第270話・魔王が現われる。


一向宗 長島守備隊 下間仲孝


「下間殿、前線から一揆衆が逃げて来ますぞ!」


「何だと、何故だ?」

「織田軍は車のついた多数の大楯を押し出してきておりまする。その前面にはなんと・」


「大楯車の前面がどうした?」

「・車の間に桟が掛けられて、そこに一揆衆の家族・老人女子供が生きたまま縛られております。人の盾です。さらに一揆衆の南無阿弥陀仏の旗が立てられております・・・」


 急いで高櫓に走り上がった。


 そこに見えたのは、揺らめく何本もの一揆衆の旗とその下に重ねて縛り付けられて泣き叫ぶ女子供・老人。背後に兵が隠れた人楯が数十も並びこちらに向かってくる。

 濠や柵に隠れて待ち受ける者たちは、その人楯の出現に如何とも出来ずに背を向けて逃げて来ている。人楯の間から突き出た火縄や背後からの弓矢が彼等を撃ち転がしている。


 これは・・・地獄絵図か・・・地獄とはまさしくこの様な光景だろう・・・

「どうなさいますか?」

「・・・」


 どうにもこうにも・・・一揆勢の家族に発砲したとしても咎められぬだろうが、利は無い。全く無い。

 ならば、城に籠もるしか無い。敵も城攻めするときには人楯を有効に使えぬ・・・のを期待するしか無いか。それも危ういが、仕方なかろう。


「城に収容せよ。それしか無かろう」

「承知した」






 織田軍本陣


「進めーい!!」


 号令と共に進軍した。大楯車に縛り付けた人楯が先頭だ。一揆勢はそれを見て反撃する事無く逃げ去る。それを人楯の間から銃身を突きだした火縄で撃つ。後からは弓矢で射る。隊は無傷のまま一方的に撃ち倒され転がる敵勢。聞こえるのは火縄の音と泣き叫ぶ楯となった者たちの声。


 圧倒的な戦いだ。

 ただ逃げる敵勢を撃ち、後を追うだけ。戦ともいえない程の楽勝の行軍だ。


それなのに兵の士気は低く、暗く沈んだ表情だ。笑み一つ見えない。見えるのは苦しげに歪んだ顔。


 そんな中、異様に響くのは、御大将の声だ。


「撃てー撃ち殺せー。殺せ、殺せ、殺せ。一人残らず殺せー!」


相当後方に居られるにも拘わらず、その声が全兵士の耳に・戦場に谺している・・・


 柵を取り除いて濠を埋め立て板を渡し進む。周囲にある建物には全て火が掛られ燃やされた。暫くすると長島城が見えて来た。さすがに散発的な反撃はあるが、それでも戦としては極端に少ない。なにせ敵は三万もいるのだ。


「火矢だ。城門を燃やすのだ!」


 数百の火矢が城門を焦がす。それでも反撃は散発的だ。人楯を押し出して三方から取り囲んだ。


「燃やすのは城門だけだ。建物には火矢を放つな!」


 もうすぐ城門が燃え落ちる。人楯を城門に入る大きさに切っている。切り捨てた人楯は人ごと濠に落とした。生きている人ごとだ・・・


 城門が燃え落ちた。人楯を先頭に兵が雪崩れ込む。城内でも人楯を使うのか・・・

 城の後方では火縄の射撃音が止むことなく続いている。一揆勢は総崩れで南に向かって逃げ出したようだ。背後を開けたのは敵勢を海に突き落とすためだ。だが逃げ出した敵は左右に並んだ火縄隊の餌食だ。人楯の間から銃身を突き出す火縄隊の・・・


「追えー追うのだ。追って追って海に追い落とせ!」


 海へと追い詰めた。いくらかは船で逃げたようだが、殆どは火縄で撃ち落とされた。逃げられずに水辺でへたり込む者も大勢いる。武器を離して降伏している。それらを引っ立てて城へと連れ戻った。


 城にも大勢の女子供などが逃げずに降伏していた。降伏した者も縛られ並べられて、僧侶はその目の前に引き出された。


「一揆を起こし予に逆らう者の末路だ。坊主共の片方の目を繰り出してそれを見せてやれ!」


 目の前に坊さんから繰り抜かれた目玉が転がった。それを拾って本人に見せている。おのれの目を見せられるのだ。

なんの意味がある。いや意味などねえだ、ただの残虐な行為だ。


「なりは僧形でも腹の中には悪鬼が居るだろう。腹を裂いてみよ!」


 坊さんらの腹が裂かれて内蔵が生き物のようにうねって蠢いた。

なんていう残虐さだ。見るのもおぞましいだ。


「罪人どもを閉じ込めろ。城ごと燃やすのだ!」


 大勢の女子供と降伏した者が縛られたまま建物に追い立てられ、閉じ込められて火が掛けられた。泣き叫ぶ人々の声の波が渦巻いている。願証寺も一揆勢の死体が放り込まれて坊さんの死体とともに燃やされた。

 その日一日では焼き切れずに、一帯には人を焼く匂いが何日も漂うことになる。


 なんという事じゃ・・・悪鬼は織田様じゃ・・・織田様は狂われた、悪鬼そのものの人でなしに成られた。悪魔に魅入られたのじゃ。


「勝ち戦じゃ。勝ち鬨を上げよ!」

「エイエイオー、エイエイオー」


 勝ち鬨を上げる兵の顔に喜色は無い。いや、泣いている。勝ち残ったうれし涙では無い。おのれの罪の深さに怖れおののいているのじゃ。人の道を踏み外した悲しみの涙じゃ。


 恐ろしい事じゃ。きっと、いつか天罰が下るじゃろう。


 おっかあ、おら、とんでも無え戦に来ちまっただ。

もうこんな戦は二度と嫌じゃ。帰りてえ・・・




 尾張長島の一向一揆討伐は織田軍の一方的な殺略で終わった。


この織田軍の戦いの様子は瞬く間に各地に伝えられて広がった。当然の様に織田家への賞賛の声は無く、そのあまりにも非道なやり方に距離を置こうと考える国が多かった。

その筆頭は浅井家と朝廷だ。浅井家では信長の妹・お市が兄の行為を嫌悪して、織田家と縁を切ろうと考えていた。



  その頃、山城・淀城では松永久秀と山中勇三郎が会談を重ねていた。

それもやはり宗教に関する事からだ。兵が去った後の都を襲ったのは、僧兵達であった。叡山と法華宗の悪僧が市中で紛争を繰り返して、都は荒れていた。

 溜まりかねた朝廷が、山中と松永に対策を命じたのだ。



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