第188話・浅井長政呆れる。


永禄六年十一月下旬 大垣城 浅井長政


「竹中の時間稼ぎ、つまり策略か……」


「或いはそうであると考えられまする。また、そうでは無いかも知れませぬ。そこは殿ご自身が判断をするしかありませぬな。さて、如何致しますか?」


 菩提山城に民と共に籠もった垂水の竹中に備えて五百の兵を残していた。菩提山城は整備したての頑強な山城だ。そんな山城攻めするよりは、まず豊かな平野を取るべきだと判断したのだ。

 それに竹中重治は某と変わらぬ年頃なのに、美濃の孔明と呼ばれる知啓者だ。織田の侵入を何度も防いだのは竹中がいたせいだと言うもっぱらの噂だ。何とか浅井に取り込みたい男だ。


 そこで「浅井家の軍師として迎えたい」と使者を送った。すると、


「民と舅を攻撃せずに、しばらくお待ち下されば、お応え致します」という返事が来たのだ。


「待とう。新領地の掌握に時間が欲しいのはこちらの方だ。垂水と北方に手を出さずに待ってみよう」

「承知致しました」


 うむ、西美濃を取ってからは重臣どもの態度が変わったな。以前と比べて丁寧になり無闇には反論しなくなったわ。

 やりやすいと言えばそうだが、ちょっと気味が悪いな…まあ重臣らは倍増した領地を統治することで手一杯というところだろうな。

 それに織田との同盟が決まった事も大きい。織田殿の妹御が某に嫁いで信長殿は某の義兄となるのだ。


絶世の美女という評判のお市殿だ。新年明けての祝言が楽しみである。



「殿、朝倉家からの使者が参っておりまする」


「朝倉様から…何事か? とにかく大広間にお通しし、重臣どもを集めよ」

「はっ」


 朝倉家には過去に何度か助けられた。主従関係には無いが、それに近い借りがある。父上が六角に付きその縁も薄れたが借りは借りだ、丁重に扱わなければならぬ。



「まずは浅井殿、この度の活躍お見事で御座る」


「有難う存じまする」

「我が殿・義景の親書を持参致した。お読み下され」


「うむ、ならばこの場で拝読致そう」

「どうぞ」



「……」


 何だこれは。朝倉家が近江を取る故に浅井が兵一万で露払いせよだと…

 浅井と朝倉は親しい間柄だが主従になったとは聞いておらぬ。その朝倉から浅井家が命じられる謂れは無いはずだ…

 書状を赤尾ら重臣にも回覧させる。読んだ彼らも顔色を変えて怒りの表情を表わしている、それも当然のことだ。



「それで御返事は如何か? 」


「その前に聞いておこう。朝倉殿は南近江を取ると書かれてあるが、どれ程の兵で来られたか?」


「そ・それは、越前では急なことで只今出兵の準備中であって、取りあえずは一千の勢で南下しております」


「一千! …一千と言われたか、まさか。朝倉は一千で山中と戦おうと思われておりまするか?」


「いや、そうでは御座らぬ。一千の本隊に敦賀兵が合流して後続部隊九千も駆け付けてきまする。さらに若狭武田からも援軍が来ますゆえに、六角家と因縁が深い浅井殿も援軍をと申されておりまする。南近江制圧の後には義景様よりそれなりの御礼が下されるであろう」


「き・貴様、御礼を下されるとはどう言う事だ!」

「左様、浅井は朝倉の臣下にあらず!」

「殿、某にこの者を討つ許可を!」

「首を刎ねて朝倉に送り返しましょうぞ!!」


「ひ・ひいい……」



「まあ待て、義景様は何か勘違いをしておいでなのだろう。ご使者を咎めても意味は無かろう」

「しかし、無礼には程がありますぞ!」


 ご使者は青い顔で震えているわ。とにかく我が重臣どもは過激だからな。野良田の戦の切っ掛けとなったのも、義賢様が某に娘を与えて六角家に取り込もうとしたからだ。

それを重臣どもが反発して、当主の父上を閉じ込め、六角家の嫁を送り返し絶縁宣言をしたのだ。

まったく過激だ、あの時の六角家は浅井家より遥かに強大だったのにな。それに平井の娘も可憐で申し分の無い嫁だったのに…


「ふむ。では、はっきり申そう。今我らはここ西美濃を切り取ったばかりだ。いまだ数カ所では美濃勢と対陣しておる状態である上に、新地の治政に手一杯である。今他国の援軍に出せる兵はおらぬ」


「そ・そこを何とかお願い申す。過去の事を考えれば、浅井は朝倉を助けるべきかと・・・」


「それも理解している。……ならば過去に世話になった友軍の朝倉家であるゆえになんとか二千兵を出そう」


「二千…もう少し何とかなりませぬか…」


「二千と言っても殆どが民兵でここの戦で傷付いた者も含むのだ。それ故、後方支援しか出来ぬ。今浅井家は火の車で御座る、使者殿はそこからなんと二千もの兵を引き出したと胸を張って報告すれば良かろう」


「……承知致した」


 我ら美濃に手出しした以上、山中隊との直接戦闘は避けたい。赤尾には、負傷兵を装って朝倉に見せつけ、後方支援に徹するように言っておこう。




北国街道 深坂峠 朝倉隊 朝倉義景


 敦賀兵を加えて一千五百兵となったわが軍は、若狭武田と浅井の援軍、越前からの後続部隊が駆け付けてくれば二万を越える。それに南近江の国人衆が加われば、山中なんぞの馬の骨は尻尾を巻いて逃げ出すのに違いないわ。


 今度の冬は穏やかな南近江で過せるな。そうなれば来年は将軍家を助け京の都を抑えて三好を追放してやるぞ。摂津・河内と版図を拡げて、朝倉が畿内の覇者となる日も近い。

 むふふふ…



「使者の鳥居殿が戻られました!」


 おう、浅井に遣った使者が戻って来たか。返答はどうであったかの…


「申しあげまする。浅井の援軍は小谷城下で合流すると言う確約を取り付けました」


「左様か、ご苦労であったな。それで援軍の数は?」


「はっ、浅井は新たに得た領地の事で手一杯で苦悩しておりましたが、某が強く諭して二千兵を供出させる事に成功致しました」


「……二千、二千兵か…うむ、やむを得まいな高橋」


「左様で御座ります。ここは浅井の多忙な時期に二千もの援軍を引きだした鳥居の手柄を褒めるべきですぞ」


「左様であるな。鳥居、まことに見事な働きであった。下がってゆっくり休むが良い」


「いえ、我らは行軍の途中で御座りまする故に、某に出来る事を相務めまする」


 うむ、鳥居はまことに良い忠臣じゃな。武家の鏡だ。あとでたんまり報償を与えようぞ。

近江を取った暁には若い者を重臣に起用するのが良かろうな。なれば意思疎通も早く強い国になろうぞ。老臣どもにはそのまま越前に籠もらせておけば良かろう。



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