第127話・六角隊の失敗。


永禄四年五月 南山城 狛村・鳶ヶ城・布施公雄


 広くない環濠村の中に三千の兵は多すぎた、そこで狛村の奥の城跡を整備して、兵の半数をこちらに移した。某と多羅尾殿らの兵一千五百だ。狛村には三雲殿と山岡殿を残した。


 山中の生死・或いは病の状態を探ろうと思ったが良い手を思いつかなかった。年末に山中が入ったという法用砦はここから近い。


「いっそ、法用砦に攻め込んでみるというのはどうだな?」

「確かに法用砦の兵は少ないようですが、木津城と多聞城が一里以内にあります。砦を奪ってもすぐに取り囲まれるでしょう」


「そこに山中が伏せっていれば、人質となろう」

「それはそうですが、その後はどうなりましょうか?」


「山中の身柄を人質にすれば、山中隊は六角に手出し出来ぬだろう。我らの目的はそれで達成だ」

「それは危険です。山中には多数の影武者がいるようで、現に多聞城や橿原・南紀の新宮にも山中がおると言う報告があります。どこにいるのが本物かは分かりませぬぞ」


「法用砦には年末に山中が入り、年始には重臣が急遽集ったと言う。一番可能性が高いと思わぬか」

「・・たしかにそうですが、今少し探って見るべきかと」

「某も左様に思いまする。砦に押し入ったら山中がおらずに包囲されては終わりで御座る」


 多羅尾は某の案に賛同したが、三雲と山岡が慎重な姿勢を見せた。それで多羅尾と三雲の兵五十を探索のために山中領に入れた。彼らの兵には忍びの者や心得がある者がかなり混じっているのだ。



「厳重な警戒の馬車が法用砦から南都に向かいました!」

という報告が来たのは、それからまもなくの事だった。


「なんだと、糞っ!!」

思わず絵図を乗せている台をひっくり返した。やはり山中は法用砦に居たのだ。あの時に動けば身柄を確保出来たのだ!


「・・真に申し訳御座らぬ・・」

「・・某も・・・」


 三雲と山岡が頭を下げるが、どうにもやり場の無い怒りが収まらぬ。堅城の南都・多聞城に移られれば、三千ほどの兵では手出しは出来ぬのだ。


「ええい、もう!!」怒りにまかせて床几も蹴っ飛ばした。




「多羅尾殿、兵の士気を上げる良い知恵は無いか?」


 五月になって田植えの時期が来ていた。兵はそれが気になってそわそわしていて甚だしく士気が低下している。

それにあの一件以来、狛村に陣を敷いている三雲・山岡とは微妙な溝が出来て顔を見せにも来ない。まあ来ても話す事は無いし、しばらく顔を見たくない気分ではある。

 しかし、戦場の前線でこのような状況では拙いのだ、それは良く分かっている。総大将としての責もある。


「ならば、兵を山伝いに出して、笠置領で稼ぎましょうかな」

「うむ、それは良いな。やろう、すぐにだ」


 稼ぐとは強奪・乱取りだ。兵糧を敵地で稼ぐのだ。村を襲い、家を焼き、女を犯し、逆らう男を殺すのは兵の士気を大いに上げる。それが楽しみで戦に来ている足軽も多いのだ。



 乱取りに参加したいという兵は大勢いたが二百に絞った。山伝いに行ける村は二つしか無いのだ。一つの村に百ずつだ。その日のうちに目を輝かせた兵たちが意気揚々と出発していった。


 だが、


 翌日、血と汗と泥に塗れ死に体で一人が戻って来た。


「何があった?」

「やられただ・・」


昨夕、期待に胸を膨らませて村を眺めている時に襲われたらしい。突然の背後からの攻撃で、隊はあっという間に壊滅したと言う。


「敵の人数は」

「分からねえだ。後の森が・襲って来ただ。ありゃあ魔物かも知んねえ・・」


 おそらくは斥候も出さずに、列を成してのこのこと行ったのに違いない。乱取りする楽しみに浮かれて、ここが戦場だということを忘れていたのだ。


 なんという事だ。


 すぐに迎えの兵を出したが、結局帰ってきたのは三人だった。


結局二百の兵を只失って、士気はもっと下がった。多羅尾殿も反撃の兵を出そうとは言わない。相手の位置も人数も分からない敵地の山に兵を出せるわけない。



「おや、兵が少し減ったようですな」

と、用も無いのに上がってきた三雲がわざとらしく言った。恐らくは事実を知って嫌味を言いに来たのだ。

 糞っ、何も言い返せない・・多羅尾殿も顔を顰めて横を向いている。




「ポン、ポンポンポンポンポン、ポンポンポ---ンッ」


 麓で凄まじい音が響いている。連続する轟音に山びこも反響して皆が物見櫓の下に駆け付けた。

麓が無数の火縄の煙に包まれ、火薬の匂いがここまで届いてくる。


「どうした、状況を報告せよ!」


「火縄だ。無数の火縄が放たれている!!」


「狛村のお味方の陣が襲われています。敵およそ五百、いや一千!!」



「味方を助けるのだ、武器を持ち駆け降りろ。急げ!!」


 駆け下りる間にも火縄の音が止むこと無く聞こえている。

火縄は連続して撃てない筈だ。火縄を持つ兵が代わる代わる撃っているのだ。


山中は火縄をいくら持っているのだ・・




「味方が逃げて来ます、道がふさがって降りられません!!」


 逃げてくる味方と駆け下りる兵で道が詰まって、麓の手前で動けなくなった。



「ポンポンポ---ンッ」と、火縄がこちらに放たれて麓の兵が次々と呻いて仰け反り倒れる。

予想通り敵・火縄隊は幾重もあり、その背後を騎馬隊が駆け抜けてゆくのが見える。

「ドッドッドッドッドーッ」と言う百を越える馬蹄の響きが地を揺する。


 何だ、これは・・


我らの知っている戦とは違う。こんな軍とまともに戦える訳が無い。我らは騎馬隊はおろか火縄の一丁も持っていないのだ。


この相手に対しては、どうにもやりようが無い。

無理に出れば全滅するのが見えている。


「下がれ、ここは一旦退け、山城に引くのだ。ここに居たら火縄に狙い撃ちにされるぞ」


「下がれ、下がれ!!」

「一旦、山城まで下がるのだ!!!」


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