第133話・大和視察・橿原。


永禄四年八月下旬 大和橿原 北畠具教


 かねてより計画していた大和にやっと来る事が出来た。盛りを過ぎたとは言え暑い夏の移動は堪えた。本来ならばもう少し気候の穏やかな時期に来るつもりであったが、御家老の清水殿の知らせで山中殿の重篤を知ったのだ。



 正月以来、寝込んで目覚めぬという知らせが入ったのは二月も終わりの頃、二ヶ月も間、寝覚めぬとはどんな病なのか・・・


 普段からまめにくれる山中殿の書状が途絶えていたのは、そういう事だったのだ。

今回の大和行きの目的は、我が領地の商いや殖産を上げる事だ。内政担当の者や商人・職人などの関係者と重臣どもと護衛を入れて総勢百名での視察旅だ。



 昨日は柳生領の宇陀に宿泊して、下りの街道を降りて桜井を経由、橿原に着いたのは昼前のことだ。

 巨大な橿原城と広く真っ直ぐ延びる中街道に、儂は声も出ずに立ち尽くしていた。


 いにしえの都なら、この様であっただろうか・・・


 都の大広路ならばこれ程の広さは有ったが、長さは二里ほどだ。聞けばこの中街道は、南都までの五里続いていると言う。


 それに橿原城の大きさは存外だ。多気の町と宇陀が幾つも入る程では無いか・・・



「北畠様、お待ちしておりました。某、山中家家老・清水十蔵で御座ります」


 すぐ近くから不意に声を掛けられた。儂としたことが傍に寄るまで気付かぬとは迂闊じゃった。

筆頭家老の清水どのか、南都から迎えに来てくれたか。


「北畠具教じゃ。此度は世話になる。あまりの規模の街道と城に魂を抜かれておった」

「某など、当初は日が暮れるまで眺めておりました」


 さもあらん、清水殿に声を掛けてもらわなかったのならば、一刻は見ていたかも知れん。



「殿、騎馬が!」


 護衛が慌てて儂を取り囲む。街道の中央を騎馬の一段が土煙を上げて迫ってきている。だが、清水殿は気にする様子も無い。街道を歩いている者も殆ど無関心だ。

騎馬隊は直前まで来て、その勢いのまま城の中に駆け込んでいった。馬で引く荷駄が十台程続き、その後にも騎馬隊が続く。



「あれは?」

「ああ、荷駄と護衛隊で御座る。領内ではあれが常に動いて銭や物を運んでおり申す」


 成る程、常に動くか。それで民も無関心であったか。それにしても騎馬隊は相当な腕の者達ばかりだ。


「銭とは?」

「はい、山中兵の給金は月末支給なので、今はそれを運んでいます」


 おう、それは山中殿からの書状で知っている。そうか毎月末に支払うのか、それであの様な凄腕の警固が付くのか。


「どのくらいの銭であろうか?」

「さあ、某はそれを聞くと頭が痛くなりますので、勘定方に丸投げしているで御座る。ですが山中銭を作る前はあの十倍を越えるとんでもない荷駄でした」


「あの十倍・・」


 山中銭を作った事は皆知っている。我が領内でもあっという間に広まった。今でも領内の商人が目の色を変えてそれを求めているのだ。あれを使う事で銭を運ぶ手間がほぼ無くなるのだという。伊勢の大商人が商いの革命だとまで言っていたな。


「では橿原城にお入り下され。今宵はここで一泊なされて、明日南都にご案内致しまする」


「うむ、世話になる。皆に町を見せてやって呉れぬか」

「はい、それぞれのお方に案内の者をお付け致します」



「ポン・ポン・ポン・ポン・ポンッ」


 旅の荷を置いて腰を下ろしているときに、火縄の音が響いた。護衛以外の者は案内人と共に町に出て行っていた。



「お騒がせして申し訳ありませぬ。午後の火縄調練が始まったのです」


「ほう、火縄の調練を午前と午後に行なっているのか」

「はい、ここには日の本の火縄と砲術の祖・津田算長殿がおられて、各地の兵が交替で調練に来るのです」


 津田算長殿か、たしか日の本に火縄を伝えて最初に作らせたお方だな。まだ生きておられたか。ならば一度お目に掛かりたいものじゃ。


「我らも見学して良いか?」

「勿論で御座ります。宜しければご指導を受けられますか?」


「良いのか」

「はい」



 調練場では五つの固まりに別れた二百五十ほどの兵が調練していた。各列に指導者がいるようで高い土の壁の前の的に向かって、それぞれが撃ち放っていた。

 それらを見渡せる所に、一人の老武者が床几に腰掛けて見ておられる。


「算長どの、北畠様を案内して参りました」


「これは北畠様、ようこそいらしゃいましたな。山中家名誉家老の津田算長で御座る」


「北畠具教で御座る。津田殿のご高名は、伊勢の山奥にも聞こえて御座る。それにしても山中殿の御家老になられたのは初耳で御座る」


「いや、あくまでも名誉で御座って、実質は大将の年寄りへの心遣いで御座います。某はこうやって砲術を教えるしか能が無い男で御座れば」


 津田殿は中々に控えめなお方じゃが、一芸に秀でた貫禄がござる。このようなお方ならば、師事するのに不足は無い。


「清水御家老に許可を頂きました。某にも砲術を教えて下さらぬか」

「お安い御用」



調練場に降りると、火縄銃と火薬樽が積まれた荷駄が引き出されてきた。

なんと、我ら五十名全員の分がある。よく見れば調練中の兵も皆が火縄銃を持っている。二百五十・・我らを入れて三百か、


 いったい山中はどれ程の火縄銃を持っているのだ。

 北畠には十丁有るのが全てなのに・・高価な火薬も僅かしか持っておらぬ、それを惜しげも無く調練に使えるとは・・・

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