第210話・国吉城の踏ん張り。


永禄七年四月 若狭国吉城周辺 朝倉隊の徴集兵


「敵だ!」

「敵襲!!!」

「合い印を見るのだ!」

「合い言葉を忘れるな!!」

「火を消せ!」


(・・・またか)

 夕方からの小雨で、やっと数日ぶりにゆっくり眠れると思ったのに、城方の夜襲が来ただ。前もって笠に付けた合い印や合い言葉を変えて同士討ちを防ぐ工夫をしているものの、どうしても混乱して分からねえだ・・・

敵にやられるのも怖いが、後から味方にやられるのはもっとご免だ。


そんなこんなで、おら、もう限界だべ。


昼間は城攻めだ、泥の山肌を登らされるのだ。ちょっと気を抜くと上から振ってくる岩で大怪我するだ。それで同郷の吾作もやられただ。槍で貫かれるよりはましとは言え、当たり所が悪ければ一生不自由するだ。

夜は夜で、眠りついたかと思えば夜襲だ、禄に眠れねえ、その疲れた体で昼間はまた城攻めだ。


 いやだ、いやだ、嫌だ。

勝つ見込みの無い戦に、いつまでも狩り出されるのはもう嫌だべ。


皆そう思っているだ。ふと口をついて出るのはそういう弱気だけだ。もう嫌だ、帰りたい、幾ら飯が食えても無理だべ、おっかあに会いてえ・・・

 いっそ、抜け出して帰るか・・・


 普通、戦を放棄して逃げ帰れば重罪だが、越前では、景鏡様を謀反人呼ばわりする重臣がおるという噂を聞いただ。副将の魚住様らがそっち派だそうだ。そんならここを逃げ出しても罪に問われないかも知れねえ・・・


なんせここの大将(山崎)は、負傷者を魚住様に押し付けて自分はとっとと安全な敦賀に引き上げたものな。

さらにご当主の義景様を討ったのもこの大将が敦賀の景鏡様に荷担しての事だし、ひょっとしておらたちは越前では謀反人にされているかも知れねえだ

このまま大将らと越前に帰ると危ういかも知れねし。


このままでは駄目だぁ、大怪我させられたらおらの人生は終わる。それにこの隊で越前に帰れば罪に問われる恐れもある・・・命懸けで働いてそれは無えだ・・・それに田植えが始まる。


 大助のように、夜中にこそっとずらかるか、怪我しねえ前に逃げるだ・・・




 若狭五瀬山城 武田義統


「殿、援軍として来ていた山中隊の大部分が引き上げたようで御座る。帰りに領内を騒がせたお詫びにと兵糧百石を頂きました」


「そうか。朝倉勢の侵攻は無いと判断したか・・・ならば我が軍の警戒も緩めようぞ」

「はっ」



「しかし松宮、山中隊はまさに電光石火であったな」


「はい。某は稲妻の如く駆け寄り去って行く騎馬隊を見て、身震いが止まりませなんだ・・・」


「うむ。山中隊は、朝倉勢が出て来たその日のうちに阿納尻に三百の騎馬隊、翌日にはさらに二百の隊とその周辺に五百以上の遊軍が到着したのだったな」


「左様です。今回の山中隊の動きを見て、あの六角が数日で滅んだのも納得行き申した」



「・・・山中隊は恐ろしいな」

「まさしく・・・」


「・・・・・・」

「・・・」




 南近江石部拠点 北村新介


若狭から啓英坊が戻って来た。

かといって朝倉の若狭侵攻が終わったわけでは無い。朝倉軍はまだ若狭国吉城を攻撃中だ。多勢に無勢、朝倉に圧倒的に有利な攻城戦かと思えたが実際は違ったようだ。このひと月粟屋方は頑強な抵抗をしている。その結果、朝倉兵の一割ほどは負傷して戦線離脱しているらしい。


 啓英坊は朝倉が国吉城を落としても、さらに西に侵攻する余裕は無いと判断したのだ。阿納尻拠点への援兵も二百を残して引き上げさせている。


「粟屋はどのように戦っている?」

「はい、丸太や岩を落として阻み、夜襲を敢行して石を投げ込み、火を付け、同士討ちをさせて武器を奪うなどやりたい放題。その一方で、城の防御をちゃっかり直したりしております」


「それではまるで朝倉が攻められているようではないか」


「まさに。またしても落ちぬのかと、兵の士気は低下しているようで」


「孤立している粟屋は準備万端だったという訳か」


「はい。朝倉は勝利を求めて攻撃を始めましたが、使者を送り厚遇すれば粟屋は朝倉に降ったのでは無かろうか思われまする」


「ふむ、勝利を焦った朝倉景鏡の思惑が裏目に出るか・・・」



・・・・・・・・・・・


 更に十数日、国吉城を攻めた朝倉隊は、負傷者の増加と著しい士気の低下による逃亡兵の増加で国吉城を落とす事無く失意の内に敦賀へと退却した。




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