第157話・備中・常山城。



永禄五年十月 備前片上湾 


 無数の島々と岬が突き出た備前の海、その最奥にある片上湾に見なれぬ帆船がすっと入って来た。山中水軍の熊野丸である。


 すっと岸に寄せた船からバラバラと兵が下りてきて、そのまま岸辺の山に駆け上る。高さ三十三尺(100m)ほどの小山の頂にあるのは、この一帯を押さえる宇喜多家の富田松山城である。


 城兵は見なれぬ船が入って来たのは見えたが、山肌で死角になった山裾に兵が降りたのは見逃した。そして低い城塀を軽々と乗り越えてくる兵に気が付いた時には既に遅かった。

武器を構えるのも間に合わなかった。あっという間に打ち倒されて白刃を突きつけられた。城門が内から開けられて、外から多くの兵が雪崩れ込んで来て完全に制圧されたのだ。


この予測していない突然の出来事に、富田松山城はどこにも報告する間も無く山中隊に制圧されて降伏した。山中兵が制圧した城に合図の旗を揚げると、さらに二隻の熊野丸が片上湾に滑り込んできた。



 富田松山城を制圧したのは、特務隊の島野隊に斥候隊の颯風隊だ。一陣の風のように素早い彼らの襲撃は、相手にとっては悪夢の様な時だったろう。後から来た二隻の兵二百が湊に降りると、たちまち周囲の村を抑えた。


「では手筈通りに」と彼らは合図して何処かへ向かって消え、片上湾には周参見船長の指揮する三隻の熊野丸が残った。




 備中常山城 上野降徳


「殿、大和山中の使者が参りました!」

「・・・なに、大和山中だと? 」


「はい、使者は山中のご内儀だと言われています。三村のお方様への文をお持ちとか」

「なに、山中の巴御前様か・・・」


 大和山中のお方様は、恐ろしく腕が立つ巴御前様だという噂は聞いている。嘘か真か、敵将の首を薙刀で幾つも飛ばしたらしい。その鋭い切れ味は斬られた首が気付かぬほどだとか。その話を聞いた鶴が目をきらきら輝かしていたのを思い出した。鶴が知ったらさぞかし喜ぶだろうな。

 しかし、その巴御前様が何故ここへ・・・・・・


「鶴を呼べ」

「はっ」



「お初にお目に掛かります。上野降徳で御座りまする」

「山中百合葉です。突然お尋ねしてさぞ驚かれたでしょう」


「些か、してどのような御用でしょうか」

「我が山中家は、備前・備中で商人が難儀しているのをなんとかせよ、と将軍家に頼まれて御座います」


「将軍家に?」

「はい、三村様には既に御内書が届いていると思います。わたくしは安宅冬康どのから泰子様への文を預かっております」


 うむ、安宅冬康どのから義母上への文だ。商人の難儀とは宇喜多が商人らを強制移住させている事だろう。それをなんとかせよと、将軍家から大和山中が命じられた、それに三好家も関わっているという訳か・・・


「福岡市の事ですね。具体的にはどのような?」

「我らが近日中に宇喜多を追い払いまする。その節に三村殿にご出馬頂きたいのです」


「近日中・・・ならば松山城に早馬を出しましょう。それで宜しいか?」

「はい、宜しくお願い致しまする。それと兵を上陸させますので、周辺の国人衆にもその事をお知らせ下さるようにお願い致しまする」


「畏まりました」



 某も同道して湊までお送りする。百合葉様は背が高く実に姿が良いお方だ。その身ごなしから相当な腕前だと分かる。鶴の目がきらきらと輝いていて、興味しんしんなのが良く分かるわ。

 なんと船で百合葉様を迎えたのは女性兵士だ。みな朱い甲冑を着た見るからに精悍な女たちだ。


「鶴様も武芸がお好きだと聞いておりますよ。私たちと一緒に稽古しますか?」

「ぜ・是非お願いいたします!」




備中松山城 三村元親


「常山城から早馬です!」

「通せ」


 常山城からの使者が早馬で来るとは珍しい事だな。まさか鶴に何かあったのでは無いだろうな・・・



「常山城に大和山中様のお使者が見えられて、公方様の命にて近日中に備前に出馬されると申しておりまする。その節には殿にも御出馬願いたいと」

「なに、近日中にだと」


 使者は山中の奥方で、某の奥への文を持って来たという。

 ・・・ふむ、安宅様からの文じゃ。これは奥に渡そう。


 確かに将軍家より福岡の市で商人が難儀している、山中に助力せよという御内書が届いておる。某、御内書など頂くのは初めてだ。どうして良いのか分からぬが・・・


 これは、噂に聞いた博多湊の件と似ているな。商いか、山中は商いが殊の外上手く国を富ませていると聞くがその関係かのう・・・

 近日中なら急がねばならぬな。その前に儂が行って会おう、山中の巴御前様にの。


「急ぎ兵を整え撫川城まで派兵しろ。儂は手勢を連れて先に向かう」

「はっ」



 儂は翌朝未明に出発した。備前・石山城に近い撫川城までは九里だ、馬を飛ばせば昼ぐらいには着こう。伴は五十騎の旗本だけだ。

常山城からの使者が持って来たのは、何事に付け山中に協力した方が良いという義兄上(安宅冬康)からの文だった。

将軍家と安宅の義兄上からの文か・・・・・・


「申し上げます。山中隊が上陸して、石山城の至近に陣を敷いています!」


 その連絡が来たのは、山間を抜けて平野に出たあたりだった。思ったより山中隊の動きが早いな、このままでは碌に兵も引き連れないで来ての日和見で終わるかも知れぬ、それではかなり拙いな。将軍家や義兄上の要請を反故にした事になりかねぬ・・・


「高松城・撫川城に人をやって大至急、今おるだけの兵を集めて合流せよと言え」

「はっ」



 三里ほど移動して撫川城手前で、高松勢百と撫川勢百が合流して総勢三百程となった。これならば山中隊と合流して闘う事が出来るな。


「前方より山中隊の使者が来ます!」

「停止せよ。使者を迎える」



「山中のお方様は、只今少数で宇喜多隊を引き寄せようとしておりますので、三村様は目立たぬ様にお願いしたいと申しております」

「左様か、相解った。ならばこのあたりで待機しておこう」


「申し訳御座りませぬ」

「よい、両軍の戦力はどのくらいだ?」


「はっ、宇喜多勢およそ一千、山中隊は四百で御座います」


「かなりの劣勢だな。それならば我ら三百が合流しても良いのでは?」

「いえ、このくらいの差なれば相手も出易きかと」


「・・・・・・」


 ふむ、山中隊の使者には劣勢である恐れなど微塵も感じないな。山中隊は倍する敵をも瞬時に圧倒するという噂は真だったか・・・


「では、敵とぶつかった場合には我が隊が助勢に入る。それで良いかな?」

「はい、そのようにお願い致しまする」



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