5 魔術学校の教室

 ……白い、昼の光が教室に差し込んでいる。

 ここは……魔術学校の大教室だ。

 昼食後に受ける午後の授業のまどろみの中、真鍮眼鏡を光らせたオーストーリー・バロメッツ教授が、杖でコツコツと教室の床を叩きながら歩き回っていた。



『えー……前述のように、この磁場呪文 《ノーザンクロス》は、望む場所に磁極を発生させる呪文である。地面、物体、生体、あらゆる場所へ打つことができる。呪文によって作られた磁極の強さは、術者の力加減はもちろんのこと、物体の性質によっても変化する』

 ショーンは何とか教授の説明を耳に入れつつ、【星の魔術大綱】に書かれた文字を目で追った。


『また 《サザンクロス》は望む場所の磁極を反転させる呪文である。これは通常の磁石に対しても効果的だが、もちろん 《ノーザンクロス》で発生させた磁極にも使える。それが主目的といって良いだろう……』

 バロメッツ教授は、重いローブと髪をスリスリ引きずり教室内を歩いている。ショーンは眠気覚ましにペンでかしかし頭を掻いた。



『磁場を発生させる対象として、最も確実かつ有効なのは地面である。地面に含まれる鉄を利用し、呪文効果を発揮する。また通常の物質の場合、磁石にくっつく物質——つまり鉄、ニッケル、コバルトといった強磁性体の方が、反発あるいは吸引する力は増す。逆に反磁性体——たとえば水、そして水を多く含む生体などは、微妙な効果しか得られない……』

 教授は長い棒磁石を胸ポケットから2本取り出し、カチャカチャと反発させたり引き合わせたりした。ショーンはふわっと欠伸をした。


『《ノーザンクロス》および 《サザンクロス》は【星の魔術大綱】に収録されている磁場呪文の中で、最も強力な呪文のひとつだ。北十字星と南十字星から名付けられている。名付け親はタクソス・エクセルシア。彼はエクセルシア家では珍しい男性の呪術家で、さらに天文学者で占星術家でもある。彼は方位磁石で星の位置を確認している時に、この呪文を思いついて作り上げた。タクソスの呪文の多くは、思わぬ効果に星の名前が付いている。必ず他の呪文も併せて覚えておくように』

 彼は、コッコッと杖の先で数度叩いた。



『物理学の授業で学んだように、磁力の強さは、それぞれの磁極が持つ磁気量の積に比例し、磁極間の距離の2乗に反比例している。呪文で発生させる磁力も同様の調整が必要で、マナの消費量もそれに伴い変化していく。計算式は大綱を参照のこと』

 生徒たちは慌てて大綱に書かれた表を見直した。ショーンも見直したが、算術とは疎遠な関係なので、顔の皮膚がクシャッとなった。


『磁極は、必ずN極とS極の両方が発生する。《ノーザンクロス》は磁場を生み出す際、どの位置をN極そしてS極とするかは、強く意識する必要がある。また 《サザンクロス》は磁場反発呪文と呼ばれるが、これも反転させる際に磁極の違いを把握していなければ、逆に吸着する結果にもなりうる』

 ショーンの脳内では磁石の形をした小型掃除機がブオーンブオーンと唸りをあげて、N極とS極のスイッチを切り替えるたび、枯れた落ち葉を吸ったり吐いたりしていた。



『双極の把握はマナによって判断することが可能だ。《ノーザンクロス》および、 《サザンクロス》は呪文を打つ際、ただ磁極の発生や反転させるだけではなく、N極とS極の把握も同時に行うため、マナの消費量が多めに設計されている。タクソスはこの呪文の初お披露目の際、大きな荷馬車を2台使用して詠唱を行って見せたが……諸君らはまず、このボタンで練習してみよう』

 バロメッツ教授は、制帽のボタンをチラチラ見せた。ボタンは呪文練習によく使うので、魔術学校の生徒は、常に10個近くジャラジャラと持ち歩いている。ショーンも2つ(2個しかポケットに残ってなかった)ボタンを取り出し、表に載っている1番少ないマナ量を使って、呪文を唱えた。


『諸君。この呪文は磁場の強さ、位置、磁極と、非常に多角的な情報判断が求められる呪文である。あらかじめ、己の望みをきちんと決めてから詠唱するように』

 トン、と教授の杖が鳴ると同時に、一斉に辺りから光と言葉が溢れた。天井にバツンと吹っ飛ばす者もいれば、他人のボタンと引っつき合って、取れなくなった者もいた。ショーンはこれ以上ボタンを無くせなかったので、ボタン同士がくっつき合うよう慎重に計算しながら、磁場発生呪文 《ノーザンクロス》を発生させた。

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