第144話・大晦日再び。
永禄四年十二月下旬
「殿、お待ちしておりましたぞ!」
「ようこそ、お出でになりました!!」
突然、大滝五郎左衛門と男衆・女衆の笑顔に迎えられた。熊野城からは馬車を護衛隊の馬で引いて貰って十津川村に入った。事前に立ち寄ることは伝えていたのだ。
新介と遠勝と咲月どのも誘った。それに小笠原右近と大野五兵衛も連れて来た。いつも無理をいっている年配の二人に湯に入ってゆっくりして欲しかったのだ。
ここに来て杉吉がいることに気付いた。彼らも馬で随行していたのだ。俺は今まで意識していなかったのだ。
驚いた。おそるべしだ・・・
まあ、回りはいつも濃い面々に取り囲まれていたからな、俺も色々考えに落ちていたしな・・・
そんな俺たちを残して護衛隊は去って行く。ここにいれば南にも北にも常に動いている護衛隊に随行して移動出来るのだ。本当に重宝する交通手段だ。
久し振りの十津川村は、驚く程家が増えて人も多く行き交う賑やかさになっていた。物を売る店や食い物や酒を飲ます店、旅の者が泊る宿も建っていた。
今、十津川は空前の材木景気を迎えているのだ。長い年月を掛けて育った木材はかなりの高価で買い取られる。木樵や川流しの者が各地から大勢集って来て、彼らの旺盛な消費を見込んだ新宮や五條から商人が来て店を出しているらしい。
「殿、木材も炭も高値で買って下さり真にありがとう御座いまする」
「ありがとう御座りまする!」
「うん、貴重な木材だ。くれぐれも乱伐をするのでは無いぞ。それをすれば、もっと最も大きな水害に見舞われるからな。まっ、それはそうと、また湯に浸かりに来たのだ。儂はここの湯が好きだ、此度はいつも苦労掛けている者も連れて来たで、宜しく頼むぞ」
「承知仕りました」
五郎左衛門に案内された宿は、峡谷の湯煙の傍に作られた。素朴だがしっかりとした造りの宿だ。《巴御前の湯》と名が付けられている通り、前に百合葉らと湯治に来た宿を改装したようだ。
十津川に来ると何はともあれ、まずは湯だ。年末の寒いからだが湯を求めている。
と言う訳で、俺たちむさ苦しい男ども六人が十津川の湯に浸かっている。咲月どのや侍女達は別の浴槽が在るようだ。この時代は基本混浴だが、そこは五郎左衛門が気を使ってくれたのだ。
そういう訳で、男衆だけで湯に入っている。
「で、大将、今年も大晦日が来ますな・・・・・・」
「・・・そうだな」
遠勝が俺を見て言う。年初には俺の状態を心配して、熊野から法用砦まで駆け付けてくれたらしいからな。
「遠勝、折角の良い機会だ、大野と小笠原を巻き込んだらどうだ」
大野と小笠原が何事かと目を見開いている。
「なるほど、それも悪くないか、だが鵺殿が聞いているぞ・・」
「新介には聞かれても良いのか?」
「おっと、大隊長もおられましたな、それに斥候隊の颯風は大将直属だし、何やら回りの女どもも怪しい・・」
独立の話である。新介も杉吉も知らん顔をしているが・・・
それにしても遠勝、くノ一の動向に気付いたのか? 鋭いな・・・
「何の話でしょう?」
大野が堪らずに聞いて来た。
「わっはっはっは」
遠勝は笑って誤魔化した。
「大野、小笠原、今年の仕事はもう良い。正月まで休みと致せ。ここに好きなだけ逗留して帰るが良いぞ。長い事働いて来たのだ、これからは若い者に仕事を任せて、折を見て湯治に来れば良い。女房殿も連れて来い」
「はっ、真に有難きお言葉で御座います」
十津川に三日滞在した。その間、新型後装式大砲の設計図を書いて、栗栖城に帰る新介に託した。
帰る途中立ち寄った五條で藤内と稽古をした。
ゆっくりと静かな攻防、藤内の目だけを見て木剣を使った。何も言わなかったが、木剣を通して感謝の気持ちを伝えた。
多聞城に戻った。
舅どのが太郎の顔を覗き込んでだらしない顔をしている。
孫が生まれたと知って、田辺からピュッと帰ってきたのだ。十津川の湯には一晩浸かったらしいが、もっとゆっくりとしたら良かったのだが。
お爺ちゃんなのだから。
近江では、牽制出兵したのに多くの兵を失い逃げ帰ってきた総大将・布施公雄の風当たりが強まっていた。それを逸らそうと布施は、捕虜となった三雲賢持と山岡景隆の不審を言い立てた。
「敵に掴まって無事に帰されたのは、内応を約したからでは無いか!」
「三雲と山岡の家臣が山中硬貨を大量に持っているのがその証拠!」などと重臣の居並ぶ場で言ったとか。
「あれは労働の引き替えとして渡されたのだ」と反論したが、信じて貰えなかったようだ。
以降二人は病と称して領地に籠もり出仕を止めた。
ここを先途と調子に乗った布施は「姦臣討つべし」などと騒いでいる内に、何者かに闇討ちされた。布施は死んだのだ。
騒動の種の布施をお館様が上意討ちされた。
三雲の忍びの者の仕業だ。
いやあれは、足を引っ張られた多羅尾の企みよ。
そうでは無い、あれは山岡が放った刺客だ。
とかなんだかで、今六角領内は疑心暗鬼の波が渦巻いている。
それって、十蔵の悪だくらみそのものじゃん。ったく、噂をばらまいているのはうちの素波だろうな・・・
しかし、三雲と山岡が信用出来ないのならば、六角にとって京への道が閉ざされた事になる。まあ、京での素行が悪く逃げ帰った六角としては好都合かもだな。
ひょっとしてそれを狙った闇討ちか?
東に浅井を南に山中を抱える六角としては、京まで行って拮抗する三好と戦うのは懲りただろうからな。
だとしたら、知恵者・蒲生あたりの仕業も有り得るな・・
そんなこんなで、今年ももうすぐ終わりだ。
今年は三ヶ月も寝ていたから早いのなんの。
九月に生まれた太郎もやっと首が据わって元気いっぱいだ。
「勇三郎様、今年も法用砦に行かれますか?」
「ああ、例年通り大晦日はあそこで過す」
「わたくしも行ってはいけませぬか?」
「うむ・・気持ちは解る。だが新しい歳を迎える時期は一人で居たい。誰かが傍にいると、儂は二度とこの世に戻れぬかも知れぬ・・」
「・・・それ程に?」
「三ヶ月も寝込む事が尋常だと思うか?」
「・・・わかりました。年が明けたならお帰り下され」
「気が付いたら帰る」
「・・・お待ちしております」
百合葉が俺を心配してくれる気持ちは嬉しい。
だが今年はどうなるか、まったく解らぬのだ。
昨年は運良く三月寝込んだだけで戻れたと考えたほうが良い。
ひょっとして大晦日に俺の体は、この世界から一度消えるのかも知れない。その瞬間を誰かが見ていると、どうなるのだ・・見られたのならお別れの様な気がする。
今年も忘備録に一年の事を記入した。
これからの交易船団の構成と国内各地の海賊衆への対応の概要をも書き記した。
こちらに来た時の服に着替えて、囲炉裏の火を肴に酒を飲む。
徐々に酔いが回ってきて、除夜の鐘が聞こえ始めた。
余韻が長く・・遠く・・
・・・・
・・・
・・
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