4 あのお墓にいるのは、どなた?

 オリバー・ガッセル設計士——

 いや、ロイ・ゴブレッティはこれだけ指摘されても、黙っていた。

 汗をだらだらと垂らし、どこか思考を虚空にゆだねていたが、焦茶色の瞳の中にある、小さな丸い光は失われていなかった。

「ねえ、お父さま。お父さまなんでしょう……本当のことをおっしゃって!」

 先ほどまで怒っていたアンナは涙を溜めて、懇願するように首を垂らした。

「……言えない!……」

 ロイはなおも、首を振って拒否した。


「言えない理由は、たぶん……ガッセル家ですよね?」

 マチルダは、代わりに容赦なく続けた。小さくて勇敢な三つ編みが揺れるのを、ロイはうなだれつつも止めることなく聞いていた。

「本家であるゴブレッティ家と、分家であるガッセル家の間には、確執があるんです。建築技術をめぐって……よくある話ですけどねっ。でもロイさんは、ゴブレッティの名前を捨てて、ガッセル家の名字を名乗ってる……何故それができたのか?」

 トン! と指を押して、缶を積んでできたゴブレッティ邸をガラッと崩した。

 ガラ、ガラ、ガラ、ガラと屋敷が爆破されたかの如く崩れていく。


「ゴブレッティ家の情報を、ガッセル家に渡したんですよ。ゴブレッティ一族しか知らない、代々口伝の建築技術を——『隠し部屋』の作り方とかです」


 マチルダは、静かにオリバー・ガッセルの秘密を明かした。

 暴かれたロイは、ショックを受ける様子でもなく、逆に興味深そうにマチルダの顔を見つめていた。

 アンナは双方の顔をぱしぱし見比べ……テーブルをバンバン叩いてわめいた。

「変に関心してる場合じゃないですわ! いいかげん本当のことを仰って下さいましっ、ねえ!」

「……何となく事情はお分かりになったでしょう、アンナ様。もうよろしいじゃありませんか」

 ライラック夫人は爪をいじりながら、他人事のように場を諫めた。

「はぁっ?——よくありません! なんで亡くなったことになってるんですかっ。あのお墓にいるのは誰? いったい誰なのよおおおっ!?」

 ロイ・ゴブレッティの墓は、今も邸宅跡地の片隅に、両親とともに埋葬されている。

 アンナは昨日今日と、ライラック夫人の子供たちと一緒に、あの墓を掃除してきたばかりだったのだ。彼女はロイの墓石を磨いた右手で、ワアワア叫んだ。


「……ふたご」


 ずっと黙っていた紅葉が、はじめて口を開いて、呟いた。





「ッマァ~~~、地下倉庫の扉が開きましたわ! 何という事でしょう。わたくしのオヒゲが震えますわ!」

 図書館司書メリーシープは、喉と髭を震わせて感嘆していた。

「さっそく調べてみよう、『トレモロ図書館』の設計図を……。テオドールなら隠し部屋の場所も分かるよね?」

「さぁ、図面を見てみないと何とも……巧妙に隠されているかもしれませんし」

 テオドールは苦い顔をして、自信がなさそうに首を振った。それを聞いたショーンは一抹どころではない不安を覚えながらも、お目当ての本が収蔵されたケースを探した。

「あった——350冊目、14代目ゴードン・ゴブレッティによる『トレモロ図書館』の設計図だ!」

 ショーンは鍵束から、ガラスケース用の鍵を取りだし、鍵穴に差しこみ……これが中でなかなか回らなかった。

(「本当にこの鍵で合ってます!?」「合ってますわよ、それですわっ!」と、司書メリーシープと叫びあった。)

 ショーンはなかば鍵を折りそうになりながらケースを開け、震える手で設計図を取りだし、テオドールに手渡した。

「よし、メリーシープさん、一緒に見ましょう。貴方のほうがこの施設はお詳しいですから」

「メェー……、わたくしに建築図面など分かるでしょうかメぇ~」



 テオドールはさっそく『設計図』の最初のページを開いた。

 正面から見た図書館全景と、地下から3階までの全体の縮小図面が載っている。

 テオドールとメリーシープは目を凝らして確認し、図面の事はさっぱりなショーンも、真鍮眼鏡を拡大モードにして参戦した。

「どうだ、ありそう?」

「いえ……ザッと見た感じ……昔習った図面となんら変わりないような……」

「まぁ、ありましたわ! 隠し部屋です!」

「えっ」

 メリーシープはとある一画を指さして、ニコニコと宣言した。

「ここっ! スパイ物の作品を収蔵した隠し部屋ですのよっ。わたくしの父のアイディアですの。父はスパイシリーズ『黒爪のゾック』の大フアンでしてねー。この部屋は利用者の方々もたいへん気に入ってくださって、よく褒められますわぁ~。ンメメエエエ」

「…………」

 テオドールはすぐに、縮小図面を見つめ直した。

「ショーン様…………どうやらここに、それらしき部屋は載ってないようです。1ページずつ確かめるしかありません」

「そんな!」

 設計図本は250ページほどある。じっくり確認する暇は、実はない。

 イシュマシュクルが起きてこちらに来る前に、隠し部屋を探し出して、盗難があったかを確認して、撤収しなければならないのだ。



「待ってくださいね、集中しますから……」

 テオドールは拡大眼鏡を取りだし、設計図を両手でつかみ、自分ひとりの力で図面を精査しはじめた。

「……まずは図書館屋根の骨格から」

 メリーシープは彼の背中を見守り、ショーンはムズムズして地下倉庫の中をウロウロしていた。

(うあああ、どうしよ、館長が帰ってきたらどう言い訳しよう……!)

 壁のダークチョコレート色と、設計図のガラスケースが、視界の中でぐるぐる回る。

『——まったくバカバカしい話です! おおかた原本ではなく、出版された本を加工した偽造品でしょう!』

 イシュマシュクルの幻聴まで聞こえてきた。初めてこの地下倉庫に入ったときの発言だ。

『むろん! 小生はルオーヌ州の『古ビブリオ高等学校』で図書学を専門に修めたのでしてねッ! 経歴が違うのですよ、経歴が!』

(ここで紅葉が、神官長を兼任してるのは何故なのか質問してくれたんだ。

 アイツなんて返事してたっけ……思い出せない。

 僕はその時、倉庫の中央に立ってて、黒い壁紙を見てて……黒?)


 部屋の中央に、ダークチョコレート色ではない、黒色の壁紙が貼られていた。

 ちょうどドア一つ分の大きさだ。

 なんでここだけ黒なんだろう……もしかして、

 ここが……隠し部屋?


「もし図書館に『隠し部屋』を作るなら——そうか! この『地下倉庫』が一番見つからないし、安全だ! テオドール、地下倉庫の図面があるページを開いてみてくれ!!」


 ショーンは急いで、テオドールの居る方へ振り返った。

 急いで設計図を確認してもらいたくて。

 だが、社長令息テオドール、そして図書館司書メリーシープの返事はなかった。

 2人ともその場に倒れ伏していた。

「えっ……」

 何者かが自分の背後に立った。

 気配を察するのが一瞬遅れたショーンは……


 次の瞬間、地下倉庫の硬い床に昏倒し、意識を失っていた。

 いくら常人ならざる力を持つ魔術師でも、闇に乗じる戦闘術を磨いた者には敵わなかった。

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