8-2 オーストラリア
テーブルの上に地図を広げて、その上にチケットを並べて、ルールブックを手に、
「改めて言うと、これは『ブーメラン・オーストラリア』っていって、オーストラリアを旅行してたくさん観光するゲーム。一番充実した旅行をできた人が勝ち」
「充実した旅行って何? カンガルーを見るのとか、関係してるの?」
わたしが疑問を口にすれば、角くんは大きく頷いた。
「ゲームだからね、旅行の充実度が点数化されてるんだ。カンガルーも関係してるけど……じゃあ、点数から説明していこうかな」
少し考えてから、角くんは広げてあるオーストラリアの地図を指差した。いくつかの色に塗り分けられていて、それぞれの色の中にはアルファベットが書かれている。
「この地図にあるアルファベットは、それぞれ観光地を示してる。さっきの『
角くんの指先が、オーストラリアの下側真ん中の緑色の部分を示した。そこには『M』『N』『O』『P』の四つのアルファベットが書かれていた。
「ゲーム中、行った場所一箇所につき一点。同じ場所に何回行っても、一箇所一点まで」
「同じところに何度行っても点数にはならないってことだよね?」
「そういうこと」
角くんは頷いてから、その緑色で塗られた地域をぐるりと指先でなぞった。
「で、もう一つ。この色分けされた地域……オーストラリアの州なんだけど、州にある四つの観光地を全部巡ると、ボーナスで三点」
「できるだけ同じ州の観光地に行った方が良いってこと?」
「そう。さらに、このボーナスは早い者勝ち。この緑色の地域は『
「早い者勝ち」
「同時なら、コンプリートした全員が三点もらえる。ここまで大丈夫?」
角くんの問いかけに頷く。早い者勝ちの要素もあるけど、まずはできるだけいろんな場所に行けば良いってことはわかった。
「じゃあ、次の得点要素の説明。緑の丸のマーク覚えてる?」
「グレートバリアリーフのカードにあったよね。花のマーク」
「そう。あれはコレクションて言って……お土産だね。これはまず、書かれた数字を合計する。『葉っぱ』は一、『野花』は二、『貝殻』は三、箱のマークの『お土産』は五」
「その数字が点数ってこと?」
「それがちょっと違うんだ。八以上の場合は合計値がそのまま点数なんだけど、一から七の時は合計値の倍が点数になる」
「どういうこと?」
眉を寄せると、角くんはふふっと笑った。
「お土産を買いすぎると、帰りの荷物が重くなっちゃうからペナルティ。もし合計が八になってしまったらそれはそのまま八点、だけど七なら倍になって十四点。集めすぎないように気をつけた方が効率が良いってこと」
「なんだか、急に難しくなってない?」
「集めたいけどたくさんはいらないって良いジレンマだよね」
ジレンマ。この言葉も、角くんの口から時々出てくる言葉だ。どちらもやらないといけないけど一つしか選べないとか、得点のために不利な行動をしないといけないとか、そういうことらしい。
大抵はすごく悩むし、なかなか決められない。でも、角くんはすごく楽しそうにその言葉を口にする。「悩んだり苦しんだりするのが楽しい」のだそうだ。
不思議だなと思いつつ、でもわたしも最近は少しわかるような気がする。すごく悩んだ上で「こっち」って選ぶのは、確かに少し気分が良い。間違ったらどうしようとか失敗したらどうしようって思うと、怖いことでもあるんだけど。
「さ、次はカンガルーの説明」
「本当にカンガルーなんだ」
「カンガルー以外もいるよ。黄色いひし形のマークは、オーストラリア特有の動物」
カンガルー注意の看板みたいなあれだ。わたしが頷くと、角くんは言葉を続けた。
「動物は全部で五種類。『カンガルー』が三点、『エミュー』が四点、『ウォンバット』が五点、『コアラ』が七点、『カモノハシ』が九点」
「集めたら点数?」
「そうなんだけど、ちょっと条件があって。動物はマーク二つ毎にその点数。例えば『カンガルー』マークが二つなら三点で、三つでも三点。四つならマーク二つが二組で六点。一つだけだと点数にならないから気をつけて」
「二つでセットってことか。わかった」
角くんの指先が、今度は地図の上に並んだ白い四角の中をさまよう。その中にある、四つ並んだ青い四角と、その下にやっぱり四つ並んだ白い四角。青い四角の中にはそれぞれ、ブーメラン、歩いている人、泳いでいる人、それから写真のマークが描かれていた。
「この青いマークはアクティビティ。『ブーメラン』『ハイキング』『水泳』『観光』の四種類。これは同じマークをたくさん集めた方が得点が高くなる。一枚だと点数にならないけど、二枚だと二点、三枚だと四点、四枚だと七点。単純な掛け算じゃないから気をつけてね」
その並んだ四角の下には、その点数表も書かれていた。五枚なら十点、六枚なら十五点。
角くんは地図に向けていた指先を持ち上げて、ぴんと立ててみせた。
「それともう一つ注意。一ラウンドで点数になるのはこの中のどれか一つだけ。さらに、一回点数として選んだマークは、次以降のラウンドではもう点数にならない」
「どういうこと?」
「例えば、最初のラウンドで『ハイキング』が一つと『水泳』が三つだったとする。どっちかしか選べないなら、どっちを選ぶ?」
「一つだけだと点数にならないんだよね? だったら『水泳』を選ぶんじゃない?」
「そうだね。『水泳』が三つで四点。で、ここで『水泳』を選んだら、二ラウンド目以降でどれだけ『水泳』のマークを集めても、もうそれは点数として選べない」
「あ、そういうことか」
わたしは角くんに頷いてみせてから、テーブルに視線を戻して、並んだ四つの青いマークを見た。そして、ふと気付く。
「マークって四つしかないんだよね。選ぶマークがなくなったらどうなるの?」
「このゲームは全部で四ラウンド。一ラウンドに一つのアクティビティを選んで、ちょうどだね」
「ちょうど……でもそれって、最後のラウンドはもう一種類しか残ってないよね。選択肢がないってことじゃない?」
「あ、気付いた?」
疑問を口にしたら、角くんはそれはそれは嬉しそうな顔になった。
「そうなんだよ。最後のラウンドは、点数になる観光地も減るし、アクティビティも選択肢がないし、かといって他の点数要素もあるし、他の人には渡したくないしで、本当に選択が苦しくて悩ましくてね、楽しいんだよ」
正直、今のどこにそんなに嬉しそうにする要素があったのか、わたしにはちょっとよくわからなかった。けれど、ルールは理解できたので、わたしは角くんの饒舌さに頷きを返しておいた。
角くんは最後にふふっと笑って、それからルール説明──インストに戻った。
「で、点数要素はもう一つあるんだけど、先にゲームの進め方を説明するね」
地図の上に広げられた七枚のチケットを、角くんはまとめて持ち上げた。
「このゲームでは、最初に全員に七枚のカードが配られる。今は、このチケットだね。自分に配られた中から欲しいと思った一枚を取って、残りを左隣のプレイヤーに渡す」
「隣の……?」
この状況で、隣のプレイヤーっていうのはどうしたら良いのだろうかと不安になって、周囲を見回す。周囲の席には観光客のような人たちがいるけれど、誰がプレイヤーなのかはわからない。
「俺も正直、その辺りのルールがこの世界でどう表現されるかはわからないけど……まあ、ゲームが始まったらわかるんじゃないかな、多分」
「大丈夫なのかな……言葉も通じるのかわからないし」
「これまでも、ゲームの進行に困ったことはなかったし、大丈夫だと思うよ」
角くんがどうしてそこまでゲームの世界を信頼できるのか、わたしにはよくわからない。けど、思い返してみれば確かに、ゲームを最後まで遊べなかったことはなかった。最後まで遊ばないとこの世界から出られないってことは、最後まで遊べるようになってるってことなのかもしれない。
それ以上考えると怖くなってしまいそうだったので、わたしは軽く首を振って、不安を頭から追い出した。今はルールを聞くことに集中しようと、角くんを見る。
角くんは首を傾けて、もう一度「大丈夫だと思うよ」と言ってから、説明を続けた。
「ゲームのルールとしては、その繰り返し。右隣から回ってきたカード……チケットからまた一枚を選んで、残りを左隣に渡す。それをチケットがなくなるまで繰り返す。七枚のチケットを選び終えたら、得点計算」
「え、それだけ……?」
「そう、一枚選ぶだけ」
「また『簡単でしょ?』って言うやつだよね、これ」
わたしの言葉に、角くんはちょっと目を見開いてわたしを見ると、それからふふっと笑った。
「本当に簡単でしょ? でも、一枚選ぶだけなのにすごく悩ましくてね、楽しいんだよ」
さっきから角くんは本当に、随分と楽しそうだ。オーストラリア旅行に浮かれているだけでもなくて、このゲームのことがそれだけ好きで、だからそれも楽しみなのかもしれない。
角くんは、持ち上げていたチケットから一枚選んで、それを裏向きに自分の前に置いた。
「ただ、最初の一枚、これはちょっと特殊。スローカードって言って、さっき後回しにした得点要素なんだ。最初の行き先は非公開で、ゲームだと裏向きに置くことになってる」
それから、残りのチケットを今度は表向きに、その隣に並べてゆく。最後の七枚目を置いて、それを指差す。
「七枚目、最後の一枚はキャッチカード。キャッチカードが置かれたら、ラウンド終了で得点計算。スローカードを公開する」
角くんが、最初に置いた一枚目を表に向けた。
「スローカードで選んだカードの数字と、キャッチカードで選んだカードの数字を比べて、その差が得点になる。この並びだと、『7』と『4』で三点だね」
差が点数になるってことは、最初に大きな数を選んでおいて最後に小さい数になるようにするとか? でも、最後にちょうど良くそんなカードが残ったりするものだろうか。
角くんの前に並んだチケットを見て考え込んでいたら、顔を覗き込まれた。
「他の得点要素はさっき説明した通り。何かわからないところ、ある?」
わたしは慌てて首を振る。
「ルールは大丈夫。その……いろいろと心配だけど」
「まあでもゲームだし、きっと大丈夫だよ。それ以上に楽しみだよね」
それで、角くんがにっこりと笑うものだから、わたしも思わず頷いてしまった。
不安があるのも確か。でも、オーストラリアを見て回るのが楽しみな気持ちがあるのも──それも確かではあったから。
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