第23話・笠置河原の戦い。
一月十四日、笠置有市・有市六郎
あの狭川が敗れた。しかも圧倒されたと言う。信じられぬ・・・
まだ名前も伝わっていないその男は旅の武芸者だったと聞く。それが北村と清水を配下にした。どちらも小さい所帯だが、近隣に名が聞こえるほどの力を持っている者たちだ。
だが彼らの所領を合わせても年末までは、せいぜい三百石の小さな国人だったのだ。それが数日で一気に勢力を伸ばした。そしてあの狭川を一蹴して笠置に来た。商いで栄える広岡の地を占拠して切山も臣従したのだ。
いったいどういう男なのだ・・・・・
顔見知りの狭川の男が逃げて来て言った。
狭川の本隊は豪槍で有名な並河左近が率いている。その左近が一撃で倒されたという。しかもその相手は山中という敵の大将だったと。
「その後、打ちかかった大勢の者が瞬く間にやられた。某には山中が毘沙門天に見えたわ。その麾下の者も相当に腕がたつ。某らでは到底敵わぬと知ったのだ」
毘沙門天か、山中は闘将か・・
《戦うか臣従するかを選べ》か、・・面白い。
この有市六郎、敵に後ろは見せぬ。興福寺だ・筒井だ・松永だと強いものに媚びへつらう身の上にいい加減に飽きたのだ。もはや誰にも戦うことなく臣従などしない。こうなった以上、武士(もののふ)らしく闘って潔く死ぬまでだ。
一月十五日 笠置山 山中勇三郎
「ほう、有市はやる気か・・」
「はい、麾下の兵二十を揃えて河原に来ております。皆決死の表情です」
山田が率いる一隊が、残る賀茂郷二村の制圧に向かった。槍隊十と竹槍隊二十だ。清興もこれに従軍している。こちらは恐らく戦闘にはなるまい。後で切山が砦作りの人と材料を持って合流するはずだ。
山中隊は、昨日狭川に残った十蔵の元に十の槍隊と竹槍隊を残して来たので、笠置に残ったのは槍隊十に竹槍隊三十だ。これに旗本の藤内隊が加わり総勢五十だ。
五百石で商業も盛んな有市には、二十の兵と民兵を動員できる。こちらの総勢五十に十二分に対抗できる勢力なのだ。
だが、有市は民兵を動員せずに二十の兵だけで挑んできたのだ。
ふむ、民兵を動員しても勝ち目が無いと判断して、手勢だけを率いて一矢報いる覚悟だな。
「新介、有市は武芸達者なのか?」
「さあ、そういう噂は聞いた覚えがありませぬ」
「では、どういう男だ?」
「笠置一番の実力者で若くしてやり手だとは聞いております。民には好かれているようです」
やり手か・・実力者で誇り高いという事か。成り上がり者の俺になど臣従出来ないが逃げるのも嫌で向うから出てきたというところか・・
「殺さずに叩きのめして臣従させるという策はどうかな」
「某もそれが良いと存じます」
「では、そうしてくれるか」
「承知いたしました」
「山中軍大隊長・北村新介孝智である。有市どのの隊とお見受けする。わざわざのお出まし忝し。我が麾下の隊で存分にお相手致そう」
新介が全軍を率いて出陣して、麾下の槍隊十を出して有市隊と対峙した。
「有市六郎増明である。北村どののご高名は聞き及んでいる。及ばずながらも武士の意地で一矢報いに来た。我が最後の戦いをとくとご覧あれ!!」
戦いは始まった。
有市隊は次々と打ち倒されている。
それでも逃げず怯まずに向かって来る。
・・・武士の意地か・・なかなかの覚悟だな。
・・ちょっとカッコよいぞ・・
有市も新介に肩を打たれて槍を取り落すと、腹に石付きの一撃を受けて倒れた。もう有市隊で立っている者はいない。だがいずれも槍の柄で叩かれ石付きで突かれて一人も血を流してはいない。
「有市六郎、それがしは山中勇三郎だ。なんならそれがしとも槍合わせをするか?」
「・・・・いえ、もう結構で御座います。豪槍左近を一撃で倒された闘将に某のへぼ槍などが相手できる筈も御座いません」
「武士の意地を見せた最後の戦いが終わった。これからどうするな」
「はい、有市六郎・武士の意地を見せた戦いに敗れて散りました。これよりは山中殿の手足となって第二の生を生きまする」
賀茂郷観音寺村の手前 山田市之丞
「ほう、あの山が鹿背山ですかな・・」
観音寺村の背後はこんもりとした山だ。それを見て清興が声を出した。清興は鹿背山砦の城代に任じられたのだ。その場所が気になるのは当然だろう。
「いんにやぁ、あれは大野山だ。嶋どんよ、鹿背山はその後ろだがぁ」
この辺り出の兵が気安く声を掛ける。
某が率いて来た兵三十の内、十は賀茂郷の者だ。そのお蔭で道に迷うこともなく、無駄に争う事無くすんなりと来られた。
「そうか。茂作、大野と観音寺村はどうすると思うな。武器を取って儂らと闘うか?」
「いんにゃぁ、そりゃあねえ。今頃迎えの準備で大わらわだぁ」
茂作が両村の臣従を宣託する。某らもそう見ておるが、用心に越したことはない。木津郷の兵が来ているかも知れないのだ。
「南から兵が来ます。高田村の兵です」
「啓英さんが来ましたな」
清興の知人で浄瑠璃寺の僧兵頭をしていた啓英坊だ。なかなかの人物で、大隊長が賀茂郷の抑えに兵十と共に高田村に残していたのだ。某は行き違っていて会うのは初めてだ。
「山田どのですな。拙僧は啓英と申す。よしなに」
「山田市之丞で御座る。こちらこそ、よしなに」
うむ、澄んだ目をしておられる。それに腕も立つようだ。柔らかな物腰は人に安心感を与えるだろう。聞いていた以上に頼りになりそうなお方だな・・・
「大野村と観音寺村の様子は如何で御座ろう?」
「両村とも恭順の意を伝えてきています。ただ木津郷と隣り合っておるので控えめですな」
木津郷は木津六家が合わせて千を超える兵力を持っている。我ら山間の国人が敵しようとはまず思わない大勢力だ。それをうちの大将はいとも簡単に攻め取ると断言した。
その昨日までは信じられない事が、今日は何とかなるかと思えてしまうのだ。
その雰囲気が素波衆によって周囲に少し大袈裟に伝えられている。山中軍が既に須川を制圧して笠置に侵攻していることは知っている筈だ。
「おや、来ましたな・・」
村長だろうと思われる二人の年寄りがこちらに向かって来る。怯えている様子は無く堂々と歩いてくる。
「大野村の世話役を務めています伝座衛門です。観音寺村の世話役の辰兵衛もいます。大野村と観音寺村には山中様に従います。今、村で炊き出しをしていますのでお入り下されますように」
「それは忝い」
観音寺村では、炊き出しの真っ最中であった。接待を受ける内に笠置の切山が人夫十名ほどと共に荷駄を押して合流してきた。荷駄には杭や綱や掛矢・鋸・鉈・斧など道具材料を満載している。
「おお、良い眺めだ・・」
村人と共に背後の鹿背山に登ると、広い木津郷が一望出来た。広い平野の右が伊勢・伊賀から流れてくる木津川だ。木津川はすぐに右に曲がって見えなくなる。北上して巨椋池に流れ込んで浪速の海に注ぐのだ。
それを思うだけでも雄大な気持ちになる。山間に住む我らは前を阻む敵を打ち破って、こうした平野を間近に見る所まで進出して来たのだ。
清興は早速、縄張りを始めている。ここは昔の砦の跡で大体の形は出来ている。
「木津側の伐採をして竪堀を作る。遠くから見える大きな物で、尾根に掘切を掘って柵を回せば良かろうと思いますがどうですか?」
「うん、それで良かろう。あとは好きにしたら良い」
城代に命じられた清興が目を輝かせている。木津側から見て砦だと解れば良い、砦はひと月も使うまいと言う仰せだ。
この砦は、木津郷の国人衆の調略に使うのが主な目的だ。勿論、建設中の襲撃にも備えなければならない。それは高田村の兵と切山の兵で対応出来るだろう。
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