第128話・狛村の戦い。
永禄四年五月中旬、木津城 梅谷柵之丞
御家老から六角勢を追い払えという指示が出た。
昨日の夜に、笠置の村に敵が乱取りに現われて待っていた切山隊が二百近くを討ち取った。地元の村を襲おうとする敵に切山は一切容赦をしなかったのだ。
朝になって明るくなると、準備万端の隊に出撃を命じた。
「狛村への道を確保せよ」
「楯隊前進、村への入り口を開け、弓隊応戦しろ!」
敵の矢が降る中、二百の楯隊が前進する。楯に囲まれた弓隊百が左右から一斉に矢を放つと、敵の矢は減った。
敵味方の槍隊が環濠の橋付近でしばらく戦っていたが、我が隊が長槍で押すと、敵は村に入り門を閉ざした。村の門は、それほど頑丈では無い。綱を掛けて引き倒して、村への道を開けた。
「火縄隊、敵を追い散らせ」
「火縄隊前進して順番に放て。狙う必要は無い、敵に向かって撃ちまくれ!!」
「ポン、ポンポンポンポンポン、ポンポンポ---ンッ」
二十名五列の火縄隊が前進しながら間断無く釣瓶撃ちに放つ。その音と煙の迫力は相当なものだ。釣瓶打ちが一巡する頃には、六角勢は村を放棄して退却しはじめた。
「騎馬隊を出して敵を分断せよ」
「騎馬隊、突撃!!」
「ドッドッドッドッドーッ」と二列の騎馬隊が突撃する。
一隊が敵の先頭を押さえて、もう一隊がそれを縦横に分断してゆく。
「残りの兵を出して、敵を補足せよ」
「全軍突撃、敵将らをとっ捕まえろ!!」
「「「おおおおおーー!!!」」」
三雲・山岡という敵将と数十名の兵を追い詰め囲んで捕えた。他の兵は散り散りとなって逃げ、鳶ヶ城へも二百程が逃げ上がった。城からも降りて来ようとしていたが、火縄銃の乱射で山に逃げ上がった。
数珠繋ぎにした捕虜を木津に連行して、その日の狛村の戦いは終わった。
木津のとある屋敷 三雲賢持
家臣共々、ここに放り込まれてどのくらい時間が経っただろう・・
手足を縛られて芋虫のように転がって、さっきまで眠っていた。縛めは巧妙で縄抜けが出来ない。他にも大勢の者がいる。皆儂の家臣だ。
喉が痛い。戦場で喉を突かれて昏倒したのだ。
気が付いた時には手足を縛られて数珠繋ぎだった。そのまま連行されて、泉大橋を渡りここに放り込まれた。
良く命があったな・・というより殺さない様に手加減されたのだ。
何が目的だ、人質か・・
それにしても儂がこんな惨めな目に合うとはな・・
不意に戸が外側から開いて、入って来て男が「飯だ」と言った。
男の背後には弓を構えた兵が距離を取って並んでいる。男の脇から数名の男が入って来て、膳に乗った飯が入り口付近に並べられた。どの男も腰に短刀を差しただけで隙がない者達だ。
「我らをどうするつもりだ?」
「しばらく働いて貰う。戦で荒らした狛村は山中領では無い。まったく落ち度も無く関係の無い村に、迷惑を掛けたままでは申し訳ないからな」
働く・・狛村?
「おぬしらが村を占拠して家を壊し、田畑を踏みにじったであろう。それを元のように直す。当然だろう、村にしてはとんだとばっちりだ。隣村に迷惑を掛けて放っておけるか」
「・・・・・」
「毒は入っておらぬ。食わぬでも時が来たら引き上げる。好きにせよ」
その言葉に、皆がにじり寄って言って膳を取って食いだした。飯に汁に漬け物、思ったより旨かった。皆が食い終わると脇から男達が入って来て膳を片づけた。
「厠は後だ。ここは常に監視している。外に出たら問答無用で矢と火縄の餌食となる。気を付けよ」
と言って、男は去って行った。男の背後に、ここを取り巻く柵と門・監視のための高櫓が見えた。
どうやら我らは捕虜となったようだ。あの陣を敷いていた村を元に復する為に働かされるらしい。
他領だから荒らされた所を元のように直すとは律義な事だな、そんな話は聞いたことが無い。食料を得るために他領の村を襲い乱取りするのは普通の事だ。
村を復した後、我らはどうなるか、人質として銭と交換されるのか、奴隷として働かされるか、或いは用が無くなれば穴を掘ってそのまま埋められるかも知れぬな・・
まあ、今考えても仕方がない。ひょっとしたら山中領に侵入している配下が救ってくれるかも知れぬ。三十名もの忍びが潜入しているのだ。それまでは大人しくしているのが一番だな。
戦場での山中隊は、恐ろしい攻撃だった。電光石火の山中隊か、噂は本当だったのだな。
我らが陣を敷いている村に山中隊が攻めて来た。兆候も無く突然の事だった。三十人も侵入させている忍びの者が何も連絡を寄越さなかったのだ。
敢えて言えば切っ掛けは、布施と多羅尾の兵が笠置領に乱取りに向かったことだ。敵に察知されて殆どの兵が帰らなかったようだ、儂はそれを確かめに行った。奴らは儂の比喩に顔を歪めていたわ。いい気味だと思った。
儂と山岡殿が情報不足のままで法用砦を攻めるのを反対したのだ。もう少し調べてから実行すべきだった、当たり前の事だ。
だが調べている途中で、そこにいた山中が多聞城に移ったと思われた。それはそれで仕方ない事だ、儂らのせいでは無い。
だがそれで奴らとの間にわだかまりが出来た。それからあきらかに我らを無視するようになったのだ。冷や飯ぐらいの布施などその内に使い捨てにしてくれるわと思って我慢した。義賢様の覚えは儂の方が良いのだ。
山中隊が攻めて来たのは、その後すぐだった。圧倒的な矢の数と凄まじい火縄の連射に付けいる隙が見いだせなかった。
山中隊は一体幾ら火縄銃を持っているのだ、六角には全てあわせても百丁も無いぞ、その上に火薬の量も限られていて戦で使えるかどうか・・
我らが為す術も無く後退しているところに、騎馬隊が突撃して来た。
あれ程の騎馬隊の動きは想像もしていなかった。あっという間に兵が散り散りになって逃げていた。そして敵の竹槍に突き倒されて数珠繋ぎにされていたのだ。
「外に出ろ!」
翌朝、開け放たれた戸から外に出た。
横に同じ小屋が間隔を置いて四棟並んでいる。何も無い平地を柵が囲み要所に見張りの小屋がある。
「山岡殿!」
向こうから引かれてきたのは、山岡殿とその家臣らだ。儂と同じ様に数珠繋ぎにされている。首元に痣があるのも同じだ。
「三雲殿まで囚われていたのか・・」
「左様、面目なき次第で・・」
もう一つの小屋から出て来たのは、なんと儂が侵入させた忍びの者らだ。二十人いる。
「お主らもか・・」
「面目ねえ、侵入してすぐに捕えられました。ここの奴らは半端ねえ凄腕で・・」
「残りの者は死んだか?」
「へえ、何人かはやられました・・」
まだ、何人かは生き残っていると言う事か・・
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