第67話・楠木の別働隊。
南河内・石仏城付近 生子義正
「島野隊、岩瀬村まで五町。村境に約五十の兵が待ち受けています」
「伏兵は無いか?」
「伏兵は見当たりません、兵は石仏城と村境にいるのみです」
「よし、ここは島野隊に任そう。我らは石仏城の側面に移動する」
島野隊は谷間の街道を石仏城に向かい、生子隊は道を逸れて山伝いに進んでいる。相手が五・六十ならば島野隊が負けることは無い。我らの部隊は出来るだけ目立たぬのが良いのだ。
こちらに来る前に、宇智郡で玄海・雲海隊と集団調練を繰り返した。その甲斐あって兵の動きは見違える様になっていったが、何度やっても彼らに勝てはしなかった。
そんな時、
「もう少し兵を分けた方が良いぞ」と、梅谷中隊長の助言があった。
「分けるとはどういう意味で御座るか?」
我らには梅谷殿の言う意味が分らなかった。
「同じ様に見えるかも知れぬが、雲海と玄海の隊は違うのだ。全体の状況判断に優れている玄海には守りに強い兵、それに対して雲海には攻撃力のある兵を集めているのだ」
「なんと・・」
そう言われて見れば、思い当たる事が多々あった。玄海の隊には突撃しても跳ね返されて、雲海の隊にはその強さに崩されたのだ。
島野と相談して攻撃力のある組と身軽で山に慣れた組に分け、前者を島野が後者を某が率いる事にした。島野隊が敵の目を引き付けて突破して、我らが陰からそれを支援する、そういう役割分担だ。
楠木の別働隊で動く我らは、まず赤阪村の楠木殿にお目に掛かった。
「お手前方は、我らより楠木軍らしいわ」
全員が楠木の家紋が入った鉢巻きを巻いた我らを見て正虎殿は笑った。河内に来る前に、鉢巻きや旗、軍資金に兵糧などを渡されていた。
ちなみにそれがしは小隊長、島野は兵長で小隊長補佐と言う役目を与えられた。山中隊の中でも決して軽くない役柄だ。
「河内においてわれら楠木勢の敵は、飯盛山城の安見宗房と高屋城の畠山高正とです。これに河内の国人衆のおよそ半数が呼応しています。
お味方の三好勢は、飯盛山城に三好長慶様と摂津衆、高屋城に三好実休様と河内衆、和泉に十河一存様と洲本衆が対峙しています。
そこで我ら楠木別働隊は、高屋城より南、和泉までの山地の敵対する国人衆を潰します。
この辺りの国人衆は、三好・畠山・根来と去就が定まらぬ者が多く見極めが困難ですが、殿(山中)には例え根来の傘下でも敵対の様子を見せるのならば迷わず潰せと命じられております」
先攻していた夜中が河内の状況を説明してくれる。
夜中は我らの軍師・指示役とも言える立場だ。目の光が強く頬が削げた夜中は、宇智にいた頃とはまるで別人だった。
「分った。まず我らはどう動く?」
「この南の石仏城の岩瀬が西に進む楠木の背後を突こうとしている。まずは岩瀬を潰します」
「岩瀬の勢力は?」
「主力の兵は五十、民兵を動員して最大百。山地の住民ゆえなかなかの力を持っています」
「策はあるか?」
「ありませぬが、この程度の敵に我らの全容を見せたくありませぬ。河内での戦いはこれからですので」
「承知した」
実に分かり易い指示だ。初めての土地と相手なのだ。細かな策など不要、単純明快に行くしか無いというところだ。こういう戦いは望むところだ。
戦の響めきが山々にこだましている、島野隊の攻撃が始まったのだ。力を温存して徐々に敵を圧倒する。そういう戦いをする筈だ。敵を城から引っ張り出すためだ。
「石仏城より援兵が出ました。その数三十」
待っていた報告が入ったのは、戦いが始まって半刻ほど経過した頃だ。
「夜中、どうするな?」
「島野隊にはまだ余力がありますな?」
「無論だ。まだ半分の力も出しておらぬだろう」
「ならば、攻略は島野隊に任そうと言いたいところで御座るが、ここは初戦・我らで城を奪いましょう」
「ふっふっふ、分かっておるではないか。よし行くぞ、生子隊は石仏城を奪い取るぞ!」
「「「おおっ」」」
そのまま山伝いに城に近付いて、開け放した城門の守兵を制圧すると一気に本丸に雪崩れ込んだ。城主の岩瀬鶴之丞は、側近を打ち倒されて鈍く光る刀に囲まれると槍を投げ出して手を上げた。
「ま・待て、降伏する。儂は守護様の命に従っただけだ。元から楠木殿に遺恨は無い。降伏するで城兵は助けてくれ」
「ならば城は我らが接収、ご家族は赤坂の殿の元に送り、岩瀬殿と兵は殿の陣に加わる。それで宜しいか?」
「領地は、どうなるのだ?」
「それは殿のご判断と岩瀬殿の働き次第で御座ろう。それよりも村に人を出して戦を辞めろと伝えるがよい。遅れればそれだけ兵が減るぞ」
「わ・解った。すぐに人を出す」
岩瀬鶴之丞が兵と伴に赤阪村の楠木正虎殿の元に行ったあと、我らは石仏城に入り態勢を整え次の侵攻先の情報を集めていた。だが意に反して、しばらくそこに留まることになった。俄に降り始めた雨が勢いを増してそのまま何日も降り続けたのだ。
やっと雨が上がったのは六日も過ぎた頃だ。
雨が上がると、豪雨で足止めされていた乱派衆が次々と情報をもたらしてくれる。
奥吉野の村々が水害で窮地に陥り、五條の兵が大挙して奥吉野へ入った事も知った。任務中の某らには、旧知の者らが無事なことを祈るしか無い。
「次の目標は、山を越えて西一里先の旗蔵城ですが、南の牲川が気になります」
「長藪城の牲川か、根来寺に属している国人だがどうする?」
長藪城は峠を越えた紀州領だ。紀州領は我らの任務の外ゆえ、敢えて事を構えたくないが、長藪城下とは街道が通じているのだ。我らと楠木隊の背後の安全は重要で、無視する訳にはいかない。もし敵対するのなら五条城の藤内殿に任せようと決まった。
ところが、使者を送るとなんと当主自らが駆け付けて来た。
「牲川義政で御座る。我らは楠木に異心は無く岩瀬が楠木領に侵攻すれば兵を出して攻撃するつもりで御座った」
牲川は楠木への臣従を願ったのだ。予想外の事だった。やむなく我らは楠木の別働隊だが、真は山中隊である事。根来寺とは誼を通じていて楠木隊は国境を越えての制圧はしないむねを話した。現時点で楠木の勢力が国境を越えて広がるとややこしいことになるのだ。
「左様でしたか。ならば牲川は山中に内応致します」
と、あっさりとしたものだ。
彼らは楠木政成公に従って戦った末裔で、破れた後は奥吉野に長年逃れていた過去があるという。そういう謂れで、今度の山中隊の奥吉野への救援派遣に大いに感謝していたらしい。
「ふむ、倅もやりおるのう」
義澄が躊躇なく兵を出して、山中に助けを求めたのは良き判断であった。今回のことでさらに成長するであろう。儂も安心して留守出来るわい。
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