第200話・来年の展望。


 越前朝倉が混乱している。


降雪が迫った最中に無理に出陣した朝倉軍は、その勢いのまま佐和山城攻めをして散々に敗れ、さらに高島郡に手出ししてこれも惨敗した。

すると朝倉義景は、負傷者や輜重隊を放置して近衆と護衛と共に這々の体で逃げる様に敦賀に戻ったのだ。ところが敦賀・大野差配の朝倉景鏡にその責を問われて拘束されたのち討たれた。


事前に重臣の一部を取り込んでいた朝倉景鏡の謀反である。この謀反に先に戻った軍大将の山崎や護衛隊の侍大将の前波らも荷担していた様だ。副将魚住は近江に残り、残兵二千ほどをまとめているもこの出来事を知り動揺している。


「景鏡様と山崎・前波か、さもあらん」

と、野瀬砦に残った真柄直隆は一言で切り捨てた。朝倉軍の中でも信頼関係にある者は多くないらしい。


「どちらにせよ、事態が動くのは雪が溶けてからだ」

と、真柄隊は、街道整備や水路の整備・山砦の取り壊しや荷駄運びなど仕事を選ばず真面目に働いて糊口を凌いでいる。

 武器を置いた彼らは、まさしく越前からの出稼ぎ集団そのものだ。但し真柄兄弟、三日に一度は佐和山に出掛けて藤内らに稽古を所望しているらしい・・・


 どちらにせよ朝倉家は春には一波乱有るだろう。だが再び近江まで出兵してくる余裕はしばらく無かろう。


 朝倉軍を単独で撃退した高島隊は、大いに自信をつけ兵の調練から農・商の充実に一層の力を入れ始めている。あそこは東西南北の街道が行き交う交通の要衝であり関所料だけでもやってゆけるのだ、やり方次第で発展できる恵まれた土地なのだ。




永禄六年閏十二月十五日 多聞城


「ちちうえー、おかえりなちゃいませ」

「おう、太郎。今戻ったぞ」


 多聞城に戻ると太郎が片言の言葉で迎えてくれた。花鼓も首が据わって元気にハイハイしている。どちらも丸々として可愛さが際立っている。久し振りに戻った我が家は賑やかだ。南都の町も師走を迎えて人手が増えている、これが正月になると更に賑やかになるのだ。


「勇三郎様、お働き誠にご苦労様で御座いました」

「うむ。ここに百合葉がいてくれるお蔭で、儂は安心して出て行ける」


「いえ、政事は十蔵が何事もこなしてくれます故に、私は子育てに専念しておりまする」


 子を二人産んだ百合葉は妖艶な美しさが漂っている。俺も女房どのが子育てに専念してくれているのは嬉しい。なにせ俺はあっちこっちとフラフラしてばかりで当てにならないからな。山中国の政は皆に丸投げ状態・これが我が家の伝統だ?

ちなみに百合葉の実家・木津家には自焼城主という伝統があった。商いに強いが戦には強くない木津家は、大勢力の侵略を受けると自分で城を燃やして逃げ散るというものだ。


 自焼城主に丸投げ当主の伝統をもつ我ら夫婦だ。ぐへへ。


 しかし木津家の異端児、戦の女神・百合葉には別の顔がある。各拠点内の女衆とくノ一をまとめて、役人の食べ物と家内の情報を握っているのだ。


我が家では、新領地の賄い手には信頼出来る者らを使う。よって南近江にも、大和から多数の女衆が送り込まれている。彼らはいうまでも無く百合葉の耳目で手先になる者達だ。その上に、領外の若狭や高島にもその手が延びている。


食べ物を握るとは毒を盛ることも出来る、つまり山中国の裏は百合葉が仕切っている。

おまけに軍内には、百合葉女神様を信奉する兵が無数にいるのだ。この女神様はいくさ神だ。

敵対国の調べでは解らぬ、山中国の触れてはいけない部分、秘密の裏組織・闇勢力?なのだ。


おそらく百合葉配下の女衆の数は、相当な規模になっているだろうな。それを考えると怖いわ。



 ともかく、年内は多聞城で子供達とゴロゴロ遊んでいよう。閏十二月・厳寒の時期だ、城内で暖かいこたつでも作って温々と過そう。


しかしこの寒空に、お外で働いている武将も多い。


 近い所では朝倉家や浅井家・斉藤家も臨戦状態だし、


毛利はこの寒空に、山城を囲んでいるのだ。長い月日が掛った白鹿城の攻略がやっと終わり、本城の月山富田城を取り囲んでいる。


冬の日本海の寒風が吹きすさぶ中、山城を囲むなんて考えるだけで身が凍る。

安芸を出陣して既に一年半だが、あと三年近くは遠征が続く。懐の大きい山城攻めってのはそれほど厄介なのだ。



「大将、来年はどんな年になりそうでっか?」


「うむ、長慶殿に何かあれば、畿内が相当乱れるだろうな…」

「・・・畿内でっか。ならば山中国も影響を受けますな」


「そうだ。だが今まで同様、京には出来るだけ干渉したくない。特に公方様や公家衆とはな。その辺の案配を頼む」

「畏まりました。山中国の戦は有りましょうか?」


「それは解らぬ。但し水軍は別だ」

「里見・正木ですな。殿がお行きになりまするか?」


「行く。南回り航路の開拓をせねばならぬが、関東は実に厄介な土地だ」

「わっしはよく知りませぬが、なんでも公方様が何人もいてはる土地らしいですな」


「そうだ。公方様だけでなく管領様や守護・守護代様も入り交じっておられる。それに松平・今川・佐竹・北条・里見・武田・長尾と強力な大名家が常に凌ぎを削っている土地だ」


「ええっと、今川・佐竹・・・いち・に・さんよん・・・・・・なな! そんなに強力なお家が居て、鎬を削ってはりマッか。儂にはちょっと覚えられない程の数のお家ですな」


 十蔵はとぼけた口調が板に付いてきたな。将軍家や公家らの折衝で身に付けた言い方だ。だがまことは実に頭が切れて冷静な考えを持っているのだ。

 頼もしい御家老様だ。


「関東の北にも、力のある大名家がいっぱいおる。我らはそういうところに廻船の拠点を作らなければならぬのだ」


「・・・成る程。氏虎どのが尻込みする筈でんな。やっぱり大将にお任せするっかありまへんな」


「だな・・・」


 関東出店と拠点に関しては、まだ具体的な考えを決めては無い。

熊野屋の拠点が出来るとそこで火縄や軍船・大砲などの最新武器を手に入れられる。つまり関東の軍事バランスが崩れるのは間違い無い。それがどう進むか、俺も自信が無いのだ。


 最新武器に関しては、紀湊の火砲工房で石炭を蒸し焼きにしたコークスの強い火力で、固い鉄が鋳造できるようになっている。鉄が固ければその分軽量化出来る、または火薬量を増して長射程になる。その効果で新型大和砲は重量変わらずに倍以上の射程距離を持つようになった。


ただ、火縄銃は部品の共通化を推し進めているだけで新型銃はまだ作っていない。まだ火縄銃の在庫が数千丁もあるためだ。二連装短銃は例外だけどね。あれは使い方は限られるが強力な威力がある。まだとても売り出せない代物だ。


「とにかく、引き続き都とは出来るだけ没交渉で頼む。帝は別だぞ」

「合点だ!」




 第四章・「展開」はこれで終わりです。

第五章・「動乱」に続きます。

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