第305話・武術馬鹿と書の大家。


多賀城普請場 田村月斎


 国府普請場は傍目で見る以上に活気があった。何より大勢の民が動いている。黒川の郎党も嫌な顔を見せずに張り切って土を掘り運んでいる。都から来た兵らも惜しみなく土に塗れて働いている。


 北村・赤虎という隊長と軍師という司令官と思える御仁の元に連れられた。二人共全く隙が無い、恐ろしい程の手練れと分かる。だが偉ぶるところも無く対応は柔らかい、自らも鑿を持って材木を刻んでいるのだ。


 代官殿が来られて、熊野別当殿の所に案内して貰った。


「せーの、ヨイセ、ヨイセ」と、兵に混じって諸肌脱いで土に塗れ大汗を掻いて、丸太で土固めをしているのが、別当の堀内氏虎殿だという。

 なんと、まあ・・・


「氏虎、田村の月斎殿が挨拶に見えたぞ」


「陸奥田村郡で熊野新宮の庄司職を勤めた田村顕頼改め月斎で御座る」

「堀内氏虎で御座る」


 筋骨隆々・体から蒸気が吹いている堀内殿は、北村殿らが言った武術馬鹿そのものだ。こんなお人が味方にいればさぞ心強いであろうな・・・


「熊野水軍を率いる御大将が一兵卒に混じって土仕事とは恐れ入りました」

「なんの。拙者は武術馬鹿で御座れば、体を動かすことが好きなので御座る」


「堀内殿のような武将が家臣となっている山中殿とはどのようなお人か?」

「某は挑んで打ち負かされたから家来になったのみ。それだけで御座る」


 うむ、表裏の無いお人じゃな。まさしく武人というのにふさわしい。



「具房様、田村の月斎殿がお会いしたいと」

 次に北畠具房様の所に連れて行って貰った。具房様は松島の海を眺めて書をとっておられた。絵を描いておられるのだ。体の大きなお方だ。


「北畠具房で御座る」

「田村の隠居・月斎で御座る。浮世の名は田村顕頼で御座って、田村はかの北畠顕家公の御名を勝手に名乗って御座る」


「左様でしたか。我が家は確かに顕家公の血筋ではありますが、某は父具教と違って体を動かすことが大の苦手、九代当主を継いだものの戦国の当主として相応しくない男で御座る」


「いや、それにしても良い体格をして御座るが・」


 具房様は六尺(180cm)に三十貫目(100kg)もありそうな巨漢で、体のきれは微塵にも感じられぬ。体を動かすのが苦手というのは見た目でも分かるほどだ。これが一般の民ならばでくの坊と呼ばれるだろうが、具房様からはその怠惰な体躯と似合わぬ知性が漂っている。

 不思議なお方だ・・・




 岩切城・留守家 花淵紀伊守


「殿いつまで放置なされるのか。このままでは留守家の領地は奪われまするぞ」


「花渕、気持ちは分かるが帝が任じられた代官だぞ。無闇に攻めるのはどうか・」


 ええい。煮え切らぬお方だ。岩切城と我が領地・花渕崎のど真ん中に築城しているというのに、兵を出して追い払おうとせぬとは。儂が領地に帰れぬでは無いか・・・老体の儂が汗水垂らして動いて留守家当主になったのをお忘れか。


「鎌倉・室町と世が過ぎておりますのに、今さら陸奥国府など世迷い言で御座る。塩釜湊に入る商人の船主が領地を盗もうと騙った話に違いありませぬ。その様な輩を放置すれば、臆病者・阿呆の誹りを受けまする。殿が今すぐに攻めると言われなければ、拙者留守家を出て単独で切り込みまする!」


「ま・待て、花渕紀伊。攻めるにしても黒川が兵を率いて普請場で働いておるのだ。留守だけでは多勢に無勢だ」


「葛西・国分に援軍を頼みます。それに黒川は通いじゃ、朝一に攻めれば敵は僅かですぞ!」


「む、そうか。・・・某は若輩者であるが臆病者の誹りは受けとうない。まして阿呆など・・・花渕、援軍を依頼して兵を集めよ。集まった兵で明後日の早朝、騙り者を追っ払う!」


「はっ! 」


 よし、これで領地を荒らす騙り者を駆逐できる。

「葛西殿に援軍依頼だ。大至急百兵を願いたしと!」

「はっ」

「国分殿に連絡。国府を騙る痴れ者を駆除致す。明後日早朝出撃願いたしと!」

「はっ!」

「家中に触れを出せ。明後日早朝出撃する。最大の兵を率いてくるべしと!」

「はっ!」

「花渕城に伝令。明後日早朝、普請場を攻撃する。最大兵力を用意せよと!」

「はっ!」


 騙り者め、今に見ておれ。殲滅してくれる!!




国分館・国分宗正


 留守家から出陣依頼が届いた。

国府代官を騙る痴れ者を駆除致す。出撃願いたしと


 うむ、遂に動くのか。

 月斎殿も言っておった。「何もせぬのは一番の愚策と」


 だが、

 月斎殿は国府代官も本物と言っておった。

 対する留守家は国府代官を騙る痴れ者・・


 どちらが本当か・・・いや、そういう事では無い。


 儂がどうするかだ。頼りになる息子も戦に強い家臣も居ない僅か二万石に満たない身代だ。兵は掻き集めても百兵も無い、五十兵が精一杯だ。


伊達から入った政景殿はまだ二十になったばかり、補佐するのは外様の花渕殿らで譜代の者らとは深い溝がある。此度も参陣する家臣は半数行くだろうか。

 しかし和睦を進める葛西家は援軍を出すだろう。


 葛西百に留守百五十、国分五十の三百か、国府普請場は八十兵と聞く。

黒川はどう出る・・・おそらくは参陣しないだろう。国府側に着けば百七十兵、半数だ。


 ん、国府に行った月斎殿が戻って来ぬな。

 攻めの月斎、名うての軍師の月斎殿がこちらに居れば意見を聞けるのにな・・・

会いに行って見るか。馬ならばすぐじゃ。もし攻めるとしても敵の陣地を知っておけば有利じゃ。

よし。儂も動くぞ。


「たれか、馬を!」




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