第156話・瀬戸内の海賊衆。
永禄五年十月 淡州・洲本城 山中勇三郎
「お初にお目に掛かります。山中勇三郎で御座います」
「安宅冬康じゃ。山中殿良くお出でになりましたな」
俺は三好一族と会うのは初めてだ。淡州の水軍を束ねる安宅どのは、予想に反して如何にも優しそうなお方だ。
「山中の船がいつも目の前を往来しておるのに、御挨拶が遅れ申し訳ありませぬ」
「なんの、関料は頂いておるで大手を振って通られよ。それにしても見事な一品、忝し」
「銘は御座らぬが、鬼才・結城忠正どのの魂の籠もった一品で御座います」
「おお、結城どのの、お元気で御座ろうか?」
「お元気では御座ります。ですが一心に打ち込むお姿はちと心配で御座ります」
「・・・ふむ。左様であるか・・・」
「ところで船に琉球の泡盛という酒を積んでおります。水軍衆に振る舞いたいのですが、如何で?」
「おう、それは皆も喜ぼう。是非振る舞ってくれ」
俺は背後に控えている照算に合図を送った。乗せてきた氏虎が淡路水軍衆に振る舞う手筈になっている。
「博多湊の復興を派手にしているようですな」
「はい、山中は商いの国ですので商人の難儀は見逃せませぬ。実は備前・福岡市(ふくおかのいち)からも嘆願が参っており、将軍家からこれも復興せよとのご指示がありました」
博多湊の襲撃のお詫びに、毛利から五万貫文分の銀が届いた。この銀は毛利が攻略した大森銀山の銀だ。それで俺は博多湊襲撃を帝に言い付けるの止めにしたのだ。
博多湊周辺の口利きのお礼に将軍家に銀貨一千枚を送り、ついでに備前・福岡市の商人の嘆願と山中がそこの治安を回復する意向を伝えたのだ。
すると銀貨の味をしめた将軍家から福岡市復興のお墨付きが下りた。今頃はたぶん山中に助力するようにという御内書が備後の三村に出ているだろう。
「・・・宇喜多か、厄介な御仁だぞ」
「はい。それ故冬康殿に、三村殿宛に御口利き頂けないかと」
「・・・秦子に文を書こう。それで良いか?」
「宜しくお願い致しまする」
備中を制している三村家親の正室は三好の娘で、冬康殿の妹御になる。実は三村は毛利に属していて、毛利水軍を叩いた山中に誼を通じるのは難しいところなのだ。それで将軍家と正室からの二重のお願いを策した訳だ。
洲本湊 曽根弾正
「ささ、堀内殿、もう一杯行こう!」
「おうさ、宮本殿も飲もう!」
「それにしても強い酒じゃ」
「だが琉球じゃこればっかりですぞ」
「酒が強すぎて、おら、頭おかしくなりそうじゃ」
「おめえは、元からじゃよ」
「「ぐわっはっはっは」」
洲本城に入った殿からの指示で、堀内どのらが宴を始めた。
皆が湊に座り込んで大宴会だ。琉球の泡盛という強い酒を水軍衆の手土産に渡して、その場で宴になったのだ。勿論、殿が安宅の殿様の許可を得てのことだ。
殿は酒で海賊衆の心を掴めと言われたのだ。うちの船に乗っている女衆も宴の場で愛嬌を振りまいているので、宴は大盛り上がりだ。確かに気さくな女衆がいれば宴は楽しいものだ。
だがしかし、荒くれどもをこんなに盛り上げるのは氏虎どのの力だな、ちょっと真似できかねぬな・・・
山中隊で宴に加わっているのは、堀内どの他三十名程だけだ。大和丸と熊野丸二隻には、乗員三百六十名の他に陸戦隊が四百名乗っている。他の者達は陸に降りること無く船内でじっっと身を潜めている。
さらに今回の船団には、お方様を始め五十名を越える女性兵士が従軍している。みな兵士としての調練から火縄銃や船での砲術や操船の調練もこなした強者ばかりだ。
お方様は山中隊の戦の女神であり、女でも充分に戦える事はお方様が証明して見せた。故に女兵士だと見くびる者は山中隊にはいない。
女兵士を指揮するのは、お滝様や楓などのお方様の旗本隊七名だ。むさい船内に女がいると、船内の雰囲気が生き生きとするのが良い。
塩飽諸島・本島・笠島湊 九鬼春宗
我らは熊野丸二隻で笠島湊に入った。
塩飽水軍の頭領の宮本殿、入江殿にご挨拶に来たのだ。元から塩飽衆は三好と通じていて、山中とも良好な関係だ。
大和刀匠の太刀を送り、皆に振る舞ってくれと琉球の強い泡盛酒を十樽下ろした。
竜玄が毒見と称して湊で宴を始めた。
はじめ数十人で始まった宴は、魚や鯣を焼く匂いに釣られてか、すぐに百人を越える大人数となった。そして遂に踊り出しはじめて、飲めや歌えやの呆れる程の大宴会になってしまったのだ。
「わっはっはっは、そりゃそりゃそりゃ!」
「おっほっほっほ、そりゃそりゃそりゃ!」
「わっほ・おっほ・わっはっは!」
「おっほ・わっほ・おっほっほ!」
「そりゃそりゃそりゃそりゃ・わっはっは!」
「そりゃそりゃそりゃそりゃ・おっほっほ!」
皆楽しそうに飲んで踊るその中心にいるのは竜玄らの陸戦隊だ。なんとこの宴会も大将の指令なのだ。塩飽衆を山中水軍に取り込みたいと仰せだ。
今、船をどんどん作っている山中水軍は、水主が足りぬのだ。経験豊富な水軍衆を取り込めるのならば、僥倖だ。
それにしても、竜玄はこのような任務に適任だな・・・・・・
翌日 備前児島湾 佐々木形部
「児島湾に入れ」
「よーそろ、縮帆!」
熊野丸は減速して狭い海峡に入った。海峡を抜けると静かな湾が左手に延びている。真っ直ぐ行った吉井川河口に船番所がある。宇喜多の乙子城だ。停船すると兵が誰何してくる。
「なに用だ。どこへ行く」
「雑賀の佐々木でございます。福岡市に鉄の仕入れで」
そっと、小巾着を番人に渡す。番人は手で重さを計りながら問う。
「それにしても大きな船だな。市まで行けようか?」
「邪魔にならないように、途中から荷駄で行くつもりです」
「左様か、ならば問題あるまい」
どうやら、いつもより奮発した巾着が効いたようだ。
児島湾から吉井川を遡ること一里半ほどで西国一の賑わいといわれる備前福岡市(ふくおかのいち)がある。雑賀衆の時から、某はそこでの商いを何度もしている。
この福岡市で仕入れるのは鉄だ。雲州・備州・因州で取れた砂金を山間部のタタラで製鉄に加工して運搬してくる。
備中の鉄は刀槍に非常に相性が良い。これが備前の刀匠の名が高い理由の一つだ。但し大砲などの鋳鉄にするのは、種子島産の砂鉄が良いそうだ。
鉄も産地によってその特徴が分かれているらしい。
佐々木の船は吉井川の途中で停船して、数人が降りて商談のために福岡市に向かった。その様子は無論のこと、宇喜多の斥候によって見られていた。
だが夕方の薄闇に溶け込むように大勢の者が福岡市に向かったのは見られていなかった。
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