第280話・藤吉郎の大出世。
永禄九年六月
尾張小牧山城 木下藤吉郎
「藤吉郎、只今帰参致しました!」
「おう。良く戻ったな。此度の其方の働きは格別だった。ご苦労であった」
「とんでも御座りませぬ。全ては御屋形様のお導きで御座りまする」
「ふふふ。うい奴じゃ」
やっと尾張に戻っただがや・・・
すると、亡くなった林様の代わりに内政をみていた佐久間信盛家老が御屋形様の勘気に触れて放逐されていただら。
早急に軍兵を整えるように指示なされた御屋形様に、家計逼迫を理由にそれを諫めたのだ。
馬鹿な奴だみゃー。そこは『相努めまする』とでも言っておけば良いじゃん。家計逼迫などいくらキチガイの御屋形様でもご存じだら。敢えて耳の痛い話をするなんどまったく余計な事だら。
「藤吉郎、其方が佐久間の代わりをしてくれぬか」
「相解りました。某だけでは非力で御座れば、明智殿・前田殿らと協力して励みたいと思いまする」
今の尾張の状況はえっと悪いでら。だもんで失敗しそうな担当は、真っ正直な二人に振っておくに限るみゃー。頭のええ明智は田んぼの面倒を見させて、猪武者の利家は兵の調練をやらすみゃー。
わしは商家の舵をとって銭をしこたま儲けるとするだら。
「ふむ、良かろう。其方を家老にして二人を与力に付けよう」
「・某を家老に、真で御座りますか!」
「まことだ。此度の戦でその方がおらねば、余は生きて戻れ無かったかも知れぬ」
「ならば、お願いがありまする」
「なんだ。言って見よ」
「某、丹羽家を頼むと、いまわの際に長秀殿に言われました」
「・・・良かろう。丹羽家を継いで名を改めるが良い」
「では、丹羽藤吉郎秀吉と名乗りとう御座います」
「ふむ。長秀の秀を継いで秀吉か、良い名だ。許す!」
「ははっ!!」
やっただら、わしが家老、ご家老さまじゃ。ーんげぇ出世じゃぁ、おっかあも喜ぶでら。いんやぁ、言ってもきっと信じて貰えんがな・・。こうなったら、あの糞親父を叩き出そうかいの。ご家老の命令じゃからのう・・ぐふっ・
ほんなら後は柴田・滝川が尾張に戻れぬように工夫すれば、わしの地位も安泰だら。おほっほ。わし、ご家老じゃーーー。
丹羽屋敷 丹羽能美(よしみ)
御屋形様が二万の軍を起こして加賀征伐に出陣なされた。それが大敗されて僅か数十騎で戻られてから半月ほど経ちました。しかにその間に戻って来た兵は、合わせても五千にみたぬと言います。
我が家の家臣も数人は戻って来ましたが、率いていた長秀・秀重はまだ戻って来ませぬ。倅らに最後まで従っていた者は美濃の郡上で分かれたと言う。そこまで生きていたのならもうとっくに戻っていてもおかしく無い筈です。
いったいあの子達は今、何処にいるのです・・・
「お方様、木下藤吉郎殿が見えました」
「木下殿が・・・お通しせよ」
木下殿が戻られたとは初耳です。御屋形様と池田様・佐々様・前田様という旗本衆が戻られてから七日も経ちます。
「木下殿、ご無事に戻られて宜しゅうございました」
「能美殿。これを・・」
懐から取り出したのは・・・遺髪です、まさか・・・
「八日前の事で御座る。某、殿として高山街道を警護している折、山間から丹羽殿らが出て来られ目の前で追撃してきた一揆勢に・・・」
「・・・なんと」
こういう事もあろうかと覚悟を致しておりましたが、後は言葉も出ませぬ。
「丹羽殿は某の腕の中で息絶えられました。殿という大事なお役目の中で、こちらにお知らせすることも叶わず、下呂郷の寺で丁重に弔って貰いました・・」
「・・長秀は何か言っていましたか・」
「某に・母を・丹羽家を頼むと」
「・・・それは。木下殿には大層お世話になりました」
二人共に帰らぬ人となった・・・丹羽家は今後どうなるのでしょう。夫・長政も長子・長忠も亡くなっています。御家断絶、その言葉が頭に浮かんできます。
「此度、某は御屋形様より家老の重責を言い渡されました。その折、長秀殿の最後の言葉が胸によぎり丹羽家の残すことを願いまして御座る。御屋形様も断絶になる丹羽家を不憫に思われて、その後を某が継ぐことを命じられました」
「丹羽家を木下殿が・・・、されば丹羽家は断絶を免れるという事ですか?」
「左様です。まずは長秀殿・秀重殿の弔いをされて後、某が丹羽家に入るのが良かろうと思います」
「・・・相解りました。丹羽家をお救い下されて真にありがとうございまする。今後も宜しくお願い申し上げまする」
「承知致した」
「殿、鼻の下が伸びておる。大路でその顔は宜しからぬ・・」
「しかしな、段蔵。脂の乗った年増は・まことに堪らぬでら」
「丹羽の未亡人は義母で、娶るのは十二になる長秀殿の妹御であろう」
「そんな話はまだ、言うても聞いてもおらぬがの。まっ、いずれそうなろうが、その前に年増を楽しもうまい。親子どんぶりというのも興が乗るわい」
「全く、ねね殿もおろうに・・いずれ女に寝首を掻かれましょうぞ」
「そう言うな。わしの唯一の楽しみだがや」
「ところで伝えたか?」
「戦場で御屋形様の命に逆らって逃亡した事。それ故に飛騨で兵を留めて帰らぬ事。一族を捕えて見せしめに処分する予定であることを密かに滝川家に伝えました」
「それで良いでら。すぐに柴田家にも同じ様に伝えるでら」
「承知」
柴田と滝川が戦場で御屋形様の命に逆らったことは確かだ。
それをわしから両家に親切ごかしに伝えて、事前に家族を飛騨に夜逃げさせるのだ。
そうなればもう釈明しようが無くなる。つまり滝川と柴田は尾張には戻って来られぬ。一生飛騨で世を送るしか無い。
まあ飛騨五万石など尾張七十万石に比べれば虫けらよ。相手にもならぬだら。
いずれ謀反の汚名をきせて族滅するだら。
猿・猿と偉そうに言いやがったことをその時に思い知らせてやるだら・・・
ひえへっへ・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます