23-8 きっとずっと特別な
気付けば、いつもの第三資料室だった。
目の前の長机には、細長いプレイマットが広がっている。その周囲には賑やかなお店のカードが並んで、それぞれのお店には色とりどりのドラゴンのカードが並んでいる。
お肉屋さんの「ドラコ・ベル」。パン屋さんの「クリティカル・ロール」。ドリンク屋さんの「ポータブルポーション」。
そんなお店で働くドラゴンたち。パン。スキュアート。フランベ。エルダーベリー。シェール。ムーンビーム。
目の前には伝説ドラゴン。スパークル。トゥインクル。コンカース。マッチズ。ブブ。
せっかくの伝説ドラゴンだったのに、タリスマンの能力を使うことはできなかった。それはちょっと残念だったかも。
お店のカードも、ドラゴンのカードも、同じものは一つもなくて、全部に名前が付いている。だから余計に、ゲームの中で喋ったドラゴンのことを思い出せるような、そんな気がしていた。
余韻とともに息を吐く。
「お疲れ様、
隣からかけられた声に振り向けば、
「ありがとう。途中でうまくいかなかったとき、角くんがいつも励ましてくれて……だからうまくいった気がする」
「ううん、俺は何も。今回はほとんど、瑠々ちゃん一人で考えて、選んでたよね。俺はただ、隣で楽しんでいただけだよ」
角くんの言葉に、今日のゲームを思い返してみる。
言われてみれば今日は、角くんからのアドバイスがあまりなかったような気がする。
そうか、わたしは一人でプレイできてたのか。
それは嬉しくて、くすぐったくて、でもちょっと寂しかった。
それでもわたしは、角くんに隣にいて欲しいなって思ったし、角くんが隣にいてくれたから最後までプレイできたんだって、思ってたから。
「瑠々ちゃんも楽しそうにしてたし、俺も楽しかったし、称号も手に入ったし、良いゲームだったと思うよ」
角くんの言葉を否定したいわけじゃない。でも、なんだか素直に頷けなくて、自分の気持ちがよくわからなくなって、瞬きをして角くんを見上げる。
不思議そうな顔で、角くんが首を傾ける。
「どうかした?」
「どうもしないけど」
首を振ってはみたものの、言葉の続きは出てこなかった。
一人でプレイできたこと。ゲームの中で称号をもらえたこと。角くんがそれを認めてくれたことは、なんだか、角くんに「もう一人で大丈夫だね」って言われたみたいな、そんな気がしていた。
それがなんでこんなに苦しいのか、自分でもわからないまま、気付けば手を伸ばして角くんの制服を掴んでいた。
「瑠々ちゃん!?」
慌てたような角くんの声。それでもわたしは手を離せなかった。手を離したら置いていかれる気がしていた。
「わたし、わたし……角くんと一緒が良い」
「え、あの、えっと、それはどういう意味……?」
見上げれば、角くんはうろたえた顔でわたしを見下ろしていた。その両手が、どうして良いかわからないみたいに、宙をさまよっている。
わたしはぎゅっと手に力を込める。
「角くんと一緒にボードゲームするの、楽しくて。終わるの……嫌だ」
なぜだか感情が昂ぶって、勝手に涙が出てきてしまった。
自分が泣いてるのに、悲しいのかなんなのか、自分でもよくわからなかった。
「え、ちょっ、瑠々ちゃん!?」
「わたし……だって……これは部活だし、受験だとか、高校三年だしとか、そういうのもわかるけど、でも、終わっちゃうなんて嫌。ずっと、ずっと、角くんと二人で遊んでたい」
ボードゲームを扱うときよりもずっと慎重な手つきで、角くんの大きな手がわたしの肩に置かれた。その体温がじんわりと、制服越しに温かく伝わってきた。
拒まれなかったのを良いことに、わたしはそのまま、角くんの制服に顔を押し付けて、泣き続けた。
角くんは黙って、わたしが泣き止むのを待っていてくれた。
気持ちが落ち着いてきて、なんだか少し恥ずかしくなってきて、それでおずおずと手から力を抜いたら、角くんもわたしの肩から手をおろした。
ハンカチを出して、ぐしゃぐしゃの顔を拭いて、俯いたままぐずっとすすりあげた。
「ごめん。急に泣いちゃったりして。自分でも、なんだかよくわからなくて」
「俺は別に……その、大丈夫?」
俯いたまま小さく頷く。
「なら良いんだけど。……俺もね、ずっと二人で遊べたらって、思うよ」
角くんの言葉にもう一度頷いて、口を開く。
「あのね。ボドゲ部は部活だし、わたしたちは高校生だし、こういうのもいつか終わっちゃうって……わかってはいるから」
うん、わたしはちゃんとわかっている。
でもどうして、こんなに苦しいのか。寂しいのか。
こんなに泣くほど。
角くんを見上げると、困ったような微笑みと目が合った。
その黒い瞳を見て、ああ、そうかと、頭の中で全部繋がってしまった。
そうだ、きっとわたしにとって角くんは──。
「ともかく今日は、片付けて帰ろうか」
角くんの言葉に、姿勢を良くする。二人で向かい合って「ありがとうございました」と頭を下げる。
それで二人で散らばったカードだとか駒だとかチップだとかを片付ける。
片付けの合間に、そっと角くんの様子を伺う。
いつもみたいに丁寧な手付きでドラゴンたちのカードをまとめている。
その横顔。
真っ黒い髪の、ひょろりと背の高い、クラスの中では地味な男の子。ボードゲームが大好きな男の子。
わたしにとって角くんは、きっと特別な人なんだ。
いつからかはわからないけど、きっとずっと、特別だったんだ。ただわたしに、その覚悟がなかっただけで。
その気付きに、わたしはうろたえたし、自分でもびっくりしたし、落ち着かなくなったし、それだけじゃなくて、胸がざわめくような高鳴るような、そんな気分になった。
わたしは魔法のカードを片付けながら、その魔法の光がきらきらと輝くのを思い出す。その光を見上げる角くんの横顔も思い出す。
わたしのボードゲームの思い出は全部、角くんと繋がっていた。
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