第125話・山中硬貨。


永禄四年四月


銭が足らない。

貧乏でお金が無いのではない。流通している銭そのものが足りないのだ。これは商いや富国に大きな障害となる。銭が無ければ物々交換みたいな原始的取引しか出来ない訳だ。

極端な例でいえば、大手の商人が莫大な利益を得て、金蔵を一杯にすると、市場に出回る銭が足りなくて取引が出来なくなると言う事だ。


 これは実に大きな問題だ。


この時代に使われている銭は、明から輸入した銅銭と銀と金だ。真ん中に穴が開いた銅銭は、基本の銭で紐を通して一千枚を一貫文として使う事が多い。

 一貫文3.7kg、これが十束で十貫文37kg大人の男が持てる限界に近いのだ。ちなみに火縄銃が六十貫文、重さにして222kgって、


 石器時代かよ!!



そこで銀の出番だ。

 銀五十匁(もんめ=文目:3.75g)は四貫文だ。つまり銭の八十倍だ。銀の上が金貨でその価値は銀のおよそ四倍だ。外国は十倍でその格差が金の大流出を招くのだ。黄金の国ジパングと言われる由縁だ。


この銅銭は黒く汚れて欠けひん曲がっている不良品・悪銭が多く、貨幣としての価値が甚だ低下している。

しかもこれが重い。この汚くて重い、さらに輸入品であるので数が限られているのが日の本の流通の大きな障害となっている。そもそも貨幣を輸入に頼っているのは国としての態勢がなさ過ぎる。ダメダメよ。


金銀は小粒とか言って、溶かして固めた大小様々な大きさがあり、いちいち秤で計って使わなければならない。

面倒だ、ああ面倒だ。面倒だったら面倒なのだ!!!



「十蔵、新しい硬貨造りはどうなっておるか?」

「おう、失念しておりました。試作品が出来ておりますぞ。今お持ちします」


 出来てるんかい!


 山中家では南都の職人を集めて、高温の炉作りと共に硬貨作りに早くから取り組んでいた。巨大寺院や仏像を作ってきた南都はこの時代の職人の先端を行く者が集っているのだ。

彼らに命じて、北山などの鉱山から産出された金銀銅鉛などの材料で硬貨を試作させていた。それが出来上がっていたのだ。

早く言えよ!



「これです。某はなかなかな出来だと思いました」

「うん、良い出来だ!」


 まずは新銅銭だ。

しっかりとした厚さは現代の10円玉を連想させる銅貨(10文)だ。それに同じ大きさの銀貨と金貨もある。(重さは違う)


銀貨は10銅貨(100文)、金貨は10銀貨(1000文)つまり十進法だ。百円・千円・一万円という感じだな。

現代の価値でいうと一銭が50円くらいなので、500円、五千円・五万円だ。交換比率も直したので対外的にみても順当なところだと思う。


三つの硬貨に刻まれた「永禄山中」の文字がまぶしいぜ。裏には十、百、千の文字と数字の10、100、1000と刻まれている。交易に使う事も考慮したのだ。




「これで良い。すぐに量産出来る体制を作ってくれ。取りあえずは月に銅貨百万個・銀貨三十万個・金貨十万個を目指してくれ」


「ひゃ・百万個でっか、そりゃあ大変だわい!」


「考えてもみろ。家臣四万人の給金だけでも百万個では足りぬのだ。その上に市場に流通させねばならぬ、国の在庫もいる。両替する事で材料は手に入るで、余裕を持った生産態勢にせよ」


「か・畏まりました」


 もちろん銭を作るなんて言うのは都の中枢の者達がする事だろう。なのでこの硬貨は、山中領だけで通用させるという建前をとる。私鋳銭だ、他領への持ち出し禁止だぞ。


 まあ、無理だろうけどね。


 考えてもみて欲しい。山中領は家臣に与えるのは、米で無く銭だ。殆どの家臣に給金を払っている。

それだけでは無く普請に来てくれた民にも日銭で支払いだ。興福寺・高野山・根来寺・熊野三山にも半期に一度莫大な銭を支給している。


 家臣の給金だが最下位の兵や役人に月625文、これが約三万人で二千五百万文・二万五千貫文だ。その金額に目が回るぞ。実際の人数はもっと多いのだし。


二十人頭・兵長・隊長・小隊長・中隊長や家老と役によって給金は当然増える。大隊長には月13.750文の給金だ。

高野山・根来寺・興福寺には半年に一度三千貫文、熊野三山・大峰山・御所・朝廷・帝にも三百貫文を送り、当然、職人や工人や人夫にも給金を払い、賄いの費用も膨大だ。

 総じてみれば毎月一億文にも相当する銭を動かしている。これを従来の銅銭で支払うとすれば42万トンもの重さだ。幾ら運送費が掛かるか知りたくも無い、まったく冗談では無いのだ。


 例えば新介の給金13750文は50kgくらいか、運ぶのに荷車がいる。それが新硬貨なら金貨14枚ほどで済むのだ。

僅か63gだぞ、小さな巾着に入る。あ・財布も作ろうか。硬貨専用の、きっと売れるぞ。へっへ


金貨銀貨の重さは1.2匁約4.5gだ。それに統一した。この重さの軽減は商いの飛躍的な発展を期待出来るだろう。

うん、まちがいなーい。



 硬貨の普及に、銅貨は両替という形をとる。

良銭は十銭、欠け銭などの悪銭は十二銭で一枚の銅貨に交換する。良銭はそのまま流通させて、悪銭は鋳直して銅貨の材料とする。大体3から4枚で一枚の銅貨が出来るが、両替手数料や搬送や鋳直すのに手間が掛かる。


まあ、それでもかなり儲かっている事は確かだ。ぐへへ。


 銀貨・金貨は主に商売の支払いや給金で市場に投入する。両替出来るのは、金は金貨で銀は銀貨に替え手数料を取る。

銀は2.5匁で銀貨2枚・手数料1枚に付き1文。

金は5匁で金貨2枚×0.8で金貨1枚と銀貨6枚だ。金は現状に合わせて交換比率8割とした、その変わり手数料は取らない。


 現状:金12.5g-銀50g-銭4000文

両替:金12.5g=(5×0.8=4)4金貨

  :銀50g=39銀貨5銅貨(銀貨40枚分の手数料50文)


いやあ、出来てみると簡単だけど、これを決めるのには何日も掛かったぜ。


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