第123話・北勢侵攻。



永禄四年四月

四日市 羽津城 有市六郎


「南部隊が千種城を包囲しました!」

「富永隊と佐藤隊が梅戸と対峙して陣を構築!」


六角勢の山中領侵攻を受けて、員弁郡に侵攻した。員弁郡の有力国人は千種氏と梅戸氏だ。どちらも六角との縁が深い。

鈴鹿山脈には多くの鉱物が眠っている、機会あれば員弁郡を取れと大将に言われていた。それを実行する時が来たのだ。御家老からも指示があった。


三重郡の千種に南部隊五百をあて、員弁郡の梅戸に対して富永隊五百と佐藤隊五百を進軍させた。何れも山中隊として厳しく調練された精兵だ。千種・梅戸ともに六角家との縁が深く徹底抗戦をしてくると分かっていた。


関から桑名湊を統治するのには、西の亀山城では位置的に片寄りすぎていて、この四日市にある羽津城を拠点とした。

ここにはいずれは水軍を係留できる湊が必要だからだ。

東海道を抑える関城に鹿伏兎長源の五百を入れ、桑名湊に陣屋を設けた以外の城は全て廃城とした。大々的に拡張した羽津城は、五千の兵が常時控えていて、戦時には二万の兵が駐留出来る規模だ。今の兵総勢は三千、半数は遊軍として待機させている。




 千種城 千種三郎左衛門


 遂に山中が攻めて来た。この半年ほどはいつ来るかとずっと待ち受けていた。だがよりによって、一番具合の悪い時に来た。それも原因は六角家だ。畠山に唆されて京に兵を出した、そのついでに大和の山中へ牽制の為の出兵をしたのだ。


 まったく愚かだとしか言えぬ。

六角は東に浅井という敵と接しているのに、西の三好と争いを始めた。その上に南の山中と戦う勢力など今の六角には無かろうに、義賢様にはもう少し考えて欲しいものだ。


 山中の隣国となってみてその強さが良く解った。常備兵は毎日厳しい調練をして、公共の仕事をどんどんこなす。

領内の治安が良く、政が公正で労役のない民は安心して働いて物作りや商いが盛んになり僅かの間に豊かになった。


 それを目の前にした某の領民や国人衆も、内心では山中領に入る事を望んでいるのだ。だが儂は六角家重臣・後藤の家の者だ。そんな事でお家を裏切る事は出来ぬ。


かといって鈴鹿の山々に遮られたこの地で、家臣と共にただ滅ぶのを待つだけなのか・・


山中は決して甘くないのだ。

抗う者には非情なほど厳しい。雑賀郷の土橋城や熊取谷の雨山城は一晩で焼かれた全滅したという噂はここまで聞こえてきている。

今までの戦いのように、一度戦ってみて叶わぬからやっぱり降伏するという訳には行かぬ。一度戦えば間違い無く滅ぶ、今の勢力では間違いの無い事だ。


一応近江の後藤の兄に援兵を頼んだ。後藤家の兵は出陣せずに、近江で待機しているのだ。兄は必ず援兵を出すといってくれた。

それだけが唯一の心の支えだ。


 城が囲まれた。

籠城兵は三百、相手は朝明郡の南部殿の五百だ。


兄の援軍一千が根の平峠を越えたと伝令が届いた。しかし、それと知った山中隊は有市殿率いる一千が出て来た。

 山中隊は強い、同数だといって安心はまったく出来ぬ。常に倍の敵を一撃で蹴散らしてきた隊なのだ。


「山中隊から使者が来ました!」

「・・通せ」



 家臣に連れて来られたのは、初老の風格がある行者だ。


「某、鷲峰山の山伏・景戒で御座る。有市殿のお言葉を持って参りました」

「申せ」


「後藤殿が根の平峠を越えて来られた。有市が明日より饗応するので、会われるのならば今日中にと申された」


「・・相解った。ご苦労で御座った」


 ふむ、有市殿はなかなかに奥ゆかしいな。ならば、言葉どおりにするか。


「馬を引け、後藤の兄に会いに行く」




「兄上、此度の援軍、真に忝し」

「うむ。三郎、会えて良かったわ。それにしても良く無事にここに来られたな」


 有市隊は、後藤隊を朝明谷に押し込める形に展開しているのだ。だがその山際の道は明らかに見て分かるように空いており、難なく通れたのだ。


「会うのならば今日中だと、有市殿の使者が言ったのです」

「ふむ、ならばわざと道を空けていたか、武士の情けだな・」


「恐らくはそうです。山中隊は倍する敵を一撃で倒して、城は数刻で燃やし尽くします故に」

「その噂は儂も聞いておる。まず我隊では勝てぬ事も知っておる。ならば三郎、このまま儂と一緒に近江に帰ろうぞ」


「お待ち下され、近江に帰ったとしても肝心の六角の先は明るいとお思いか?」

「・・うむ、それは儂も危惧しておる事だ。先代があまりにも優れていたのでな」


「はたして次代の義治様で六角は保てましょうか?」

「・・・・」


「兄上、某が山中に仕えれば、もし六角家が滅びようとも後藤の家も保てるかと」

「山中に未来はあると思うのか」


「六角よりは遥かに御座います。某は山中の治政を傍で見ておりました。兄上、近隣の村人が避難していないのにお気づきですか、千種城下の民も城を囲んだ山中兵に食べ物などを売っております。民は山中の味方、山中に敵対する事は民を敵に回す事、南紀では攻めて来た山中隊に現地の民が協力したと聞いております」


「なんと、それ程までにか・・相解った。それがお主の意志ならば反対はせぬ。何と言っても身内が生きておるのが一番じゃからな」



 その日のうちに後藤隊は近江に引き返して、千種城は開城。千種氏は山中家に臣従した。



翌日、対陣していた山中隊に梅戸隊が突撃、一刻ほどの激しい戦いの後、梅戸隊は壊滅して北勢最後の攻防は終わった。

 梅戸以下主な将は討ち取られて、生き残った兵は解放された。


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