2 オーガスタスは何をしていた?

「オーガスタス・リッチモンド。彼の家系はサウザス創成期からある金融一家だが、彼の祖母はコクラン家の出でね、金鰐族のアルバを多数輩出している名門の一族だよ」

「まさか、彼にも魔術師の素質があると——?」

「左様。幼少期にコクラン家で密かに訓練を積ませていたようだ。ラヴァ州の銀行員はみなクレイトで軍事訓練を行うが、その時すでに彼は軽微な呪文をいくつか習得しており、先代のアルバ統括長に密かに相談していた」

 フランシスはお茶を片手に、オーガスタスの秘密をすらすらショーンに教えていく。


「彼は『魔術学校へ行かずとも、更なる習得と研鑽は可能か——?』と。それを私は引き継ぎ、サウザスに住む君のご両親を紹介し、便宜を図るよう頼んでおいた」

「……なんって、」

 彼は年に数回、酒場ラタ・タッタに襲来していた。妙に来訪が多いと思っていたが、営業以外にその相談も兼ねていたのか……。

「まあ結局、新たな呪文は習得できなかったようだが、単純物体移動くらいはできた」


 呪文で開閉された役場の鍵——

「あれは町長自身がやったと⁉︎」

「さてね。役場の窓に1箇所、学校の窓に7箇所……オーガスタスがやったのかもしれないし、ユビキタスかもしれない。あるいは例の仮面の男の仕業かも——」

「————ッ‼︎」



 仮面の男。

 そう聞いてショーンの全身がこわばった。

 記憶から薄れかけていた木の葉の面が、ふたたび脳内の湖面に浮かび上がってくる。

(まさかアイツ、サウザスに居たのか——? もしや、住民だったのか⁉︎)

 膝に両手を丸めて青ざめるショーンの様子に気づかず、フランシスは州警察の書類を机にひろげ、事件の話を続けていた。


「とにかく、オーガスタスが呪文を使えると知る者は、今のサウザスに誰もいない。もし役場の呪文痕が彼のものだとしたら、謎の密室状態を作り上げて撹乱し、逃走しようとしたんだろう」

「だ、誰からですか?」

「もちろんユビキタス——そしてそのお仲間だな」

 フランシスは最初の1杯を飲み終えた。ショーンのカップには半分以上残っている。

「仲間……もしや警護官ですか、町長は彼らが一味だとご存じだったんでしょうか」

「どうだろう、横領に関わっていた名簿リストに警護官の名は無かった。何せユビキタスほどの地位となると町民全員と知り合いだからね。先日、各紙の新聞記者が協力して、警護官絡みの不正をすっぱ抜いたようだが……少々遅かったな」


 フランシスはテーブル裏のラックから、今朝のクレイト紙をバサっと取り出した。

 サウザス事件はクレイトでも一面記事のようだ。オーガスタスの発見に、ユビキタスの護送……警護官の逃走劇や、紹介状の不正疑惑も載っている。

 特に警護官であるレイノルド・シウバと、バンディック・ロッソ。

 両名の顔写真は、指名手配犯として大きめに掲載されていた。

「2人の警護官は未だ逃走中——でも顔はかなり広まった。動きにくくなりましたね」

「ハン、もうとっくに州外だろう。オックス、ファンロン、あるいはダコタ……」

 フランシスはトプトプと2杯目の藤蘭茶を注いだ。

 紙面には、サウザスの新聞記者が殺害された記事も載っていたが……ショーンは頑なに視線を逸らした。



「さて、次の話に行こう。オーガスタスは事件前日まで普段通り過ごしていたそうだね。君も銀行で出会ったそうだが、何か変わったことは?」

「いえ、いつも通りでした。お昼を誘われましたが先約があったので断って、秘書ブロークン氏の打撲を治した礼をされ……ええと銀行の営業を持ちかけられて……」

「打撲ね、どうせヤツが引き起こしたものだろ」

 彼女は茶に口付けながら眉根を寄せた。


「おっしゃる通りです。あとはその日のスケジュールを言っていました。ランチのあとは財政会議に政策協議……そして夜にレストラン『ボティッチェリ』……コスタンティーノ兄弟との会合があると」

「うむ、コスタンティーノ家も同じくサウザス創成期からある一家だな。代々続く商人で、市場経営しているとか。私は詳しく知らないが……」

「ええ、兄弟の末弟エミリオは、町長の元第3秘書でした。数年前、町長の尻尾に腰を打たれて歩行障害を負い……昨日、新聞記者のアーサー・フェルジナンドを殺害したそうです」

「ほう……」


 フランシスは新聞紙の向きを自分へ戻し、記事に掲載されたエミリオの顔を指さした。

「車椅子の彼だな。……はん、痴れ者が、あやつムダに敵を作りおって……。このエミリオとやら、いつの間にか歩けるようになっていたようだな、誰が治したのだろう」

「僕はアルバの誰かが、呪文で治したんじゃないか、と思っています」

 ついに、ショーンは自分しか知らぬ情報——

 紅葉が新聞記者アーサーから聞き出し、

 警察には黙っておいた、

『アルバ崩れの組織』の件を、堰を切ったようにフランシスに話しだした。



 アルバの素質がある者を集めた組織があること。

 クレイトに組織の隠れ家があること。

 アルバを諦めた者のほか、現役のアルバもいるらしいこと。

 ユビキタスがそこの一員であること。

 警護官、エミリオ、木の葉の仮面の男は、組織の仲間だと推測できること。

 組織を追っていたアーサー記者とアーサーの父は不幸に遭ったこと。


「ユビキタスが町から横領した金は、確実にこの組織に流れています。

 警護官たちは呪文を使えるかは不明ですが、きっと相当な手練れです。

 エミリオは組織の直接の一員ではないかもしれません。

 ですが彼の障害を治したのはアルバの手によると思われます。

 そして昨日、護送隊を襲った、謎の仮面の男は、

 組織の一員であるアルバに違いありません‼︎」


 ショーンはようやくここまで言い終わり、目の前の茶杯を飲み干した。時刻はとっくに夕方になっており、満月湖は赤く染まり、沈みゆく太陽を水面に映し出している。

 フランシスは時おり茶菓子の金平糖を指で砕きながらじっと聴き入り——白い陶器の平たい菓子皿には黄色い砂粒が積もっていた。



「…………なるほどね」

「フランシス様は、この件を何かご存知でっ……」

「——報告、ご苦労であった」

 フランシスは3杯目のお茶を飲み、ショーンの問いを遮った。

「すみません、まだお話は終わって——」

「いやもう充分だ。こちらも早急に警察へ報告書を出さねばならない。それにうるさい笠蝦蟇族もひとり残っているからね、これ以上待たすと口から火を噴きかねん」

 彼女はにこやかに苦笑しながら、指をパチンと鳴らして入り口のドアを開けた。


「君のことは日を改めて呼ぶことにする。今日はゆっくり休みたまえ」

「………ええ…はい……了解です……失礼しました」

 興奮が喉元を過ぎたショーンは、冷たいぬかるみに浸かったような足取りで、何とか一礼だけしてフランシス・エクセルシアの私室を出た。

 そうだ、せめて組織の存在をご存知かだけでも聞きたかった——

 ドアが閉じられた後に気づいたが、もう遅い。トネリコの大樹を施した扉は、何者も寄せつけぬかのように閉じられていた。後日教えてくれるだろうか。

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