本の世界

「この世界は実は本に書かれた世界なんだ。そして俺はこの世界の外で、読者としてこの世界を見てきたんだ」


 俺の目の前にいる男は10年来の友人だ。中肉中背であまりパッとしない容姿、さらにはボサボサ髪で、あまり清潔感を感じさせない男だ。


「へぇ。そんじゃあ、その本とやらは一体どんなタイトルなんだよ?」


 普段から夢見がちな男だったので、俺はいつもの妄言かと思い、彼に尋ねてみた。すると、俺の友人であるレオン・リングズ(名前負けをしている)は自信満々に答えた。


「『10年前に勇者として旅立った俺の父親が魔王になったので、息子の俺が新たな勇者として父親を倒しに行かなければならなくなった件〜旅の途中で出会った俺に惚れている10人の美姫と共に、俺を溺愛する女神から与えられたチートスキル、【成長限界突破】と【吸収】を駆使して俺は無双する〜』という本さ!」


 レオンは更に自分がその本の世界の主人公である勇者だと言った。確かにこいつの親父は10年ほど前に魔王討伐の為に勇者として旅立ち、それ以降行方不明だ。ツッコミ所満載な本の題名を聞いて思わず俺はレオンに尋ねる。


「質問いいか?」


「何?」


「なんでそんなにタイトルが長いんだ? 普通の本ってタイトルそんなに長くないだろ、研究論文じゃあるまいし」


 すると、レオンは肩をすくめて何を聞かれているのかよく分からないとでも言いた気な顔を浮かべた。


「さあ、そんな事言われても前世ではこれが普通だったし」


「……なんでタイトルがそんなに説明調なんだ?」


「さあ?」


「……面白かったか? なんかタイトルでだいぶネタバレされているようだけど」


「ああ、もちろん!」


 俺の質問に力強く頷く。


「どんな所が?」


 本のタイトルが説明調で、それが一般的だなんて正直驚いた。タイトルがネタバレを含んでいたら俺ならあまり手に取る気がしない。先の展開がある程度見えてしまうのだから。


「期待を裏切らない所かな」


 無邪気にそう言うレオンを見て、俺は思った。


「……だろうな」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 この世界には神話の時代から勇者と魔王が覇を競い合っている。魔族である魔王は長大な寿命からほとんど代替わりをしないで数百年魔族領を統治するか、勇者に討伐されたとしても大体100年ほどの周期で新たな魔王が誕生する。


一方で、人間族である勇者は数十年ごとに女神の神託によって選ばれる。10年前、レオンの父が勇者として選ばれ、その2年後に魔王と戦い、共に倒れたという報告が世間に広められた。つまりかれこれ8年の間、魔族と人間族は束の間の平穏を楽しんでいるという状態だった。


「もし……もし仮に、だ。お前の言うことが本当だとしたら、お前の親父さんは魔王になっちまったって事か?」


 この平和の前提が崩されたようなものだ。今俺たちがこうしてのんびりと暮らしていられるのは、あくまでも魔王がいないからだ。それなのにレオンの親父さんが魔王になったのだとしたら、平和が崩壊するのは目と鼻の先だ。


「ああ、そう言う事になるな」


 レオンはまた肩をすくめて肯定した。


「なんでいきなりそんな事を言い出したんだ?」


 そう、それが疑問なのだ。ここが仮に本の中の世界だとして、あるいはレオンが外の世界で読者としてこの世界を見てきたとして、なぜ今になってそれを俺に告げるのか。突然思い出したとしても内容が突飛すぎるし、隠していたとしたら、それは人間族への裏切り行為だ。


魔族領と隣接するこの国は、魔族領と他国との防波堤として8年前まで戦争をしていたのだ。まだ国力は回復していないし、人的にも物的にも資源が不足している。だが、もしこの平和が一時的なものであり、すぐに魔王が復活するのだと分かっていれば別の手を打つ事が出来たはずだ。友人であるとはいえ、陛下に仕える近衛騎士団の末席の者として、その真意を確認しなければならない。国を害するつもりなのか、それとも本当に何も考えていないのか。前者ならば俺はレオンを裏切り者として陛下の前に連れて行かなければならない。


「そりゃもちろん、時が来たからさ。女神様の神託が昨日降りてきたんだよ。ほら、ステータスにも出てるだろ?」


 そう言うとレオンは『ステータス』と唱えて、俺に自身のステータスを見せてくれた。

【名前】レオン・リングズ

【種族】人間

【性別】男

【年齢】20

【職業】無職

【Lv】5

【HP】12

【MP】10

【ATK】14

【DEF】17

【AGE】2

【INT】40

【LUK】999

【スキル】成長限界突破・吸収

【魔法】ステータス魔法

【称号】勇者


正直に言うとあまり見れたものじゃない。何せこいつのステータスは年齢の割にかなり低い。はっきり言ってそこらにいる10歳くらいの子供と同程度だ。これは偏に親父さんがいなくなってから修行をサボり続けた結果だ。


「……幸運値以外、ステータス低いな。だが確かに『勇者』の称号がある」


「ああ、すごいだろう? これから俺の勇者としての冒険が始まるんだ!」


 そう言って興奮するレオンを見て、俺は改めて失望した。何せあまりにも弱すぎる。冒険を始めたとして、すぐに挫折するだろう。何よりもこいつが怠惰である事を俺は知っている。


「……だが、レオン。お前このステータスでどうやって魔王を倒すんだ? とてもじゃないがこの程度じゃ魔王になんか勝てないぞ」


 俺は『ステータス』と唱えて、自分の現在のステータスがどの程度なのかをレオンに見せる。


【名前】アルスロッド・ドラグノフ

【種族】人間

【性別】男

【年齢】25

【職業】聖騎士

【Lv】875

【HP】8764

【MP】8723

【SP】7786

【ATK】7829

【DEF】8756

【AGE】9043

【INT】3780

【LUK】345

【スキル】成長促進・斬撃・双連戟・破盾・滅龍炎・聖法気・金剛盾・闘気・剣気,etc.

【魔法】火属性魔法・水属性魔法・土属性魔法・風属性魔法・雷属性魔法・

    無属性魔法

【称号】ドラゴンスレイヤー・オーガイーター・ナイトオブラウンズ・拳王・

    剣王・闘神・剣鬼・剣聖・剣神,etc.


 自慢じゃないが俺はこの国でも最強の聖騎士だ。幸運な事に才能があったのと、【成長促進】のスキルによって敵を倒した時の経験値が3倍貰えた事でこのステータスになった。ただこれまでに死にかけたのは10や20では利かない。それでも魔王は別格の存在だ。恐らく俺では太刀打ち出来ない。なのに、こんな俺の小指でデコピンすれば爆発四散するような奴が勇者に選ばれるとは。女神様も随分と酔狂だ。


「ああ、そんな事十分分かってるさ」


 するとレオンはそう言ってニヤリと笑った。


「だからさ。お前のその力、くれよ」


「何を言って……」


 次の瞬間、激しい眠気が俺を襲ってきた。


「お……前、何をし……」


 そこで、俺の意識は途切れた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 俺は目の前にいるアルスロッドが昔から嫌いだった。ただツいていただけのくせに偉そうに兄貴面しやがる。顔もイケメンで俺が好きになった女は皆こいつの事が好きだった。だけど、俺は知っていた。俺が女神に選ばれし存在だってな。何せ、ここは俺が死ぬ直前に読んでいたラノベの世界だからだ。


 いつか、俺のスキル【吸収】が覚醒すれば、真っ先にする事は決めていた。だからこいつが努力すればするほど、俺は今後が楽しみだった。


 そうしてついに昨日、女神様が俺の夢に現れ、【勇者】の称号とチートスキルを俺に与えてくれた。【吸収】は相手のスキルやステータス値、レベルごと奪えるチート能力だ。俺は早速アルスロッドを呼び、一服盛る事にした。そんなこんなで今こいつは俺の前で呑気に寝ている。


「さあ、お前が今まで懸けてきた努力の成果。ぜーんぶ貰うぜ。悪く思うなよ。何、大丈夫さ。俺が魔王を倒してやるからさ」


 俺はアルスロッドの頭を掴み、「【吸収】」と唱えた。その直後、俺の体に莫大な力が流れ込んできた。


「あ、あはは、すげぇ、すげぇぞこいつは!」


〜〜〜〜〜〜〜〜


 こうしてレオン・リングズはアルスロッドの力を奪い、魔王を倒す為の旅に出た。彼は道中、気に食わない者から力を奪い、着実に強くなっていった。さらには気に入った女性がいれば当然のように襲った。悪逆の限りを尽くしても、誰も彼を止める事は出来なかった。


 仲間を探すと言って、彼は様々な国で問題を起こし、10人の姫を誘拐して囲った。彼女達は逃げる事も出来ず、ただただ絶望し続けた。レオンを殺そうとしても、彼には毒も効かない。レベル差から剣も突き刺さらない。そうして彼女達は全てを諦めた。


 3年後、レオンによって魔王は倒され、世界は救われた。しかし、その頃には既にまともに存在している国はなかった。何せ殆どの英雄と呼ばれる各国を代表する戦士達が皆、レオンに力を奪われたからだ。守りの要を失った国々は魔物の侵攻を止められず、崩壊する事となった。


 最終的に、レオンはこの大陸の王になった。だがもはや人類は絶滅する事が確定していた。こうして彼に神託を与えた死の女神の目的は達成された。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

当事者以外から見た異世界転移・転生短編集 @nao0899320

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ