第71話・坂合部の戦い。



 三日後 赤塚城と坂合部城の領界付近で両軍は対峙した。


 山中隊は前衛に十市隊の二百・後方に梅谷隊二百の合計四百だ。清水軍は、左翼中道隊百・右翼上田隊百・その後方に両隊を煽るように百ずつを配して中央あたりの高台に本隊を設けている。見た感じでは清水隊が百多く優勢に見えた。


新造は、大胆にも清水本隊のすぐ後ろに潜んで様子を伺っていた。

(なかなかの配置だ。清水は戦には強いのかも知れぬな・・)


 潜む前にその配置を見て感心した。小身からなり上がって来ただけあって、その備えに隙は無い。もっとも、悪辣な方法でのし上がって来ただけに自軍の兵でも信用できないと思えば納得ができる。


「山中隊は四百か、将は誰だな?」

「はい、大将は梅谷で副将が十市だと報告が上がっています」

「何、少数で宇智郡を翻弄した梅谷に大和の雄の十市かよ、手強い相手だ」


(ほう、十市どのは元より梅谷どのの事を知っているとは油断出来ぬな・・)

 さすがにのし上がり者だけあって、情報に通じている。


「ですが殿、それはこちらにとっては、逆に話が早いかも知れませぬぞ」

「そうだな、中道・上田が壊滅すればこっちの思うつぼよ。だが我が勢を敵地に踏み込ませるでないぞ。こちら側に留まっておれば高野山に言い分が通る」


「承知しております。殿が止めたにも関わらずに、上田・中道隊が突入した。で御座いますな」

「解っておれば良い」


(ふむ、ここまでは二人の言い分通りだな・・)


“敵が出てきました!”


「よし、ならば前衛の両隊を出せ!」

“上田・中道隊を前進させます”


(始まったか・・)

 たちまち交戦状態に入ったようだ。戦のどよめきと歓声が聞こえてくる。


「前線は接戦のようですな。膠着しております」

「うむ、中道と上田もやりおるな。しばらく様子をみようか」


(十市どのは上手くあしらっているようだな・・)

 前線では敵味方が示しを合わせて、激しく闘っている振りをしているのだ。そのうちに山中方が徐々に押されて遂には後退する。全ては清水隊を山中領に引き入れるためだ。


「おお、僅かに我が方が押しているな!」

「はい、確かに一歩二歩と進んでおります」


「奴らめ大和の雄・十市を圧倒するとはなかなかの力だな」

「全くもって、潰すのが惜しい御座いますな」


(そんな心配無用だ。潰れるのはお前らだよ)


「なんと敵が乱れておりますぞ!」

「うむ、両隊が突っ込んで行きよるわ!」


(ふふ・十市どのが上手くやったようだな・・)


“中道隊より後詰を願うとのよし!”


「殿、どうされますな?」

「待て、当初の狙いを忘れるな、敵地に踏み込んではならん」


“上田隊これより突撃する。御出陣願いたしと”


「と・殿、我らの部隊も追撃の許可を求めております」

「む・むむ、しかしな領地を越えてはな・・」


(なかなかにしぶといおっさんだな・・)


「殿、越えてもまた戻れば良いではないですか。敵を叩く絶好の機会ですぞ」

「よし、ならば一気に行こう。後ろの部隊をけしかけよ!」


“前衛は敗走した十市隊を追撃!”

“我が隊が敵本隊に突撃、優勢です!”

“敵本隊が後退。我が隊は追撃中!“


(いよいよだな・・)


「む・むむむ・・」

「殿、我らも行きましょう。山中に勝てますぞ。天下に殿の名前が響き渡りますぞ!」

「む・そうか、そうだな。よし、突撃だ、山中隊をせん滅するぞ!!」

「おお!!!」


(かかったな、天下に名前か、有り得ぬ・・)



戦は当然、予想通りの結果になった。

後退していた梅谷隊に突撃した清水隊は、反転した十市隊と味方だった筈の上田・中道隊に囲まれて一気に殲滅。清水や重臣らはその場で討ち取られ、命があった兵は散りじりとなって逃げ落ちた。

その頃、清興隊は敗残兵を装って入り込むという例の手で一挙に国城を制圧した。



 翌日の高野山・金剛峯寺


「座主、山中から使者が来ております」


「山中から、はて何事か、ひとまず会おう」



「座主様で御座るか、某・山中家中隊長の十市遠勝と申します」

「おお、そなたが大和の雄・十市どのか。山中家に仕えたと言うのは真であったか」


「はい、山中様に仕えて過大なる役目を与えられ、一心不乱に務めております」

「その十市殿が拙僧に何用かの?」


「まずはこれをご覧ください」

 十市の従者が持ってきた包みを開けると、悲鳴が沸き起こった。それは人の生首であった。かっと目を開いて睨み付けているその顔に見覚えがあった。


「し・清水、国城城主の清水殿では無いか・・」

「左様、昨日宇智郡の山中領内に兵五百を率いて攻め込んで来ました故に討ち取りました。生き残った兵を聞き取り致せば、皆口を揃えて高野山の命で侵攻して来たと申す」


「そ・そんな馬鹿な。山中とは事を構えるなと通達しておったのだ」

「では、この者は国城城主の清水では無いと申されるか」


「いや、確かに清水殿じゃ。国城の・・」

「我が殿・山中勇三郎様は普段は温厚なお方であるが、いざとなれば毘沙門天の化身と言われるほどに恐ろしいお方で御座る。今まで高野山には特別な対応を成されてきたが、もはやそれも終わりであろう。その事を伝えに参ったのだ」


「お・お待ちあれ、これは何かの間違いじゃ。誤解なのじゃ。何とかならぬか十市どの」

「清水やその家臣をはじめ何百人もの人が死んだのです。我が軍にも多くの死傷者がおります。もはや某では何ともなりませぬ。闘将の劫火に焼かれるのを御覚悟なされませ」


「ご・劫火に焼かれる・・・」

 目の前が真っ赤な炎に包まれるのを感じた。


 何故だ。


 どうしてこうなった・・




「新造どの、あれで良かったのかな。あれではまるで宣戦布告だ」

「良いのでしょう。大将の意を受けた藤内どのが良いと言うのです」


 従者に紛争した新造が自信なげに言う。せめて自信を持って言ってほしい。えらい事をしてしまったという後悔の念が湧いてきたわ。


「さようか、儂はちょっと心配になって来たぞ」

「それにしても、十市どのの啖呵は見ものでしたぞ。きっと大将は大喜びなさる」


「いや、もし高野山が強気に出てくれば、大将なら真に高野山を灰燼に帰しかねぬ・・」

「・・これまでは寺との直接戦闘は避けて来られたようですが」


「これからはそうは行かぬような気がするのじゃ。それぐらいの戦力も既にある」

「・・・」


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