第173話・山中水軍の役割分担。


大和丸 津田照算


「ポン、ポンポン」と祝砲を撃ちながら紀湊に入る。三ヶ月ぶりの帰港に総員が甲板に出て嬉しそうに母港の様子を眺めている。

 白い多聞櫓に囲まれた栗栖城に、整然と並ぶ広大な湊街は日の本を一回りしてきたどの湊よりも大きく美しい。


「無事戻られましたな。他の船はどうなりましたな?」

 お迎えに出て来られた差配の相楽どのが首を傾げておられる。ここを発った時は五隻の船団だったが、帰港したのは三隻なのだ。


「予定通り狐島丸は若狭に、一番船の九鬼丸は羽州・安東家に熊野砲ごと売却してまいりました。なお大将は、兵糧と共に羽津湊で下船されました」

「ほう、船が売れましたか。それはようございましたな」


「はい、両替も大好評でござった。それで大和丸には金銀が山の様に唸っております」

「それはめでたい、はっはっは」


  ここの領主だった頃は、大変な思いをして銭を得る苦労をしていた。ところが山中家になってからは、某が苦労せずとも大勢の者が働いて自然と銭が回る様になった。

 見た事も無い大量の金銀が右から左に動いてゆくのだ。それを見慣れているうちに、銭に対する欲望が無くなった。山中家からわが家に支給される銭も知らず知らずのうちに溜まってゆき、それを消費する努力が必要なくらいなのだ。



皆で積荷を降ろすと水主は船の掃除と整備をこなす。修二郎ら商い担当の者は、先に南蛮から帰国していた熊野屋主の木津様に説明するために向かった。

某と善五郎と嘉隆は、これから城で軍議だ。


栗栖城の大広間の奥に、山中水軍大将の堀内どのが座っている。その両脇を大隊長と相楽どのが並び、某を始め船長を務める水軍の将が一同に集っている。これ程の顔ぶれが揃うのは初めてだな。壮観である。



「皆の者、ちょうど良い機会故に、こうして集って貰った。我ら山中水軍は交易と共にあり、南蛮や日の本の各地に展開しているので、今後はなかなか集る機会は無かろう」


 うむ、氏虎どのの言葉使いが普段とは違うな。某が聞いていない何か重要な話があるのか…


「呂宋に熊野屋の支店を作り、南蛮交易は新たな展開を迎えた。また照算が指揮する船団が、見事に日の本を廻る航海を成して本日帰港した。照算、その報告を簡単に頼む」


「はっ、博多から長門の萩・岩見の舟津・隠岐の島前・知夫里島の湾に停泊して北上致した。因幡・鳥取湊では戦の最中であって………」と航海の事を簡単に報告した。


「おおー、左様なことがありましたか…」


 某の報告を皆は食い入る様に聞いてくれた。特に正木水軍に攻撃された時には「正木を懲らしめろ」と言う怒りの声がでた。



「長旅ご苦労であった。特に一人の病や怪我も無く無事戻れたのは、船団長の配慮のお蔭であろう。我らに手を出した安房の正木は必ず痛い目に遭う、それは間違い無かろう。だが、安房の正木・里見を滅ぼすかどうかという判断は、大将が考えることだ。故に正木征伐は大将の指示を待とう」


 うむ、安房・上総で勢力を伸ばしている里見を滅ぼすと、関東の情勢が変わりかねぬ。関東の情勢が変われば日の本全体に影響を及ぼしかねぬ。そのようなことは大将の判断を仰がねばならぬ。儂らでは分からぬわ。


なにしろ大将は、毛利・大友の争う豊前に手を出し、備中を毛利から切り離して中立国とするという我らでは想像もつかぬ手を打つお方だからな。



「よし、固いことはこれくらいにして、ざっくばらんに言うぞ。我らに塩飽衆・三百が加わってくれることになり、船も増えてきた。そこで、役目を分担して当たることにした。今の時点で船団を率いる者は、儂と津田照算・佐々木形部・周参見氏長の四名だ。これは大将の命令である」


 皆が息を飲む様子があった。大隊長と相楽殿がいることで、大将の指示である事は無論分かっている。これから山中水軍は四つの船団で交易などを運用していくと言う事だ。



「まず急ぐのは若狭を拠点とした北回り航路の運用だ。これは経験豊富な佐々木形部に頼む。大和丸を旗艦として、武装熊野丸二隻、非武装熊野丸三隻を率いて今年のうちに現地に赴くように」

「はっ」


 ふむ、北回り航路は、狐島丸を入れて七隻態勢での運用か。


「次に南回り航路だ。これは実際に航海して来た津田照算に頼む。但し拠点や立ち寄り湊、それに正木を含めて各地の水軍や大名家の扱いなど、決まっていないことが多いのを了承してくれ」

「承知」


「南蛮交易は、周参見氏長に頼む。未知の危険も多いが我らの稼ぎ頭だ、宜しく頼むぞ」

「承知!」


「九鬼嘉隆は以前の仕事を続行して造船や操船・新兵の調練を頼む。地味だが大事な勤めだ。今回のように、たまには息抜きに連れ出すから頼むぞ」

「お任せあれ!」


「儂は、ここ紀湊と日置にいて新兵の調練や近海の廻船の統制を行なう。そして山中国の商いに手を出した者は、儂が出張ってきついお灸を据える。まあ殴り込み部隊だとは大将に言われたわ。出張るのは、まずは正木だろうな」

『わっはっは』


 誰となく苦笑が聞こえた。大将の命というより、氏虎どのの希望だろうと皆は思っている笑いだ。北回り航路以外は船団の規模は決まっていないのだ。今までと同じ様に、その都度、船団を編成すると言う事だ。


「質問はあるか?」


「今の陣容は?」

「おう、忘れていたわ。派遣している船を含めて、大和丸五隻の熊野丸十二隻だ。弁才船は十隻ほど、関船や小早は把握しておらぬ。水軍兵は約三千、調練中の兵は塩飽衆を含めて約二千だ」


 水軍兵五千か、かなりの人数だ。最盛期の熊野水軍で約一千の兵だったからな。

いざ戦となったのならば、陸上兵を多数乗船させて、任意の敵地に送り込むことが出来るのだ。その上に新しい大和砲は射程が長く、砲台も進化している。間違い無く日の本最強の水軍だな。




「最後に、言うまでも無く我ら山中水軍は山中隊の一部であり、尚且つ熊野屋の商いの奉公人でもある。この事は常に忘れてはならぬ」


「「「はっ」」」


 武家と商人は立場が違う。山中家の基本は武力と商いだ。我らは武家だと行って偉そうにしていては商品が売れぬのだ。だが大将や氏虎どのが率先して商人としての対応を見せてくれた。安東氏相手に見事な話で一万五千貫文もの品を売ったのだ。

某も見習わなければならぬ。



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