6 仮面の男はアルバですか?

 3月11日風曜日かぜようび、昼の12時07分。

 クレイト市警側の護送集団と、サウザスから来た州警察の一団は、コンベイ街の手前でついに合流することが叶った。

 サウザス部隊は大半が負傷し、簡易的な治療を受けている。中でも護送車付近にいた警官らと女性の様子はひどく、速やかに手術が必要だった。

 ユビキタスは、クレイト側が運転してきた囚人護送車に収容された。新たな拘束衣を着せられ鎖をつけられ——ついでに警察の銃弾・コルクショットを手足に4発撃ちこまれ、苦悶の表情を浮かべていた。

 彼をずっと抑えてつけいたペーター刑事は、引き渡した後、刺激葉の過剰摂取により昏倒した。


 皆一刻も早くこの場から出発したがったが、何しろサウザス側の車はすべて破損し、怪我人の移送すら困難だった。コンベイ警察の協力を仰ぐことになり、部隊は緊張感を漂わせたまま、ルクウィドの森の前で足踏みをしていた。


「──で、その仮面をつけた賊とやらはどこへ行った、クラウディオ!」

「《ヘルメスの翼》を唱えて森に遁走したさ。警官隊が動きはじめた直前にね」

「なんと古典的な。みすみす逃したのか」

「チッチ……まさか。こちらも抜かりなく 《オルウェン》をかけたのでね」

 クラウディオが片目でウインクをしながら指を振った。

「はっ、白い足跡呪文か。まあいい、後でジックリ捜索を……おいよせ!」



【愛しい娘のために私は白い足跡を辿ろう! 《オルウェン》】



 ベンジャミンの忠告も虚しく、クラウディオは白い足跡呪文を唱えてしまった。

 周囲が明るく白ばむ。呪術に明るくない警察陣は、どうなることかと固唾を飲んで見守った。



 白い足跡呪文 《オルウェン》。

 珍しい二連一体の呪文である。まず最初の文言【白い足跡を残そう】で、白い足跡を相手に残すことができる。これを受けた相手は、たとえルドモンドの果てにいようとも、【白い足跡を辿ろう】の文言により辿ることができる。二連一体にふさわしい堅忍不抜な呪文であり、テルミヌスといった遮断系の呪文でも破れることはない。


 あの戦いの最中、ショーンが遮断呪文 《テルミヌス》を解き放ち、近隣の磁場呪文が消え去った。まずペーターが先陣を切り、その後、続々と警官が起き上がってきた。さすがに対処しきれぬと判断したのか、仮面の男の両足が急に光った。俊足呪文 《ヘルメスの翼》による逃走の準備だった。


 警官たちは、その場で次々に拳銃コルクショットの引き金をひいたが、案の定、仮面の男にまったく効かず、手足に撃ち込まれても少しフラついただけだった。クラウディオは自身の残留マナと警官らの命を考慮し、彼の逃走を見逃すことにした。だが、奴のフラつきまでは見過ごさない。目立たぬよう彼の足元に足跡呪文を仕掛けておいた。フッフッ……逃亡しても地の果てまで追えるのだよ。計画は完璧だった。



「…………まずい」

「なんだ」

「オルウェンが切られた」

「クソがッ、だからよせと言ったろう!」

「なぜだあ、遮断呪文は効かないはずだが!」


 クラウディオは号泣し、両膝をついて絶望した。彼の体内マナはこれで空になってしまった。ベンジャミンは怒りと呆れの混じった顔で、カツカツと踵を踏んだ。

「お前……オルウェンを奴の靴裏につけただろう。きっと奴は 《ヘルメスの翼》で使ったマナに吸着させて、森のどこかで脱ぎ捨てたんだ」

「ハァン? なんだその机上の空論は、そんなことできるのかね!?」

「知るか、簡単にできることではないっ!」

 ベンジャミンは怒気を強めて声を荒らげた。


「いいか。今日の明け方、クレイト市一帯を電波傍受していた曲者がいた。今回、護送車を襲い、ユビキタスを助け出そうとした張本人に違いない」

「何ィ、そんなこと聴いてないぞ、なぜ伝えん!」

「それは知らん、マーロウ警部に訴えろ!」

「あの……すみません。ユビキタスは大丈夫でしょうか。強力な呪術の持ち主では……?」

 喧々諤々のアルバの間に、勇敢なオールディスがおずおずと口を挟んだ。

「フン——ユビキタスか。正体は知らんが、コルクショットでのたうち回るようなら問題はない」

「もっとも、彼の “お友達” の方はとんでもない実力だがな」

 すこし冷静になった帝国調査隊たちは、警部補の問いにそう答えた。



「では、あの仮面の者はその…… “アルバ” なのでしょうか?」



 不安げな表情を浮かべた警部補オールディスが、核心に迫る質問をしてしまった。

 クラウディオとベンジャミンは、互いの顔を一瞬見つめる。

 アルバとは帝国魔術師。皇帝にその責を認められた特権階級の資格職。



「いや違う。 “スーアルバ”  だ…………それも禁呪使いのな」



 クラウディオが静かに笑って答えた。

 ベンジャミンは眉根を寄せ、癖っ毛の髪をさらにクシャクシャにかきあげる。

「まさか……スー……ッいや、この件はフランシス様の指示を仰ごう。我々が抱える範囲を超えているッ…!」

 彼はもう何も考えたくなかった。この惨状。ギャリバーも護送車もすべて壊され、失神した者はアルバを含めて4人いる。

 ブオンブオンと南方から微かな音がする。

 地平線の先からコンベイ警察の車団が見えてきた。

「ラヴァ州アルバ統括長——いや、果たして州の問題で治まるか……ルドモンド中を混乱に巻き込むかもしれないな」

 オックス州出身のクラウディオは自嘲気味にそう笑い、真鍮眼鏡を外しながら、レンズをきらりと光らせた。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816927861055738379

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