第202話・麾下解消(秘密)。
多聞城に松永様から突然の来訪を受けた。
酒を酌み交わしたいと言われるので、しばらく酒肴を楽しんでいる。
「いやはや、山中殿は大きゅうなったな。初めて会ったときの勢いのままどしどしと領地を拡げたな。領国は今どれ程か?」
「さて…、十蔵どれ程だな?」
「はい、近江・北勢・大和・紀伊・備前・博多を合わせると二百二十万石程かと」
「そうか。確かに初めの東里の三百石に比べれば、大きくなったものだな・・・」
「はい。某は家臣の給金がひと月に五万貫を越えた時に、銭の事を考えるのを止め申した。勘定方に丸投げで御座る。聞くところによると、今はその倍をも超えて増え続けているようで…」
「わっはっはっは、山中家らしいな」
と松永様が豪快に笑い飛ばすと、
「な・なんと、山中家では我が領地の年貢がひと月ふた月で消えまするのか!」
久通様は目を丸くしておられる。
「これ、久通。清水殿は少なめに言っておるのだ。山中家が家臣全てに支払う給金は膨大だ。松永領の収入如きがふた月も持つものか」
「……」
この時点での松永領は、大和の一部と摂津の一部、山城の一部だ。それに弟の長頼殿が丹波の一部を領していて合わせて三十万石ほどだろうか・・・
大和の多くを俺が領しているので、史実に比べて松永領は少なくなっている。この石高は微妙であるが少なくは無い。美濃侵攻前の浅井よりは大きく、阿波と讃岐を加えたものに相当して、三河一国や今の柳生家とほぼ同じ石高だ。しかも摂津の要所・福原湊を抑えているので、そこからの収入はかなり大きい。
五万、或いは十万石に相当するかも知れぬ。湊の収入は思ったよりも大きいのだ。
えっ、山中国の湊? 、紀湊と桑名湊で百万石は越えると言っておこう。
ちなみに一貫文は一石の対価と考えても良い。十万貫は十万石、現代の価格で五十億円だ。山中国は給金制で、兵や役人十万、お抱え職人や商人も多い。給金とそれなりの経費が必要だ、大まかに言って三十万石(150億)相当の貨幣が毎月必要だろうな。
「大勢の家臣を養うのはまことに大変。山中国では必死に商いをしているので御座いまする」
「さもあらん」
「さて、実はこの度、儂は隠居して久通に家督を譲ることにした。それもあって参ったのじゃ。今度とも久通を儂同様、宜しく頼むぞ」
「はっ、こちらこそ宜しく頼み入り申す」
「そこでじゃ、名目上はわが家の麾下となっているが、実際の家格はとうに逆転しておる。これを機会に麾下を解消して対等の付き合いをと久通は望んでおる」
「・・・相解りました。ですが暫くは世間に知らせずに、このままの間柄でお願いしたい」
「・・・・・・久通それで良いか? 」
「山中殿がそう望むのならば異論は有りませぬ。ですが某、内密に今後は山中殿の意見を聞いて働きたいと思いまする」
「うむ、長慶様が亡くなられると、松永家の舵取りが難しい。山中殿、久通の願いを聞いてくれぬか」
「承りました」
「まあまあ、殿方。難しい話はさておいて、酒を楽しんで下され」
「おうっ、そうじゃった。ここは宴の場であったな。ご内儀殿の言うように酒肴を楽しもうぞ」
「はい、松永様お一つ・・」
「お・おう。これはまた儂好みの艶女じゃな。名は何と申す」
「はい、お滝と申します」
「お滝か、良い名じゃ。お滝も飲め。どうじゃ今宵、儂の船に同乗せぬか。乗り出すのは大海原、怒濤の大波が待っておるぞよ」
「あーらぁ。殿のお許しがあれば怒濤の波に揉まれても構いませぬ」
「父上!」
「なんじゃ久通。お主も乗りたいのか?」
松永様は女好きである。まあ、この時代の成り上がった大名は殆どそうである。ん・・おれ? 俺だって勿論女好きだぞ。今は百合葉だけだけど…、政治がらみの側室の話は受け付けない、面倒だからな。
「殿も、おひとつ」と百合葉が酌をしてくれる。
「おお、頂こう。杉吉もいこう」
それから酒肴を堪能した。桑名から紀伊湊から海の幸も毎日送られてくる多聞城の料理は充実している。山の幸も豊富だ。
ただこの時代は野菜が少ないのが難点だ。そこで交易で得た種や既存の品種を改良して育てる試みが近江で始まっている。山中農園だ。近江は山野草が豊かな土地だ。薬種と同様野菜も充実させる試みだ。
「実はのう、山中どのが懸念されていた事がほぼ解ったのじゃ…」
「某の懸念…、一連の動きを唆している者のことですな」
「左様、儂も山中どのから言われて気付いたが、最近の三好家中の動きには確かに腑に落ちない事がある、いや多すぎる……」
松永様の表情は暗く沈んでいた。それはこれから話す事の需要さ深刻さを表わしていた。なにせ自分の重臣にも聞かせられない話なのだ。
「やはり居ましたか?」
「いた。もっともお主が付けてくれた忍びのお蔭だがな。長慶様らを導いた宣教師は、ガスパル神父と言われる。ガスパル神父は府内から平戸を行き戻りしてのちに京に来られた。京では大友氏の後ろ盾と伊勢貞孝殿の助力で上様に謁見し、南蛮渡来の砂時計を献上して宣教の許可を受けたのじゃ」
「……」
「その供回りの一人に府内から同伴している藪野という初老の日本人がおる。藪野には数人の忍びまがいの者が随行していることが判明した。彼らは薬草・毒草について詳しく。さらに宣教師からも積極的に学んでいるらしい…」
「…つまり、義興様はそれらの者に毒殺されたと」
「うむ。薬草と言っても毒だけで無く、人を傀儡にして言う事を聞かす薬もあるようじゃ。今の殿はどう考えても本来の長慶様では無い…」
自白・洗脳と言ったところか…長慶殿はその状態にあると言うことか…それで過日の飯盛山城では、何十名もの家臣が長慶様に命じられて、一気に宣教を受けたのか…しかしそうであっても宣教師としては寄生した主を殺さずに利用するのが最も利がある筈だ。
…つまり宣教師では無くて藪野と言う男の行為か、誰かが藪野に命じたと言う訳だ。
藪野の背後にいるのは……大友か、しかし九州大友が中央勢力の三好の力を弱体させようという気持ちは解るが、殺す理由としては弱いな……長慶様が死んで三好が衰えるのを喜ぶのは……!!!
「黒幕は上様でしたか」
「残念ながら、そうとしか考えられぬ。長慶様と上様に仕える儂は、これからどうしたら良いのか解らぬ……それでここに来たのじゃ。聞かせてくれぬか、これから儂がどうすれば良いのか」
そうか、そうだったのか。
それが永禄の変の原因だったのだ。
長慶様亡き後、事実を知った三好家臣が将軍家に詰め掛けたのだ。
彼らは、当主と跡取りを毒殺されたのを知ったのだ。御所に詰め掛けて強訴、公方様に対して近衆の者ら数人を殺せと要求したのはそういう理由があったのだ。
これには公方様もどうすることも出来ずに、三好隊も多大な犠牲を受けながら強訴の内容を実戦をもって実現したのだ。
「それで、長慶様の具合は?」
「それが朦朧として、生きているのが不思議なくらいなのじゃ……」
「では松永様は、長慶様と上様どちらかお一人を取るとしたらどちらで?」
「む・無論、長慶様じゃ。儂が仕えるのは長慶様だけなのじゃ。上様は長慶様の命で仕えているのに過ぎぬ」
ふむ、だとしても、もはや手遅れだろうな。今さら俺たちが妙な動きをすれば、何処かの誰かに謂れの無い事をでっち上げられそうだ。
「お二方、今夜はこちらに泊られますな。その事は明日にでも改めてお話しましょうか」
「うむ、頼み入る」
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