第142話・種子島。


永禄四年十一月 下旬


 熊野丸を旗艦とした交易船団は、奄美の島々を後にして北東に進んでいた。


琉球支店要員の六名が減り、新たに四名の琉球大使一行が加わった。大使は池城安清、護衛の幸地長良と知念久定、それに鋳職の林金直だ。


 池城安清は尚王の王妃の弟、幸地は棒、知念は釵(さい)の遣い手だ。鋳職の林は明人の亡命者だという。山中が鋳物の技術者を求めているのを聞いて、自ら望んだという。琉球では積極的に鋳物製品の開発を行なっていないように見えるので、その持てる技術を発揮できないのであろう。


今回は熊野丸と乗員の訓練航海が主目的であったが為、交易品は少なく船は軽い。そこで船底のウエイトの水樽を泡盛に入れ替えた。はたしてこのきつい酒を倭人が受け入れるのかは分からぬが珍しい物ではある。



「取り舵、赤尾木湊に入れ!」


 船が左に傾き、種子島の湊に向かう。一番船・二番船が先導して、熊野丸も縮帆して速度を落として湊に入る。ここでは祝砲は撃たないで静かに接岸する。早い冬の日はそろそろ暮れようとしていた。


 湊に入るとまず熊野屋の初入湊につき、明朝にでも赤尾木城に挨拶に窺いたいと役人に願った。その願いは許可された。


翌朝に城に向かう訪問団は、主役の寿三郎に熊野丸船長の照算、それに種子島氏と顔馴染みの渡辺藤左衛門。俺は護衛として寿三郎に従い杉吉らは荷物持ちだ。



「お初にお目に掛かります。某、廻船問屋・熊野屋の木津寿三郎と申します」


「種子島時尭じゃ。見かけぬ船が来たなと思っていた」


「紀伊・紀湊に新しく出来ました廻船問屋で御座います。種子島様には、以後お見知りおき願いたいと思いご挨拶に窺いました」


「うむ、紀湊が山中という大名によって大普請されていることは聞いておる。そちは武家じゃな、山中家と関わりがあるのか?」


「はい、某は山中家の親戚になりまする。しかし武家と言っても武張った事は大の苦手で、商いが性に合っている半端もので御座います」


「いやいや、商いは国を保つのに必要な事じゃ。それにしてもその若さでその貫禄・・以前も商いをされていたのか?」


「はい、堺で泉屋という店を営んでおりましたが、紀湊が出来た機に熊野屋を立ち上げました」


「なんと、豪商泉屋の主であったか、さもあらん・・」


 「さもあらん」は寿三郎の貫禄に掛かっているのだな、それとも品格かな、などと俺はどうでも良いことを考えながら、寿三郎の後で護衛らしく薄目を閉じて周囲を警戒している(ふり)をしていた。


 俺も杉吉らと一緒に荷物持ちでも良かったのだけれど、それでは領主を間近に見る機会が来ないかも知れないと思って護衛にしたのだ。相手を近くで観察して人柄を見ておくことは大事だ。

 だが予想に反して、杉吉らも俺たちのすぐ後に並んで控えている。まあ刀を差した彼らは、商家の小者には見えないのでそれなりに配慮されたのだろう。



「親戚とはどのような間柄か聞いて良いか?」


「はい、堺で聞けば解る事で御座いますので。山中様の御正室が某の姉上です」


「な・なんと巴御前の弟君か・・」


 おっ、百合葉の巴御前と言うふた名が種子島まで伝わっているとはちょっと驚いた。

まあ今回来てはじめて知ったことだが、遥か南海の島という感じだった種子島が、風さえよければ一日で到着できるお隣の島なのだと分かったからな。


 俺の気持ちも、さもあらんだ。


「うむ、それで腕の立ちそうな護衛を連れているのか。ならば儂の家臣と試合って見てくれぬか?」


 ・・俺か?


「構いませぬ。あ・・・赤虎、良いな」


 あ・・って寿三郎の奴、いま義兄上と言いそうになっただろ、赤虎で誤魔化しやがって・・・。


あっ、杉吉が顔を歪めている・・笑いを堪えていやがるな・・



「無論」


「高橋、お相手を致せ」

「はっ!」


なかなか恰幅がいい武士が出て来たな。・得物は棒か。



「高橋武左衛門で御座る」


「あ・赤虎・・重右衛門だ」


 つい出て来た名は、何故か舅の名前だった。


 おっ、寿三郎が顔を伏せたな、

笑ってやがるな。

後から何か音が聞こえたな、

杉吉、吹き出すなよ。

わざとじゃ無い、偶然だ、咄嗟に出たのだ・・


高橋と二間の間合いで、六尺棒を両手で保持して向き合う。

お互い手の内が分からぬ相手だ、勝負は一瞬の攻防で決まるかも知れぬ、油断は出来ぬ。


 ゆっくり歩み寄ると斜に振ってきた。それは誘いだ、俺はわざと大きくそれを避けた。

畳みかけるように・・・来ない。

俺を訝しげに見ている。


 バレたか、高橋はかなりやるな・・


 今度は俺の方から仕掛けてみた。

さっきの高橋のように斜に振り込んだ。高橋は最小限の動きで躱す。

だよね・・

それが正解だろうな、畳みかけるように横にかえす。それを踏み込んできて受けられる。

だよね。

 今度は四方八方からめったやたらに打ち込んだ。

それを全て綺麗に受けているね。


高橋さすがだ!


一旦下がる。


 さて本番だ。


 すり寄って喉を突く。

高橋下がる、が逃さない。今度は棒で払おうとした。瞬間に引いて躱す。突き込んで喉元に戻す。

高橋下がる、無駄だ、下がるより出る方が早い。さらに出て息が掛かるまで詰め寄る。

 さてどうする?


「参りました!」


 うん、怪我が無くて良かった。




「殿、タタラを見物に行きますか?」

「行こう」


 種子島は品質の良い砂鉄を産して製鉄技術も進んでいる。ここで砂鉄を仕入れて帰るのだ。商談して仕入れて積み込み終了までは二日は掛かる。

その間暇な我らは、土地の見物などをして過すしかない。ついでにタタラの様子も是非見ておきたい。


 商談は周参見と寿三郎がする。タタラ見物には俺と照算・杉吉らと鋳職の林も連れてゆく。琉球の三人は船の中で待機だ。種子島氏は島津と通じている、琉球国の者がいるのは知られない方が良い。


 種子島のタタラは良く工夫されていた。特にフイゴから炉に空気を送るやり方は参考になった。林も良いやり方だと言う。もう少しの工夫でもっと良い鉄が出来ると。


 うん、期待しているぞ林さん。


琉球の者には、俺の事は船の客人だと伝えている。それで船員の丁寧な態度を納得しているようだ。寿三郎が「兄上」と呼ぶのを聞いているが特に疑問を感じていないようだ。


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