5 方法は3つある
「まず1つ目は 《熱探知》。熱源を真鍮眼鏡に表示させる方法だ」
「熱……」
「哺乳類や鳥類といった民族は、体温が高いから明るく表示される。爬虫類や両生類のような体温が低い民族は、逆に暗く表示される」
「へー!」
「まあ目に見える景色全部を表示させるから、火のかかったコンロとか熱くなった家の壁とかも、全部熱として見えるんだけどね」
「え……じゃあ難しいじゃん」
「人の探知だけに絞るなら、《マナ探知》という方法がある。でもめちゃくちゃ難しいんだ。スーアルバ並みの実力がないと」
「難しいってどうして? 呪文痕とは違うの、ホラ町長室の窓にあったっていう……」
「全然違う!」
ショーンが憤慨しながら説明した。
彼曰く、マナは極々小の微粒子で、普段は体内でばらばらに自由に移動しているそうだ。
呪文を詠唱する時にだけ、体の一箇所へと移動させて、集中させる。
集中させたマナは光り輝き、肉眼で見えるようになる。
そして呪文を詠唱後、体外に排出されたマナは、さすがに肉眼では見えないものの、一度光っているため、マナ視認呪文 《ロストラッペ》を唱えれば、真鍮眼鏡のレンズにも簡単に映るようになる。
——これが『呪文痕』の正体だ。
「えーと……つまり?」
「つまり、呪文を唱える前と後じゃ、マナの見つけやすさが全然違うんだ。唱える前は体の中をぐるぐる移動してるし光ってない。唱えた後にのこる呪文痕は、光った後のマナを視認してるだけなんだ」
「へー……」
「しかもアルバ以外の普通の人は、ほんのちょびっとしかマナがないし、いかに《マナ探知》が難しいか解るだろ?」
「………あッ!」
その昔、ショーンの母から体内のマナ量を告げられたのを、紅葉は唐突に思い出した。
『——紅葉ちゃんのマナはゼロみたいね——』
それは、紅葉の民族を探るために、何かの呪文を唱えて調べたもので……残酷な結果にガッカリして、あまり落胆するので後でクッキーをもらったのだが……あのとき使用していた呪文が……
(そうか、あれが、《マナ探知》の呪文だったんだ……)
子供の頃の思い出の一部が、きれいに氷解した気分だった。
「どっちにしろ、これは人探し用の呪文じゃない。マナ探知なんて僕も使えないし、忘れてくれ」
ショーンは咳払いをして、説明に戻った。
「2つ目は《鋭敏化》。己の嗅覚や視覚、聴覚を鋭敏にして探る。まあ──シンプルだ」
「いいじゃない、便利そう!」
「視覚は、呪文を使わなくても、真鍮眼鏡で簡単にズームができるから、嗅覚や聴覚を伸ばすのが主流だ。でも民族的に元から優れてないと、そこまで効果的じゃない。犬族や狐族のようにね。僕ら羊猿族は、嗅覚も聴覚もかなり平凡だから、この方法も難しい」
「え、えぇ……大変だね」
「結局のところ、熱探知にしろ鋭敏化にしろ、街中で誰かひとりを見つけるのは難しいんだ。周囲に何もない荒野とかなら、すぐに探知できるけど」
「色んな人の情報が混ざっちゃうもんね」
「そうそう」
どちらも有用で便利な呪文だろうけど、町長探しの目的と微妙に合わないのがもどかしい。
「で、3つ目。《白い足跡》という呪文。あらかじめ対象に足跡呪文を残しておけば、どこへ行こうと跡を辿れる」
ショーンが、ひときわ神妙な顔で、静かに厳かに、紅葉に伝えた。
「足跡って……マナの?」
「そうだ」
「……でもそれって、先に呪文を唱えていないと無理だよね?」
「もちろん」
「っ駄目じゃん!」
「これが授業で教わった方法なんだ!」
「どれも駄目じゃんッ」
「だから捜査が難航している!」
「も~~~~っ!」
紅葉は地団駄を踏み、ドンドンドドンと、太鼓のようにリズムを取った。
3月9日
いつもなら太鼓隊の最後の演奏が終わる時刻だ。
トロトロに熟した桃杏茶の、甘い香りがそろそろ切れる。お湯の中で美しく咲く菊水茶の花々が、茶瓶の底でベチャリとへばりついていた。
「はーっ……話を戻そう」
ふたりとも疲れが溜まっていた。かつてない出来事に巻き込まれ、体力的にも精神的にも消費し切っていた。
「えっと、町長の話だったっけ」
「そうそう町長の話だ…………僕はまだオーガスタスは生きていると思ってる」
「何か根拠はあるの?」
「無い……んでも、あんな尻尾をわざわざ切っておいて、殺したりするだろうか」
ショーンは昨日見た金鰐族の尻尾の、切り株のように太い断面図を思い出していた。
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