22-3 いつも通りの

 最初はわたしからだった。紙に描かれた端切れは選べるけど、どうやって買うんだろうと思っていたら、ドアがノックされた。

 開けたら、誰もいない。外は雪景色だ。冬の冷たい空気が部屋に入り込んでくる。


「ここです、ここ!」


 足元から声がして、見下ろせばそこにリスがいた。体の割に大きな肩掛け鞄を脇に下げている。

 状況が飲み込めなくて瞬きしているうちに、リスは部屋の中に入ってきて、するすると椅子に登り、そこからテーブルの上に飛び乗った。

 わたしは慌ててドアを閉めて、それからテーブルに戻る。かどくんもぽかんとした顔でリスを見詰めていた。


「今回の商品はこちらです」


 リスがそう言って、器用な手付きで鞄から端切れ布を三枚出して並べた。それは、さっき紙で見たのと同じ形の端切れ布だ。

 赤と黄色のストライプの間にトナカイが並んでいる模様の、四角に出っ張りがついたような形の端切れ。値札はボタンが二つ、時間が二マス。

 クリスマスカラーの緑色のL字の端切れ。ボタンが二つ縫い付けられている。これの値段はボタンが四つ、時間が六マス。

 最後はもみの木みたいな緑色の、T字と呼ぶには少しバランスの悪い──どちらかと言えばカタカナのトみたいな形の端切れだ。ボタンが一つ縫い付けられていて、値札はボタンが三つと時間が四マス。

 どうやらこのリスから端切れ布を買うらしい。かどくんと顔を見合わせて、ふふっと笑い合って、また二人で端切れを眺める。


瑠々るるちゃん、最初はどうしようか」

「収入が大事なのかなって思って、だからボタンが付いている端切れを買えば良いのかなって思ったんだけど」


 隣を見上げて「どうかな」と聞けば、かどくんは微笑んで頷いた。


「うん、良いと思う。って言っても、俺もこのゲーム、そんなに自信ないんだよね」


 いつも「大丈夫」って言ってくれるかどくんが、珍しくそんなことを言い出した。


「俺も、このゲームで勝てたことあんまりなくて。良いゲームだし、好きなゲームでもあるんだけど、やっぱり強い人が勝つゲームなんだよね。強い人相手だとだいたい負ける。だから、もしかしたらあんまり役に立たないかも」


 かどくんは申し訳なさそうに眉を寄せると、気まずそうに目を伏せて、髪をぐしゃりと掻き上げた。わたしは慌てて首を振る。


「そんなことない」


 かどくんが少し目を見開いて、わたしを見下ろした。それを真っ直ぐに見上げて、わたしは言葉を続ける。


「難しいゲームだって言うから、わたし不安で。かどくんが隣にいてくれて良かったって思ってて。それに、わたしの方がゲームのことわからないんだし、いつもみたいに助けてもらえたら嬉しいし。それに、それだけじゃなくて、一緒に遊べたら嬉しいよ」


 ゆっくりと、ほっとしたように、かどくんが目を細めた。そして、嬉しそうに頷く。


「ありがとう。そうだね、一緒に考えようか」


 わたしがそれに頷いたとき、コホンと小さな咳払いが聞こえた。

 振り向けば、リスが小さな足でたんたん、とテーブルを叩いていた。


「お買い上げの商品はお決まりですか?」


 わたしはかどくんと顔を見合わせて小さく笑い合うと、それから改めて端切れ布を選び始めた。




「最後にボタンの数が多い方が勝ちなんだよね」


 並んだ端切れ布を眺めながらそう言えば、かどくんはいつもみたいに頷いた。


「そうだね」

「だったら、やっぱり収入を増やすのが良いよね」

「うん、基本的には良いと思うよ。今なら、これか、これだね」


 かどくんが緑色の端切れを順番に指差す。収入が増える方が良いんだから、ボタンが二つ縫い付けられたL字の端切れの方が良い。でも、値段がボタン四つと時間六マスだ。

 トの字の端切れなら、値段がボタン三つと時間四マスで済む。でも、縫い付けられたボタンは一つ。


かどくんだったらどっちを選ぶ?」

「んー……そうだな。四マスだと、収入のマスの手前で止まっちゃうから、次の端切れの値段によっては買えなくなる可能性があるかな、とは思ってる」

「端切れが買えない場合ってどうするの?」

「買えない場合や買いたくない場合は、パスができる。パスしたら、時間ボードで相手より一マス先まで進んで、進んだ分のボタンがもらえる」

「パスって、あまりしない方が良いんだよね?」

「そうとも言えないかな。状況によるよ。うまい人は良いタイミングでパスをするんだ。でも、意図しないパスを避けた方が良いのは確かだね」


 収入は、四マス目から五マス目の間だ。六マス進めば、そのまま収入のボタンがもらえる。

 たっぷり悩んで、リスに何度か催促されながら、わたしはようやくL字の端切れを手に取った。

 隣を見上げれば、かどくんも頷いてくれた。


「そちら、お買い上げですね。お値段はボタン四つです」

「はい」


 ボタン入れの小箱からボタンを四つ出して、リスの前に置く。リスはそのボタンを鞄にしまって、残りの端切れも鞄にしまった。

 それから、何かを考えるように尻尾をゆらゆらと揺らして、今度は鞄からボタンを二つ出した。


「それでは、これが今回の収入です」

「あ、えっと、ありがとうございます」


 差し出されたボタン二つを受け取ると、リスは満足そうに頷いて、テーブルをするすると降りていった。

 入り口のドアを開ければ、そのまま雪の中に去っていった。




 緑のL字の端切れは、布地の左下の角に縫い付けることにした。

 ひょっとして針と糸で自分で縫い付けないといけないんだろうか。お裁縫なんて、家庭科の時間にしかやったことないんだけど。

 そう思っていたら、針山に刺さっていた銀の針が勝手に動き出した。そして、裁縫道具の中にあった生成りの糸も動き出す。

 生成りの糸が針の穴に通って、銀の針が優しく布地に刺さる。そして、ゆっくりとした足並みで、緑の端切れを布地に縫い付け始めた。

 かどくんとわたしは、リスがやってきたときと同じ表情で顔を見合わせた。

 それから二人で吹き出して、笑い合った。

 時間ボードの上で、駒は金と銀の糸で刺繍されていた。

 わたしが行動したからか、金色の糸がするすると解けていった。針山からやってきた針がその糸を六マス先に縫い付け始める。

 端切れ布を縫い付ける針の動きも止まらない。

 窓の外は雪景色。暖炉は相変わらず炎が暖かく揺れている。

 隣にはかどくんが座っていて、いつも通りの楽しそうな顔で針が動く様子を眺めていた。ふ、とわたしの視線に気付いたのか、かどくんがこちらを見る。

 目が合って、柔らかく微笑まれた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る