第281話・飛騨国の独立。


永禄九年七月 飛騨天神山城 佐久間盛次


「お集まり頂いたのは今後の飛騨国の道を決める為です。今後飛騨は柴田勝家殿を主として独立する事に致した。その点如何か?」


 柴田勝家殿、滝川一益殿、佐久間信盛殿と某、国人衆は三木頼綱殿、広瀬宗城殿、江馬輝盛殿、内ヶ島氏理殿、飛騨国の主要な将や国人衆を天神山城に集めた場での発言だ。もと織田家の者らとは話し合い、承知している事だ。




加賀攻めから撤退してここ高山に留まってひと月半が過ぎた。一揆勢の迎撃に出た金森殿が重傷を負われて兵の半数を失い、その間この天神山城の指揮を取っていたのは勝家殿だ。幸いな事に一揆勢は高山の街を襲う事無く、鉱山を解放してそこに居た衆徒を連れて加賀に戻った。


 飛騨の脅威は去り亡くなった兵を弔い民も一息ついたが、勝家殿は尾張に戻ろうとは言わなかった。御屋形様の援軍に出した嫡男勝久殿をその隊から攻撃されて多くの兵と共に殺されたのだ。まさしく信じられない事態だった、以後勝家殿はあまり口を聞かなくなかった。

 それから飛騨差配だった金森長近殿が亡くなった。某は兵の半数を尾張に返して、『金森殿の代わりに高山に留まり飛騨を固める』と御屋形様に報告した。勝家殿にもそれは伝えた。


 少しして尾張の留守を預かっていた家老の佐久間信盛殿が一族を連れて来た。なんでもすぐに兵を集めよという御屋形様を諫めて放逐されたと、ならばと飛騨の内政を見て貰うこととにした。信盛殿は文武に優れた能力のある将だ、一時の気分でその人を追放するなどとは・・・


 その後、丹羽長秀殿と秀重殿が討ち死にされて、木下殿が家老に抜擢され丹羽家を継いだという。

うむ、木下殿は小才があって御屋形様のお気に入りだからな。ただ人によってコロリと態度を変える故に一部の者には嫌われているが。

その丹羽藤吉郎秀吉と名を改めた木下殿の勧めによって、柴田家と滝川家の家族が避難してきた。どうやら飛騨に留まっているのは反抗だとみられたようで、尾張にいると族滅の危うさがあるらしい。

 まあ、反抗というのは合っているが。族滅も御屋形様の気性を思えばさもあらん。実はそれが大きな気がかりだったのだが、某の家族も一緒に来たので安心だ。さらに我らに従う兵も家族共々移ってきた。そこで残っていた兵も一旦尾張に戻した。尾張に留まるか、飛騨に移ってくるかは彼等の自由だ。



「なんと・」

「織田家から離れると言うので御座るか?」

「・・」


「左様で御座る。おや・・織田の残虐な行動は聞き知っておろう。帝や殿上人から忌み嫌われたことを加賀でもした。その上に戦場で不利を悟り一時後退しようとした味方を撃ち殺すという許し難き不条理にもはやついて行けぬ」


「し・しかし、強大な織田家に逆らえばどうなることか・・・」

「左様。我等の兵では太刀打ち出来ぬ・」


「三木殿、江馬殿、ならば我らと戦うと言われるか」

「い・いや、そうでは御座らん・」

「左様、我らにその力は御座らぬ」


「ならば飛騨は柴田殿を主として独立する。それで宜しいか」

「承知」

「意義は御座らぬ」

「了解した」

「解り申した」


「では、国を強くして他国から干渉されない様にする。その為にどうするか話し合おう」





尾張小牧山城 丹羽秀吉


 加賀からバラバラに戻って来た兵も一段落しただら。今の織田家の兵数は総勢八千ほどみやー。二万の内の八千だがや、なんちゅう損失でら・・三千は飛騨に残っちょるようだが、そんでもえらい損失でら。

 足軽がおらんちゅうこっつは、田が満足に耕せんちゅうこっつでら、おまけに商家もえっと居らんようになっちゅう。皆、がいな矢銭を嫌がって逃げただら・


 はあ・・・こりゃ、元の威勢に戻るまでにゃー、十年で済まんにゃー。


「御家老、武田軍八千が三州街道を南下しております!」

「何だと!」


「利家と佐々にありったけの兵を率いて駆け付けよと言え!」

「はっ!」


 あっちゃあー、武田のことを忘れていただらー。すぐ傍に居る爪を研いだ虎の事をみゃー、駿州を手に入れた武田は織田と違って勢力を伸ばしているだら。武田兵は強い、どう数では織田に勝ち目はない。

ほんで織田は火縄の数で戦っていただら。その虎の子の火縄銃の殆どは一揆勢に奪われた。一千七百丁あった火縄銃、今手元にあるのは僅か三百丁ほどだ。

 これだけでは到底武田軍に勝てぬ。困っただら・・


「松平に援軍要請を願いたしと御屋形様にお伝えせよ!」

「はっ!」

「それと、明智に大至急兵を集めるように伝えよ」

「はっ!」


 こりゃあ、幾らか領地を割譲して引いて貰うしかみゃーな。

 しかし、それだと御屋形様が納得されぬ、こまっただらみゃーー


「尾張の窮地で御座る。ご出陣願いたしと御屋形様にお伝えせよ」

「はっ」


 納得されるには御屋形様自ら出向いて戦場を知って貰うのが一番だわ。こうなりゃ旗本衆も兵のうちだら、ついでにキチガイが討ち死にでもすりゃ後腐れが無いってもんでら。


「殿、お忘れですか?」

「何をじゃ、秀長」


 中村より弟の秀長らを呼び寄せて身近において使っている。なんせ織田家家老だで、人が足らぬ。だと言って素性の解らぬ者を傍には置けぬからのう。


「そこいらは丹羽家の領地ですぞ」

「あ・ちゃあー」


 まいったみぁー、わしが領地だったがやー。そんなら割譲するんは、わが領地かやー、こりゃあ、なんとかせにゃならんだが。

 ん、まあそのときにゃ、権六や滝川の領地を替りに貰ったらええか。んだんだ、それでええでら。




長久手 岩作城 池田恒興


三州街道を南下した武田軍は足助宿に本陣を置いて、その先陣三千は尾張国境手前の伊保城に到達していた。

 我らは、伊保城北の一里弱の広見城に二千、東一里半の岩崎城に一千の兵を入れて、その後方岩作城に二千兵で入った。


「恒興、松平の援軍は来ておるか?」

「岡崎より四千が伊保城南二里に布陣しておるのを確認しています」

「松平と合わせても九千か、武田の精兵八千には分が悪いな・」


 前面衝突となった場合、我らが一万でも分が悪い。おまけに勝敗を左右する火縄の数も武田方が圧倒的に多いだろう。



「しかし御屋形様、先の駿州攻めで松平は武田と協力して軍を動かしていまする。松平はあまり信用出来ないかと思われまする」


「それは知っておる。だが武田との協調は前回限りだと言って来ておる。松平にとって織田との同盟がなにより大事だと」


「それは某も承知して御座る。だが今回も武田軍は戦無しで三河に進出しているのも事実。ここは松平の様子を探るべきですぞ」


「うむ、斥候らの報告を待とうか」




「御屋形様、松平本陣を探っていた者が戻りました。衆人の目の前で『武田と共に尾張を攻めよう』と武田の使者が言上していると」


「ということは御屋形様、武田は我らに聞こえるように謀反を持ち掛けていると言うことで御座いますな」


「おのれ信玄坊主め。小細工しおって・・松平に詰問の使者を出せ!」

「はっ」




「松平は織田との同盟を破棄して、武田と共に織田を攻めるつもりか!」

と使者は、対応に出た松平の家臣に怒鳴るように告げた。


「いいえ松平は、織田との同盟を大事に思うておりまする。どうか武田の愚かな策略に乗りませぬように」


「何だと。我らを愚かだと、許せぬ!」

「あっ、これ待たれよ。まだ殿に言上しておらぬ・・」

 織田の使者は一方的に怒り、帰って信長に報告した。


「御屋形様、織田は武田の策に乗った愚か者だと申しておりました」

「それで元康殿の返事は?」

「あ・某、案内の者に御屋形様が愚かだと言われて腹が立って戻って参りました・・」

「・ふむ、」

 信長も出した使者があまりに役不足であったと知った。案内に出た者との話しに激昂して本来会うべき相手に伝えずに戻って来たのだ。加賀の戦いで多くの者を失い、熟練した近衆が少ないのだ。


「御屋形様、松平からのご使者で御座います」

「うむ、連れて来い」



「某、松平家康が家臣・鳥居元忠と申しまする。松平家の方針は以前と変わっておりませぬと申し上げまする」


 鳥居の言上を聞いて、戻って来た使者の方を見た。其方もこういう態度・言葉で言わなければならなかったのだ。と暗に教えたつもりだ。


「ふむ、織田との同盟が大事だと言う事で良いか」

「はい」


「・・ならば、信康を織田に入れよ」

「信康様を人質に出せと仰せで・・」


「そうだ。帰って家康にそう申せ」

「はっ」



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