4 町長の立派な金の尻尾
「ショーン様ぁ! お待たせいたしましたぞ!
お久しぶりですねえ! お元気そうで‼︎」
彼はゴツゴツした手でショーンの両手を鷲掴み、引きちぎれんばかりに振り回した。
「いえ、こちらこそ……お久しぶりです、町長」
「そうそう、お昼はいかがですかね。これからデル・コッサで、ルオーヌ州の新作ワインと鵞鳥のリブロースを頂くのですが、ご一緒に! いえいえ遠慮は入りませんよ‼︎」
「…………大丈夫です、結構です」
「おやショーン様は草食でしたね、失敬! もちろん新鮮な野菜をご用意させますよ。レタスですかキャベツですか、それともトウモロコシ? 今すぐ採って来させましょう‼︎」
「いえ……お昼は頂きましたので。恐れ入ります」
ドシーンと立派な金の尻尾で、絨毯をズシンズシンと叩き、
「若いんだから遠慮せず、どうですか一杯! デル・コッサのシェフも喜びますぞ‼︎」
レストラン『デル・コッサ』は、サウザスで最も高級な料理店だが、オーガスタスが一緒の席では、肉汁たっぷりのローストビーフも砂利の味しかしないだろう。
「すみません、先約がありまして。えー……もうすぐ待ち合わせの時間なんです」
という事にした。
しかし、町長は揉み手を擦り、ゴスゴスと太い尻尾を振っている。
「そうですか誠に遺憾な、いかんいかん! しかしショーン様、昨今のご働き拝見いたしましたよ、ウチのブロークンも非常にお世話になりまして! いやいや有り難い‼︎」
「……いえ、アルバとして当然の事をしたまでです」
「貴奴も尻もち程度で骨折するとは、なんてダラシないんでしょうねえ申しわけない! ショーン様が治してくださったおかげで、復帰が4日ほど早まりまして、無事に州会議に間に合いましたわ‼︎」
「……それは、何よりです」
ブロークンは彼の第3秘書だが、骨折の原因は、オーガスタスの分厚いワニの尾のせいだと聞いている。ふかふかソファに投げ出していた、自分の細い猿の尻尾をシュッと服の中に引っこめた。
「いやいや、この間の州会議で他の町長と話し合ったんですけどね! 改めて感じたことなんですが、サウザスのような小さな町に、アルバ様が常駐してらっしゃるのは非常に奇跡的なことなんですわ! いやありがたい、ありがたいですよお‼︎」
町長がショーンの肩をバンバン叩いた。
「いえ、他のアルバならともかく、僕にはそんな価値はないですよ……」
「イヤイヤイヤ、そんなことは仰らず! それよりまだあの汚らしい酒場に住んでらっしゃるとか。いけませんなあ、アルバ様にふさわしい家を見繕いますぞ‼︎」
「いえ、まだそんなお金もないので」
「何を何を、そんな時こそここ! サウザス銀行ですよッ! 特別低金利で構いませんので勉強させていただきます‼︎」
「ハハハ……さっすがぁ……」
金鰐族のオーガスタス・リッチモンド。
彼はサウザス銀行の元頭取である。第55代町長の地位についてもなお、銀行を我城のごとく、顎で使い続けている。サウザスで古くから続く金融家の家に生まれ、金勘定に関してはこと鋭く、現職について以降も、財務関係を厳しく見直し、町の財政を立て直した。
彼の政策により町の住環境は潤ったのだが、サウザス住民の資産状況はすべて彼の手の中にあり、何かと不快感の高い人間である。また、彼のせいで闇市場が活発化しているという噂もある。
町長からは、アルバとして現在これ以上ないほどの高待遇を受けているが、むろんショーンは苦手な相手だった。
「すみません、もう先約の時間でして……帰らないと…っ!」
「こちらこそお待ちいただいて申し訳ありませんな! いやこれから私も『デル・コッサ』でランチの後、財政会議に政策協議に、夕食の後は市場の連中と『ボティッチェリ』で懇親会も入ってまして‼︎」
「大変ですね。僕もすぐお暇しないと」
「ええもちろん! 今後ともサウザスのために、よろしくお願いいたしますぞ‼︎」
「ハイ、それは、もちろん、ええ‼︎‼︎」
ショーンは銀行を飛び出した後、中央通りを夢中で突っきり、デル・コッサから遠く離れた、東区の見知らぬ喫茶店へと駆けこんだ。
「はあ……銀行なんて行くんじゃなかった」
ショーンは恐ろしい空間から解放されて、ガックリと机に突っ伏した。黄金のお宝が沈むナイルの川底に、石で縛られ沈められたかのようだった。
「そうだ、次に行く時は町議会中に行こう……それなら絶対会わなくて済む」
「ご注文は? お客さん」
カウンター奥の店主に声を掛けられた。
「えっ、そうだな……ファンロン州の緑山茶か菊水茶を……」
「あのな、ウチは『デル・コッサ』じゃないんだ。お客さん」
そんな洒落たもんあるか、と店主にどやされた。ラタ・タッタにはあるのに……と情けなくボヤきながら、メニュー表をしっかり読んで、飲み物と食べ物をそれぞれ頼んだ。
青空床屋の裏手にある、小さな狭い喫茶店『メロウムーン』。
中央通りから店先が見えるため、ショーンも存在だけは知っていた。
店主は、黒いエプロンをつけた髭面の羆熊男で、注文の品を手早く作り、数分と待たずに運んできた。ボウルいっぱいのクレソン草とビール麦のサラダに、アップルサイダー。刃先の欠けた傷だらけのフォークで頬張りながら、ショーンは店内を見回した。
バーカウンターに椅子が4脚、窓辺のカウンターに3脚。それと小テーブルがひとつだけ。店主はマイペースに麦煙草を吹かし、コーヒーを淹れている。壁にはバンドのポスターにレコードジャケット。店主は音楽好きのようだ。
東区らしい小汚い雰囲気だが、掃除は意外といき届いている。客はハンチング帽をかぶった男がひとり、隅で新聞を読んでいた。カウンター奥のラジオからは、デッカーのヒット曲が、ギャリバーのCMと共に延々と流れている。
店内をひと通り見終わったところで食事が終わった。悪くない味だった。
今の時刻は、午後1時15分。約束の時間までには、もう少し時間がある。
「市場にでも行ってみるか……」
もしかしたら、リュカにも会えるかも。
ショーンは、4ドミーをジャラリと置いて、店を立った。
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