第119話・周辺諸国の思惑。


永禄四年一月下旬 大和 信貴山城 松永久秀


正月には山中から新年のお祝いの品々が届き、筆頭家老の清水どのの丁寧な年賀の書状が付いておった。清水どのとは面識があるが書状を貰うのは初めての事だ。普段筆まめな山中どのにしては珍しいなと思ったら、山中どのは病に付き代筆したと書いてあった。


 そう言えば、正月から大和の様子が少し変だ。目出度い新年なのに民が浮かれていない。普段からお祭り騒ぎのような町衆が沈んでいる。特に山中領に多い道々の輩、ここを稼ぎ時とばかり賑やかし練り歩く彼らの姿が全く無いのだ。

 兵も他国の者に対する警備がいつになく厳しい、

これはひょっとして・・・


「結城、山中領に何かあったのか?」


 儂は山中らと親しい結城忠正を呼んだ。


「殿もご不審でしたか。某にも年賀の品に、清水殿が山中殿は病で伏せっていると書いてありましたが・・」

「それは儂も同じじゃ。だがどうも気になる。結城、行って見てきてくれぬか」


「承知致しました」


 

北村と共に山中の左右の腕とも言える藤内が、年末に火縄で撃たれて意識不明だという。その上に山中自身に何かあれば、山中家はどうなる?

 他家の侵略を受けようか・・


いやそれは無いな。

例え山中と藤内がいなくとも山中の兵は恐ろしいのに変わりはない。かの隊は何十人もいる小隊長・中隊長の権限が強く独自の判断で動けるのだ。

特に藤内を撃った熊取兵の立て籠もる雨山城を山ごと燃やした凄まじさは、各地の大名や国人衆を震えあがらせたからな。

今ここで山中にちょっかいを出した者の末路は憐れだぞ。どうも、畠山や六角がその虎の尾を踏みそうだな。


くわばら・くわばら・・


雑賀や湯浅・湯川はどうするかな?




奥伊勢 霧山館 北畠具教


「鳥屋尾、商いの道整備は進んでおるか」

「はい、吉野・橿原から御城下を通る伊勢街道に続き、熊野からの伊勢路、伊賀から津への道も拡幅中でございます」


「城下を往来する人が多くなったようだな。物の流れは増えたか?」

「一年前に比べれば、およそ三倍で御座りまする」


「それも大和の発展があったればこそだな」

「大和は人も物も爆発的に増えて、以前と比べると別の国だと言われておりまする」


 我が国が道を拡幅していると言っても、大和の道普請に比べれば長い期間が掛かる。我らは普請を国人衆や民の労役でしているためだ。普請に平気で数千もの兵と最新の道具をつぎ込み、手伝った民にも給金を払う大和と比べられるものでは無い。


 いつの間にこれ程の国力の差がついたのか・・・


「鳥尾家、一度大和を見てみたい。視察に行く手配をせよ」

「・・畏まりました」


 伊勢は貧しい。辛うじて東海岸の津や松坂それに伊勢参りでの利益が大きいが、後は山間の小さな町ばかりで米も物産もたいして上がらぬのだ。大和を参考にしてそれを少しでも改善したい。そうしなければ、国の存在自体が危ういのだ。




近江 観音寺山城 六角義賢


「殿、畠山様から書状が来て御座います」

「またか、今度はなんと書いてあるか」


「六角が京と大和を窺って頂ければ、畠山は和泉・河内に侵攻すると」

「紀伊の片隅に押し込められた畠山にそのような力があろうか?」


「畠山は既に和泉熊取谷に手の者数百を集めている様で、そこからの策があるようですな」

「ふむ・・いずれにしても、我々としては三好の力を削がなければならぬ。畠山がおる内にそれをするのは、良い判断かも知れぬ。京に出兵するとして、大和はどうするか?」


「三雲と多羅尾に山越えで笠置を襲わせれば、大和の山中と松永を牽制可能かと」

「ふむ、悪くないな。その方に任せる故、手立てを煮詰めてみよ」


「畏まりました」


「京には儂と永原・蒲生ら総勢二万で行く。ここで三好を徹底的に叩いておくのだ」

「「ははっ」」




京 御所 足利義輝


「細川、山中に会いたいのう」

「上様、お諦め下され、山中殿は陪臣を理由に都には出ては来ませぬ」


「どうしてそこまで頑なになるかのう。ならば余の方から行ってはならぬか。春日大社への参詣として・・」

「行かれても会っては貰えぬと存ずるが、大社の参詣は出来ましょうが」


 はぁ、何か切ないのう・・

 山中は呼び出しても来ぬが、季節ごとの贈り物(銭)はしっかりとしてくる。それで余も随分と助かっておるのじゃ。

帝もそうらしい。会って礼を言いたいが招いても来ぬとお嘆きじゃ。帝でもそうなのじゃ、諦めるしか無いかのう・・


それに山中は恐ろしい程腕が立つと言う、是非一度手合わせしたいものじゃ。

それが無理なら話だけでもしてみたい。


主家である松永に命じても断られる、

大和守や紀伊守に任じるから参内せよと言っても、陪臣ゆえ辞退すると言って来ないのだからどうしようも無い・・


 山中ほどの男が余の家臣ならばどれ程心強い事であろう。

 何とかならぬかのう・・




尾張 清洲城 織田信長


 大和の山中に同盟を持ち掛けたがきっぱりと断られたわ。

 同盟されるのなら松永とされよ、山中は主家である松永を通り越しての同盟は出来ぬという。

三好では無く松永じゃ。うむ、確かに松永も相当な器量人だが、三好の一麾下に過ぎぬ。公方様の御傍衆じゃが、曲がりなりにも独立した織田家が同盟を願う相手かと思うと二の足を踏む・・


 ならば、山中は更にその麾下だ。

だが、どうにもそういう感じがせぬのだ。儂が思うのには、彼奴は誰の麾下でも無い、独立独歩の男じゃ。松永の麾下というのは単なる隠れ蓑に過ぎぬ。


既に山中は松永を越える存在になっておる。それは間違い無い。


色々な情報をみて考えるのに、山中は畿内の覇者・三好に比肩するかそれ以上の力を持っておると思える。領地は少ないがその発展には目を見張るものがある。尾張にも大和の品物が多く入って来ているのだ。


ならばその内に必ず頭をもたげてくるだろう。その時になって慌てても遅い、儂としては今の内から粘り強く友好を画策して行くしかない。


 山中を敵に回せば、恐ろしいからな。はっきり言えば、今戦えば負ける。もし彼奴が尾張を取ろうと思えば、どれ程の抵抗ができるだろう、極端に言えば蹴散らされて終わりかも知れぬ・・



「林、山中殿に新春の祝いの品を贈るのだ。とっておきの品を選べ、銭を惜しむな!」

「ははっ」




湯川城 湯川直光


「新年、お目出とう御座る」

「お目出とう御座る。湯浅殿はお変わり御座らぬか」


 湯浅殿が年賀の挨拶に来てくれた。近隣の我らはこうやって毎年新年にあってお祝いの宴をするのじゃ。だが今年は、玉置殿が来ぬで二人だけの宴じゃ。


「某は家族共々変わり御座らぬ。湯川家も変わらぬ様で安心し申した」

「うむ、まずは一献。これなる酒肴は玉置から届いたのじゃ」


「玉置とは疎遠にならずに?」

「うむ、玉置は十津川の出で十津川の者に崇められている山中に抗えなかったのじゃ。守護様の敵となっているが儂と争っている訳では無い、これから先も争うつもりは無いと妹が言ってきて儂も受け入れた」


「そうで御座ったか。実は某もその事で相談したき事が御座る」

「儂もじゃ。まずはゆるりと飲もうぞ」



「年が明けてから守護様から出兵の要請があり申したが、某はまだ返事はしておらぬ」

「儂もじゃ」


「年末に紀ノ湊に来た山中隊を見たが、あの軍にはとても叶わぬ」

「うむ、田辺の由良を破ったのは八百の内、実質四百程の兵じゃという。残り半数はただ見ていたらしい。それを紀ノ川流域の制圧に万を越える兵を繰り出したのだ。あの軍には我らが束になっても敵うまい。だがしかし、それでも山中の全軍では無い、おそらく半数にも満たぬであろう・・・」


「・・・湯川殿の言いたいことは良く分かり申す。ところで玉置殿は山中に会えたのだろうか?」

「うん、山中殿は所在の知れぬお方じゃが、年末には偶々日置湊におったらしい。そこでお会いしたと言っておった」


「どのようなお方と?」

「気さくで一兵卒に対しても偉ぶるところが無い、しかし到底抗えないほどの圧倒される何かを感じたと」


「・・なるほど」


湯浅殿は中空を見つめている。某同様まだ見ぬ山中の顔を思い浮かべているのだろう。




雑賀城 鈴木重秀


 ついに十ヵ郷も山中に臣従したか・・

 これで残るは雑賀荘だけとなったな。

 だが、こちらに侵攻してくる気配は無い。巨大な城を普請していて、背後の山にいる守護様をも気に掛けている様子がまったく無い。

 山中隊は強い、強すぎる。火縄の数も圧倒的で腕も良かろう。算長様が直に指導しておられるのだ。我らがどれ程兵を集めたとしても、無駄だろう。


 それでも、攻めてくるのならば大暴れして果てる事に躊躇いは無い。

 それが来ない。

 まるでこちらの意図を知っているかのようだ。


 どうやら戦うにも臣従するのも機を逸したようだ。

 かといって、この地は山中の支配下になるのは間違い無い。


 儂はもう一暴れしたい。山中の元で暴れるのも悪くは無いだろうが、儂はおのれの考えで自由に動きたいのだ。


 ならばこの地を離れるか。

 離れてどこへ行く。


 本願寺へ行くか、或いは四国に渡るか、

長宗我部の家を継いだ元親殿は稀に見る器量人じゃ。土佐に渡って西から三好と戦うのも悪くないな・・・


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