13-2 『「新」がつく地名のところで』『高級なものを探そう』

 電車から降りて、角くんは迷うことなく歩き始めた。


「どこに行くの?」

「入りやすくて、でも『高級なもの』もありそうで、楽しい場所」


 人混みの中、そう言われて辿り着いたのは、緑のロゴの有名なお店だった。生活雑貨店、と呼んで良いんだろうか。ちょっとした小物雑貨、趣味のもの、家具だとかDIYの材料まであるような、それが何フロアにもなっている大きな店舗だ。

 なんでもありそうで、確かに角くんの言う通りの場所だった。

 バッグや旅行用品、アウトドア用品まで並んでいるフロアを二人で見て回る。

 角くんがいつも背負っている──今日はさすがに背負ってないけど──カホンバッグは見当たらなかった。わたしが普段使ってるのと同じブランドのバッグが並んでいて、角くんが「大須さんのバッグ、これだったよね」なんて指を差す。ゲーム中もそうだけど、角くんは周囲をよく見てるし、よく覚えている。

 それよりも高級たかいバッグも並んでいた。機能性のすごいらしきもの、素材の違い、あとはどこかの職人さんの手作りみたいなもの。高級たかいにもいろいろある。

 何気なく「これ、角くんに似合いそう」なんて指差したら、角くんはちらりと値札を見て「さすがにこの値段は買えない」と首を振った。買える値段だったら買うつもりだったんだろうか。

 便利な旅行用品を眺めたり。アウトドア用品は見慣れないものだから値段の想像がつかなくて、意外なものが高価たかかったりして面白かった。お財布も値段がいろいろあった。高級たかいものは本当に、びっくりするくらい高価たかい。当たり前だけど。


「これって『高級なもの』を見付けたことになるよね」


 並んだお財布の前で隣の角くんを見上げてそう言ったら、角くんは笑って頷いた。


「そうだね。定義は特にないから、自分が見付けたと思えば達成なんだけど」

「え、それで良いの?」

「自分が楽しいように決めたら良いんだよ。そういうゲーム」


 そんなで良いんだろうかと首を傾けると、角くんはふふっと笑った。


「俺は普段は『高級なもの』を探すつもりで店を見て回ったりしないから、今日のこれは割と新鮮な体験だし、楽しいんだけど。大須さんは、どう?」


 わたしはちょっと考えてから口を開く。


「楽しいって言えば楽しい、けど……」

「このゲームで遊んでなければ、こうして見て回ったりとかもなかっただろうし、そう考えたらこの『楽しい』はゲームのおかげだって思うんだよね」

「そう、なのかもだけど」


 わたしのはっきりしない物言いにも、角くんは嫌な顔をしなかった。ちょっと考え込むように黙った後に、わたしを見下ろしていつもみたいに穏やかに笑った。


「まあ、楽しいんならそれで良いんじゃないかな」


 角くんの言葉に頷いてはみたものの、なんだかまだぴんときてはいなかった。わたしの表情を見て、角くんはまた黙ってしまう。そうやってしばらくの沈黙の後、角くんが「じゃあ」と声を出した。


「せっかくだから他のフロアも見てみようか。面白いものが見付かるかもしれないし」


 角くんはわたしを見下ろして、いつもみたいに穏やかに微笑んだ。




 エスカレーターに乗って上のフロアにも行ってみる。

 良い香りの石鹸。とても高価たかい、手触りの良さそうなタオル。可愛いマグカップ、お揃いのデザインのお皿もあったけど、何気なく値段を見て思っていたよりも高価たかくてびっくりしたり。

 調理器具とかお菓子の材料なんかも置いてあった。タルト型を見付けて、角くんに「こういうの使ってるの?」と聞いてみる。


「タルトだと、生地から焼くことはしてないよ。出来合いのタルト生地買っちゃってるから、それにクリーム流し込んで……本当に材料乗っけてるだけだから」


 他にどんなの作れるの、と聞いたら、角くんは近くにあったマフィンカップを見て「マフィンは割と楽な方」なんて言った。


「ホットケーキミックス使って材料混ぜるだけだよ。後、チョコチップとかナッツとかバリエーションも楽だし。失敗するポイントが少ないんだよね」

「チョコチップマフィン良いな、美味しいよね」


 角くんは何度か瞬きをして小さく「そうか」と呟くと、マフィンカップを手にとってレジに行ってしまった。

 ひょっとして作るつもりなんだろうか。今の、わたしがねだったみたいになったのかな、だったらお礼を言った方が良いんだろうか。でも、角くんの意図がわからないから、急にお礼を言うのも変だろうか。

 レジから戻った角くんは何事もなかったかのような顔をしていて、わたしは真意を聞けないままだ。




 そんな感じでいくつかのフロアを見ていってる途中に、ボードゲームのコーナーを見付けてしまった。角くんがちょっと足を止めて、その光景を眺める。

 かなりのスペースに棚がいくつも並んで、そこにたくさんのボードゲームが並んでいる。

 角くんがいつもたくさんのボードゲームを取っ替え引っ替え持ち歩いているのは知っていたし、兄さんの部屋にたくさんのボードゲームが並んでいるのも知っていた。だから、ボードゲームっていうものがたくさんあるってことは知っていたつもりだけど──最初に思ったのは「こんなにたくさんあるんだ」ってことだった。

 そして次には、こんなにたくさんボードゲームがあって、どこかに入り込んだらどうしようって思ってしまう。不安になって、いつもの癖で角くんの上着の裾を掴んでしまった。掴んでから、ここはゲームの中じゃなかったと思って、慌てて離す。

 角くんはわたしの手を見下ろしたので、わたしのその動きには気付いたはずだけど、何も言わないでいてくれた。そのまま何も気付かなかったみたいに歩き出そうとするものだから、わたしは慌ててもう一度上着の裾を掴んだ。


「待って。角くん、見たいんじゃないの?」


 角くんは足を止めて、ボードゲーム売り場とわたしの顔とわたしの手を順番に見て、溜息をついた。わたしは慌てて、また角くんの上着の裾を離す。


「いや、まあ、見たいかって聞かれたら見たいけど、別に今日ここでじゃなくても良いし。大須さんこそ、ボドゲ売り場に近付くの、嫌なのかと思ったけど」

「それは……中に入っちゃったらどうしようって思ってるけど。いつもと違って、どんなゲームかもわからないし」

「まあ、そこはなんとなく大丈夫な気はしてるんだけどね。でも、だからって大須さんが楽しくないんなら」

「え、待って、大丈夫ってどういうこと?」

「ああ……うん」


 角くんは困ったように、後頭部の髪を掻き上げた。


「根拠も確証もない話だけど、今は『さんぽ神』のプレイ中だから、他のゲームに入ったりしないんじゃないかなって。あとは……今までは『遊べる状態』のゲームにしか入ったことがなかったから。売り物のゲームは『遊べない状態』だから、大丈夫なんじゃないかって思っただけ」


 瞬きをして、角くんの言葉を整理する。

 ゲームのプレイ中は、他のゲームには入り込まないってこと? 今まで、そんなことを試したことがなかった──違う、考えたこともなかったんだ。それに『遊べる状態』ってどういうことだろう。

 でもそうか、テレビゲームだとか今遊んでる『さんぽ神』には入り込まないように、ゲームの世界に入り込んじゃうのには条件があるんだ。角くんはもしかしたら、その条件に気付いているんだろうか。

 黙り込んでしまったわたしに、角くんの溜息が降ってくる。


「ごめん。変なこと言った。気にしないで、俺が勝手にいろいろ考えちゃってるだけだから」


 わたしは首を振って、角くんを見上げる。


「あの、ごめん、わたしも黙っちゃって。今まで、そんなこと考えたこともなかったから……ただ、ゲームが怖くて嫌で、ずっと避けてただけで。どんなときに入り込んじゃうか、考えたら自分でもよくわかってないなって」

「それはまあ、仕方ないんじゃないかな。俺は当事者じゃないから、こうやっていろいろ考えられてるんだと思うよ」


 角くんはそう言ってちょっと笑う。


「あと、こういう、基準を探るとかルールを推理するとか、そういうことをついやっちゃうんだよね。癖みたいなもので、だから……その、嫌だったらごめん」

「嫌じゃないけど……今まであまり考えたことなかったから、ちょっとびっくりしただけ」


 そう、びっくりしただけ。わたしは自分の言葉に頷いて、また角くんを見上げた。


「せっかく来たんだから、見ていこう」


 角くんがちょっと驚いたように、瞬きをする。


「それは……大須さんが、嫌じゃないなら」

「だって、大丈夫なんだよね」

「根拠はないよ。本当に大丈夫かわからないし」

「うん、でも、わたしも大丈夫だと思ったから。それに、角くんは見たいんだよね」


 角くんは困ったように視線を逸らして、もう一度「大須さんが嫌じゃないなら」と口にした。




 ボードゲームの数は多くて、わたしにはなんだかわからない。それでも角くんが隣で、あれこれと話してくれた。


「あ、これ箱が可愛い」

「これは海の底に潜って財宝を集めて戻ってくるゲーム。財宝を拾いすぎると進みも遅くなって、あとは空気がなくなるまでに戻ってこないと財宝がなくなっちゃう」

「可愛い割に大変そうなゲームだね」

「チキンレースみたいな感じかな、面白いゲームだよ。あ、でも、確かに大須さんと遊ぶのは大変かもね」

「こっちに並んでるのは?」

「これは演技するゲーム。指定のセリフを言って、どのシチュエーションか当ててもらうんだ。こっちは、カタカナの言葉をカタカナの言葉を使わずに説明して当ててもらうゲーム。こっちは、文字のカードを並べて新しい擬音を作って、それがどんな擬音なのかみんなで考えるっていうゲーム」


 そんなふうに棚を眺めて、ふと、ボードゲームの棚の近くのスペースにテーブルと椅子のセットが展示されていることに気付いた。綺麗に磨かれた、滑らかな木の色合い。家具のフロアじゃなくてどうしてここに、と思って見ていたら、角くんが展示の商品プレートを指差した。


「これ、ボドゲ用のテーブルなんだよ」

「ボードゲーム用?」

「テーブルトップの板を取り外すとスエードになってて、カードを置いてもめくりやすいし、ダイスも転がしやすい。あと、ドリンクホルダーが作り付けになってて」

「ドリンクホルダー?」

「飲み物が結露するとテーブルが濡れて、それでコンポーネントが濡れたりするから。それに、うっかり倒したりすると大惨事だし」

「そうなんだ」


 角くんが指差す先を覗き込んで、その値段にちょっとびっくりする。いや、でも、家具ってこんな値段がするものなんだっけ。わたしはそのテーブルが家具のフロアに並んでいるところを想像して、どうだったっけ、と考える。


「ボードが大きめのゲームでも、並べられるっぽいんだよね。やっぱりかっこいいな」

「ボードゲーマーの欲しいものだったりする?」

「え、どうだろう。欲しいかって言われると……俺は買っても自分の部屋には置けないし、置いたところで家に人を呼んで遊ぶとかもないし。まあそもそも高価たかいから、あんまり現実的には考えてない、かな」

「そんなものか」


 角くんは商品プレートを眺めてから、何を考えたのかふふっと笑った。


「まあ、憧れはあるけどね。だから、そのうち広い部屋に暮らすようになってさ、こういうテーブルを置いたりする未来もあるのかもだけど。少なくとも、今の俺には『高級』すぎるよ」




 ところで、その店の住所は実は新宿区ではなく渋谷区らしい。地名に「新」がついていないことに、後から角くんが気付いてしまった。二人で気まずく顔を見合わせて、しばらくの沈黙の後に角くんが「広い意味では『新宿』だと思う」って言い出した。わたしは笑ってしまった。

 それでわたしたちは、『「新」がつく地名のところで』『高級なものを探そう』を達成したことにした。地名はともかく、わたしたちはたくさんの『高級なもの』を探して、見付けたと思う。




 □ □ □


 ボードゲーム用のゲーミングテーブル、以前はモデルにしたお店のボドゲコーナーで実際に展示・販売されていたのですが、最近は置いてないようです。

 ゲーミングテーブル自体はまだ製造・販売されているようですので、気になった方は検索などしてみてください。ボドゲ用テーブルにドリンクホルダーは大事です。

 あ、広いボドゲコーナーは2021年12月時点でまだあります! お近くにお越しの際は是非!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る