3 人生のおさらい
一方、同時刻の『鍛冶屋トール』。
「はぁ……」
リュカはあれから眠れずに、キッチンテーブルでじっと頬杖を突いていた。家族は何が起きているのかすら知らず、朝ぼらけのなか寝静まっている。
やかんがシュンシュンと鳴っている。熱く濃い紅茶を淹れた。クッキー箱を棚から出しザラザラと皿に盛る。テーブルに戻るついでに、新聞ラックに常置しているレシピノートを手に持った。
テーブルに着席し、紅茶を啜りながらノートをめくる。赤鉛筆でページをコツコツ小突いた。
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皇暦4570年3月10日
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今日の日付を、なんとなく書いてみた。
身の回りに起きたことを書いておこう、という漠然とした想いからだったが、ふと別のことを思いつき一旦消して、ここ数日の新聞をラックからまとめて引っぱり出した。
リュカは新聞記事を全部読み、該当箇所を赤鉛筆で線を引き、自らの記憶も思い出しつつ、事件に関係してそうな日付を次々とノートへ書いていった。
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皇暦4558年 (08歳)
01月10日 リュカ、ショーン学校入学
皇暦4560年 (10歳)
06月12日 カルマ町長引退宣言
ユビキタス校長辞任宣言
10月12日 紅葉鉄道吊り下げ事件
12月05日 ユビキタス町長当選
皇暦4562年 (12歳)
04月01日 紅葉学校入学
05月01日 鍛冶屋トール、第2工房オープン
08月04日 レストラン『ボティッチェリ』オープン
12月20日 ショーン学校卒業、翌年魔術学校
皇暦4564年 (14歳)
12月05日 オーガスタス町長当選(1期目)
12月20日 リュカ、紅葉学校卒業、翌年就職
皇暦4565年 (15歳)
01月10日 ユビキタス校長復帰
皇暦4567年 (17歳)
07月20日 オーガスタス『デル・コッサ』事件
12月01日 ショーンアルバ合格、翌年帰還
皇暦4568年 (18歳)
12月05日 オーガスタス町長当選(2期目)
皇暦4570年 (20歳)
03月07日 ショーン来訪、『ボティッチェリ』夕飯
03月08日 オーガスタス鉄道吊り下げ事件
03月09日 ユビキタス拘束、レストランを調査
03月10日 ユビキタス護送
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リュカはここまで書いて、ため息をついた。
ユビキタス校長が辞任宣言した日はよく覚えている。前日が先々代のカルマ町長の誕生日だった。町長から市民へ心づけとして、役場で無料のカップケーキが配られていた。夏が始まる前の暑い日だった。
初めての出来事にウキウキでショーンと一緒に貰いに行った。ココア色のチョコケーキに、ピンクのクリームと銀のパウダーが乗っていた。
役場の前でモグモグ食べていると、ちょうどカルマ町長が来て演説が始まった。話の内容はほとんど分からなかったけど、演説の最後に『明日、町長職を正式に引退宣言する』と発表したのは、10歳の頭でもハッキリ理解した。
リュカ達が生まれる前から町長だったカルマさんの引退は大、大、大スクープで、翌朝も町の話題はそれで持ちきりだった。その時点ではフーンと他人事だったけど、学校の朝礼でユビキタス校長が『今年で校長を辞任し、次の町長選に出ます』と、宣言しちゃったもんだから腰を抜かすほどビックリした。
子供の自分にも関係する話だったのだと、心に深く刻まれた出来事だった。
「結局、オレたちの代はユビキタス先生が学校に戻らないまま、卒業したんだっけ……」
町長たちと学校関連を中心に年表をまとめてみたけど、特に法則などは見つけられなかった。
強いて気になるなら……町長の会期だ。1期で4年務める。カルマ町長は全5期務めた。おそらくオーガスタスも、事件が起こらなければ3期目を迎えていただろう。1期限りで終わったユビキタスがすごく失敗したように見える。はたから見れば、町長の会期への怨恨を疑ってしまうほど……いや、さすがにそんな。
「……こうしてみると、62年は大変だったな」
自分が12歳の年だ。色々あった。まず紅葉が同学年として、途中入学してきたことにビックリしたし、ショーンが魔術学校へ行くため、早めに卒業しちゃった事もショックだった。家は第2工房を作ったことで、両親は毎日慌ただしく口論ばかりしていた。レストランのために作った甲冑像は不気味で怖かったし、新しく雇った職人が金を持ち逃げしたり、あまりいい年じゃなかっ——
「———ねむ」
やばい。頭の中に靄がかかってきた。
ショーン、紅葉……今ごろ眠くないだろうか。
たぶんペーターも、ほとんど寝てないはずだ…………
友人たちを心配しながら、リュカは、テーブルに突っ伏し、寝入ってしまった。
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