第36話・態勢の立て直し。


永禄三年三月八日 十市城 山中勇三郎


「・・やはり越智は一枚岩では無いか」

「へえ、一枚岩どころか、危うい状況のようですぜ」


 明け放した十市城の城主の居間で、新介・十蔵と共に黒蔵配下の新作の報告を聞いている。

越智は家臣らと共に高取山城内に屋敷を作って住んでいる。そのために家内の内実を探り難かったのだ。新作らは地道に商いに励んで城内に食料を届けて、そこでの噂話などを集めたのだ。

城内といえども、家族や小者・奉公人など多くの人が暮らしている。食料や生活物資を売る商人が毎日列をなして訪れるので、門を入った広場は市の様になっていて、門番と顔見知りの商人は出入り自由らしい。


「危うい状況か・・儂も筒井が逃げた後・貝吹山砦を何故獲らないのか不思議に思っていたのだ」

「へぇ、その時には一門衆の旗頭で当主の叔父・越智家増は失地回復を叫んでいた様でやす。ところが当主の家高はそれを抑え込んだ。十市との争いを懸念したと言っていたようですが、結局は優柔不断な臆病者という噂が平然と聞こえてきやす」


 貝吹山砦の西は越智村だ。すなわち貝吹砦一帯は越智発祥の地なのだ。そこを占拠している筒井が勢力を落とした今、何故故地を取りに行かないのか俺は不思議で仕方なかった。騒ぐ身内を尻目に、攻略の判断を下せなかったのか・・・


「当主と一門衆旗頭が対立しているのか、双方の勢力は?」

「へい、家増には家老の芦原に三将の一人・松山右近、当主・家高には栢森家老と三将の新野治正が、宿老の岩淵と三将の志賀は多当峰寄りで事態を静観していやす」


 越智には三家老と三将と呼ばれる力を持った六家がある。一方がどちらかに向けば他方は違う方向を向いて勢力を伸ばそうとしている。つまり三すくみの状態に陥りやすい。


「十蔵、どう思う?」

「へえ、どうも家高はいけねえ。簡単に取り戻せる故地を放置では国人衆は付いていかねえ」


「ならば、貝吹山と飛鳥郷は我らが貰おう。さすれば越智家は内部分裂するかも知れぬ」

「それは名案。越智が故地を山中に差し出したという話を広めましょう。追い詰められ身動き出来ない越智を調略していきやすぜ」


「よし、越智の対応は決まったな。ならば大広間に行こう」



占拠した十市城の大広間に、山田・啓英坊・藤内らの山中軍の主な将と須川甚五郎・木津寿三郎の家老に目木久衛門らの商いと勘定方・その他数十名の事務方や普請方の面々が一同に集っている。

新たに増えた十市領の処遇とこれからの方針を指示するために皆に来て貰った。


「まず新たに臣従した国人衆の数を聞こう」


「はっ、柳本・太田・新庄・田原の元十市家の重臣らが率先して臣従してきました。それを知った在地武士の多くがこぞって臣従してきました。その総数は九百五十二名。但し足軽などに生業を持つ者が多く、まだ兵農分離が全く出来ておりませぬ」


 俺の問いに答えたのは、相楽利右衛門だ。

木津六家で木津家に次ぐ領地を持つ領主だが几帳面で冷静な仕事を粘り強くやる性格だ。彼に新領の内政全般を頼んだ。一千人近くの人別を行なうだけでも大変な仕事だ。それを相楽は多くの配下を使って見事にこなしている。


「兵農分離は徐々に進めてくれたら良い。新兵はまず調練と共に普請を行なう。その指導者を正規兵の中から百名を選抜してくれ。但し軍を動かすのに支障のない人選を頼む。後で話すが同時に二千近くの正規軍も動かす」


 新兵に調練と共に普請をさせるのは、山中砦から多聞城とやって来た事だ。普請の作業をさせると兵個々の得手や性格などが良く解る。普請を通じてのチームワークも出来て隊としての纏まるのが早い。新領に伴う普請も進み一石二鳥の行動だ。


「普請は大きく二つだ。まず南都から橿原までの中街道を拡張する。次にここの西に新たに築城する。城の名前は橿原城だ」


ここまでで特に反応は無い。家老らや当事者には既に話してあることだが、事務方・普請方・兵糧方に初めて聞く者も多いのに、驚かないとは大した者たちだ。二千近くの軍を動かして、千を超える兵で普請を行なうと言っているのにな・・・

 法用村から始めてからいつもてんてこ舞いだったから、皆が慣れた・或いは麻痺したのかも知れないな。



「普請の詳細は儂から話す。中街道は幅六間で真っ直ぐつけ直す。これは縄張りの後・二十名の組二十で掛かる。普請奉行は市坂どのだ。

次に橿原城だが寺川と飛鳥川の間を使った広いものとなる。普請奉行は目木どのに山田川どの、それに街道普請の終わった市坂どのだ」


 十蔵が普請の概要を話す。

それを聞いた皆の顔が引き締まる。広さだけなら多聞城を遥かに超える。十市城なら三・四十個は入るかも知れない。入るだけなら数万の兵が入れるだろう。

 でもまあ塀の内側は殆どが広場だ。建物は必要最低限で、石垣などの普請も必要最低限で半年もあれば出来上がる内容だ。



「大将、そうなると初瀬砦の十市はどうなりますか?」

と啓英坊が聞いてくる。皆もその答えに大いに関心がありそうだ。


「そうだな。出来れば何処かに行って欲しいが、ままならぬ・・」


 これは本心だ。一度攻撃を放棄した、すると改めて攻撃するという気になれないのだ。そっと何処かに行って欲しいのだ。


「ふはっはっは、大将がそう言うのなら放っておこう。もはや軍事行動を起こさぬ限り彼らは無害なのだ。新城の縄張りを見ようが元家臣の国人衆を訪ねようが放っておけば良いさ」


 十蔵が気を使ったらしい。俺の言いたいことを代わりに皆に聞かせたようだ。たしかに今となっては放っておくしかない。下手に手を出すと国人衆の反感を買うだけだ。俺に臣従するが良いと十市の方から勧めたからには、今さら反乱を起こそうとしても無駄なのだ。


「ならば、ご苦労だが早速に普請に掛かってくれ。軍と兵糧担当はそのまま居てくれ。それと表に控えている将兵らを呼んでくれ」



 大広間は、事務方や普請方に替わって山中軍の将兵が集った。田中・梅谷・小寺・嶋・切山・玄海・雲海ら五十以上を指揮する者と田原・太田・新庄などの元十市家臣もいる。広間の片隅には杉吉・保豊・黒蔵が目立たぬ様に控えている。


「我が軍も兵が増えてきた、いずれ万を越える日も来よう。そこで軍制を決めておく。全軍を統括する大隊長、五百から千を指揮する中隊長、百から二百五十を指揮する小隊長、五十から百を指揮する隊長。五十人頭・十人頭と分ける。隊長は戦場で不測の事が起きた場合、上役がいなければ独自の判断で隊を動かす事を許す」



「まず大隊長は北村新介。これからも苦労を掛けるが引き続いて頼む」

「はっ」


「中隊長は藤内宗正、相楽利右衛門、梅谷柵之丞に頼む。中隊を指揮すると共に人も育てて欲しい」

「はっ」「ははっ」「畏まりました」


「小隊長は山田市之丞・小寺波平、」

「はっ」「ははっ」


「隊長は山田川正光・啓英坊・田中豪太・嶋清興を当てる。杉吉・保豊・黒蔵もこの位置だ。田原・太田・新庄もこの位置で様子を見る」

「努めまする」「畏まりました」「有難き幸せ」

「「ははっ」」


「切山・玄海・雲海は今しばらく五十人頭で小隊長を支えてやって欲しい」

「はっ」「ははっ」「お任せを」


「兵はこれからも増えるが、如何せん将兵が足らぬ。皆優れた者がいれば推薦して呉れ。これは儂の切実な思いだ」


「「「ははっ」」」


「よし次はこれからの軍の動きを伝える。ここにいる正規軍一千に加えて、更に五百の兵を呼ぶ。

梅谷が三百を指揮して飛鳥郷と周辺の砦を攻略する。

山田が二百を指揮して高田城に入り西方の牽制と遊軍をする。

大隊長が藤内・啓英坊・田中・小寺を指揮して、主力一千と宇智郡に向かう」


「・・なんと」「ふうー」「よし!」

 将たちの反応は様々だ。


橿原の南は越智の勢力圏でその一帯を制圧すると言うことは、越智と多武峰に対する侵攻なのだ。

西の葛下郡・葛上郡・南の宇智郡には箸尾や楢原など有力国人衆がいる。つまり宇智郡に向かうと言う意味は、同時に複数の勢力と交戦状態になると言う事だ。



これで新生山中軍の編成が終わった。

兵の総数は三千五百程だが日々増え続けている。特に商業地域は物流が増えて商いが盛んになると、人も増え税も兵も増えるのだ。


山中軍はすぐに五千になり他勢力を制圧して行けば、万に達するだろう。今の体制でそうなった場合は統制が上手く取れなくなる恐れがある。だから今からきちんと軍制を作っていかなければならない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る