2 アーサーの話
「とある組織がある」
バチンとアーサーが指を鳴らした。
昼の日差しは盛りを過ぎ、アパート『ジュード』の窓辺に差し込む光は、すでに夕刻へと向かっている。
「…………恐ろしい組織だ」
犯罪組織かと紅葉は身構えた。サウザスでは北区の奥に存在している。普段は賭博場にいるが、たまにラタ・タッタに酒を飲みにやって来る。今のところ店で騒ぎはないが……。
「——なんでも、アルバ志望の子供を集めて、思想教育を行っているらしい」
「えっ」
思わぬ方面からの発言に、驚愕した。
アルバ絡みとなると……サウザス内の話ではないようだ。
「紅葉ちゃん、君なら既に知ってるかもしれないが、魔術学校へ通う生徒の多くは、身内にアルバがいる者だ」
「は、はい」
ショーンの魔術学校時代、彼の愚痴から出てきた同級生は、みんな代々続くアルバの家系、みたいな人ばかりだった。ショーンだってそうだ。
「しかし、一般家庭に生まれたマナの多い子供は、人知れず存在している」
「……そういう人もいると思います」
「そうした子供を探して引き取り、魔術教育を受けさせるんだ。君もアルバになれると」
「それは誰が……アルバの人がやってるんですか?」
ショーンが両親に呪文を教わっているのを見てきたから、一般の子がアルバを目指す難しさは理解できるし、そういう活動があってもおかしくない。
——ただ、思想教育となれば話は別だ。
「さてね、詳しくはわからない。オレは資格を剥奪された、元アルバじゃないかと睨んでいるが」
アーサーが無表情で自分の顎をコツコツと指で叩いた。その仕草は『そこは話のキモじゃない』とイラついているようで、紅葉は肩をそっとすくめた。
「また、魔術学校へ入学した全員が、アルバになれるわけではない。これも知ってるね?」
「はい、ショーンが言ってました。5分の1……多くても4分の1くらいの生徒しか合格しないとか……」
「残りはどうなると思う?」
「それは……アルバの元でお手伝いしたり、普通の仕事をしたり……役人になる人も多いって聞きました」
「そうだ」
ショーンの同級生は165人いて、卒業と同時にアルバになれた人は、ショーンを含めてたった3人だった。卒業後に何年もかけて試験にチャレンジするみたいだけど、途中で諦める人も多いだろう。
「大半の卒業生は真っ当に勤めているが、何かの際に、道を誤る者もいる」
「そういう人が、その組織にいると……?」
「そう。アルバを目指す子供、そしてアルバを諦めた大人……あるいは試験に合格し、実際にアルバになれた者も……いる」
「——アルバになった人も⁉︎」
「厄介な点は、全員が何らかの呪文を扱える、そして魔術業界に詳しいということだ。たとえアルバになれなくてもね」
アルバは、帝国から厳格な規律によって構成された魔術組織だ。
だから呪文という極めて “危険” なものも公然と扱うことができる。
それが無法者の手に渡り、なおかつ組織化されているとしたら——。
「…………ショーンは、存在を知っているんでしょうか」
「さあ。彼に聞くにしても、慎重に聞いた方がいい」
——たぶん、彼は知らない。そんな共通の認識がふたりの間の空気に流れた。
「あなたは……アーサーさんは誰から聞いたんですか?」
「親父だ。クレイト市でジャーナリストをしていた……今は、消息不明」
窓の外は燃えるように赤い夕陽の世界だった。
太鼓の音があちらこちらで鳴り始めている。
もうそろそろ北区の終業時刻のベルが鳴る頃だ。
「——誰が、何のために、そんな組織を作ったんですか?」
「それを知っていれば苦労はないねぇ」
アーサーが、灰皿の中にあったナッツの袋を掴んで開いた。「食うかい」と勧めてきたが、紅葉は丁重にお断りした。こんなスクープを聞かされて食欲などない。
「親父は長年、密かに追っていたようだが、詳細は教えてくれなかった。この件を聞いたのは10年前に一度きり。それ以降…父は……姿を消した」
「………10年前」
「そう、君の列車事件が起きる数ヶ月前だ。クレイト市の安宿で聞いた」
アーサーはナッツを美味そうにボリボリ食べはじめ、紅葉は食欲不振と香りの相乗効果で、気分がいっそう悪くなった。
「唯一、教えてもらったメンバーの名が——ユビキタス・ストゥルソン」
「っ、ユビキタス先生⁉︎」
昨日、先生が拘束されているらしいとショーンが言ってた。本当に彼が?
「組織に出入りしてたらしい。奴には気をつけろ——と」
「先生が……嘘!」
「10年前の当時、ユビキタスは次期町長として期待されていた頃だった。親父は秘密主義だったが……これだけは危機を察して教えてくれたのかもしれないな」
アーサーは袋を広げ、バサバサと欠片を口の中へ落とした。
紅葉は直接、学生として彼に教わったことはない。
だが偶に遊びに来て、喋ってくれた彼からは、そんな素ぶりは微塵も感じなかった。
ユビキタスはとても優しくて温かで、良い人だった。
「……アーサーさんは、お父さんから聞いたことを他の誰かに伝えたんですか」
「ハハハ。18歳の無職の男がひとり、何を言って誰が信じたと思う? 証拠もないのに」
彼はすっかり食べ終わったナッツの袋を、灰皿の中に丸めて捨てた。
「まあ、ひとりだけ信じてくれた人は、役場に就職してユビキタスを見張ってくれてたけどね」
「えっ、誰のこ……」
シーと、アーサーは人差し指を唇に当てた。紅葉は慌てて固く唇を結ぶ。
「……ふむ、ナッツも食べ終わったし、そろそろ最後にしよう。何か聞きたいことはあるかな?」
その組織は、アルバ志望の子供を集めて思想教育を行っているらしい。
「その…… 思想 って、何ですか?」
「────民族浄化」
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816700427277177820
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