実はひそかにダチ共と賭けをしてたんだよ」
普通、スライムが経験値ポーションを落とす事はあまり知られていない。
まあ500年間に1度しか出ていないのだ。
誰もスライムがそんな物を持っているとは気にしないだろう。
俺だってスキル【幸運】関連で色々なモンスターのドロップを調べていなければ知らなかった事だ。
流石は元一流冒険者だけはある。
「俺は出る方に賭けててよ。で?出たんだろ?」
ゲンリュウがその逞しい腕を俺の肩に回す。
言うまで逃がさないと言わんばかりに、がっちりと固められてしまった。
「いやあの……」
「話はダチ共限定だ。口の堅い奴らだから安心しな。だがまあ……話すのが嫌だってんなら、お前さんがお宝を手に入れたって噂が広まる事になるだけだがな」
完全に脅しである。
元一流冒険者のゲンリュウが噂をばら撒けば、周囲はきっと真実ととらえるだろう。
……まあ実際真実なわけだが。
どちらにせよ。
超レアアイテムを手にしたなんて周りに知られたら、嫉妬ややっかみの嵐だ。
百害あって一利なしもいい所。
「勘弁してくださいよ。まあ確かに出ましたけど、周りには絶対秘密にしててくださいね」
勝ち目のない勝負に、俺は白旗を上げる。
まあゲンリュウも一流の冒険者だ。
その親友達もかつて同じパーティーで活躍した冒険者達だし、約束を守ってくれるだろう。
「やっぱな。んじゃ、後でダチ共と集まるから。そこでお披露目と行くぞ」
お披露目とは、鑑定魔法で確認させろという事だろう。
通常、鑑定魔法は自分の能力しか見る事は出来ない。
だが相手がOKを出した場合のみ、他人の物も見る事が出来た。
「はぁ……わかりましたよ。その代わり冗談抜きで、秘密にしておいてくださいよ」
「おう!まかせろ!」
武器屋の閉店後、俺はゲンリュウに高級な酒場に連れていかれた。
どうやら、武器屋ってのは儲かるらしい。
そこでスキルのお披露目をした訳だが……
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