6 3月10日、風曜日

『あーあーマイクテスト、マイクテスト。諸君、聞こえるかね』

 トランシーバーから、ブーリン警部の声が聞こえて来た。

『これからラヴァ州街道を通り、ユビキタス・ストゥルソンを護送する』

 警部はオープンカーから降り、警察車輌の一団から歩道へと離れていった。



 ラヴァ州街道。

 ラヴァ州の主要都市を繋ぐ街道だ。西からグレキス、クレイト、ノア、コンベイ、グラニテ、サウザス、トレモロの順に並んでいる。それぞれの町は、列車だと約1時間、ギャリバーで走ると2時間近く離れている。

『クレイト市警もこちらへ向かっている。引き渡し場所はコンベイ郊外になると思われる』

 順調にいけば、昼前には合流するはずだ。……無事にいけば。


『私ブーリンは、サウザスに残り陣頭指揮を執る。オールディスを副隊長とし、状況によっては彼の指示に従うように』

 先頭にいるオールディスが、後ろを振り向いて手を振った——メットとサングラスで何民族かはわからないが、恐らく狼族と思われる。

『道中、どのような敵が現れるか分からない。各自細心の注意を払い、気づいたことがあれば即報告せよ。また、各地区警察への連絡は……』

 ブーリン警部はその場で立ったまま注意喚起していたが、護送隊は待ち切れないといった様子で、先頭のオールディスの移動とともに、ドルン、ドゥルン……と赤煉瓦の門をゆっくり通過した。



 サウザス西門。

 北大通りと州街道の境目で、サウザス町の出入り口だ。

 赤橙の石レンガで互い違いに組まれたアーチ門に、大きな赤い木製看板が掛けられ、黄緑色の絵の具で「Thousands of satchels THOUSAS」と描かれている。

 文字の周りには、サウザスの名前の由来となったサッチェル鞄、鉱石や金床、鉄槌などの鍛治道具、レモンやオレンジの果実も交えて、色彩豊かに描かれており、創立当時は無かったグレキス産の太鼓の絵も、端っこに描かれている。


 古くは『別れの門』、『旅立ちの門』とされ、存在感を放ち、数々の思い出を作ってきた西門だが、州列車が開通して以降、とんと影が薄くなっていた。

 今ショーンは、郷里を離れる辛さをひしひしと胸に感じ、戻れることのない恐怖に心を苛まれていた。アルバという職を選んだ以上、皇帝に、そして人民の危機に立ち向かわなければならない。

  

 ショーンは幼い頃から身につけているサッチェル鞄、そして鞄の中に入った大事な書【星の魔術大綱ブレイズ・コンペディウム】をグッと握り——サウザスのご先祖様と、アルバのご先祖様、その両方へ深くお願いし、旅路の加護をひたすら祈った。




 ユビキタスを乗せた【囚人護送車ブラック・マリア】を中心に、警察車輌が5台取り囲んでいる。

 先頭はオールディス。一際大きなギャリバーに乗り、この部隊の副隊長だ。

 右前方には、兎警官ペーターと、アルバのショーン。

 左前方と右後方は1人用のギャリバーで、いずれも屈強な州警官が乗っている。

 左後方のクラウディオは……なんとオープンカーだ。マントを宙にはためかせ、運転席の警官を、使用人のごとく扱っている。

 そして少し離れた最後尾に————謎の女、紅葉がくっついている。黄色のボロのギャリバーに、斧を乗っけている。なんというか、恐ろしい。

 車6台と囚人護送車1台の、総勢7台の軍団だった。


『諸君、準備はいいかね。最終チェックだ。

 オイル、手袋、メット、武器……!』

 ブーリンの声がトランシーバーから聴こえてくる。

 あぁ、もう出発してしまう。

『タイヤ、エンジン、ブレーキ……!』

 警官と紅葉が車を降りて、最終チェックをしている。


 ああ、紅葉に一言かければ良かった——、

 クラウディオと事前に打ち合わせしておけば——、

 アーサー記者の話も、もっと聞きたかった——、

 オーナー夫妻に、きちんと挨拶しておくべきだった——、

 ショーンは今までの人生をぐるぐると後悔し始めた。


 心配そうな街の人々が、続々と西門の下をくぐって、州街道まで集まり見守っている。寝巻き姿のニコラスとルチアーナもその群れの中にいた。

「ペーター! 頼む、ショーンを頼む!」

 リュカが大地を揺らして右手を振り、ショーンを乗せた警官に頼んだ。

 ペーターは無言でピョコンと兎耳を曲げて頷き、力強くペダルを踏んだ。

 ブーリン警部が号令をかける。


『——では、出発!』


 今日は3月10日、風曜日かぜようび。出立するのに、ふさわしい日だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る